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開業率日本一! スタートアップ・ムーブメントを生み出す福岡市の取り組み【DFI2017より】
日本にもスタートアップムーブメントが加速しているが、その中でも福岡市は『グローバル創業・雇用創出特区』として、ユニークな立ち位置で日本のスタートアップシーンを牽引している。福岡市ではこの2〜3年でグローバルスタートアップ育成事業、Global Challenge! STARTUP TEAM FUKUOKA(以下、グローバルチャレンジ)や廃校を活用したスタートアップ支援施設FUKUOKA growth nextの他、多数の政策が実行に移されている。
約156万人の市民をステークホルダーとして抱える大きな組織がいかにしてスピード感を失わず変革を実現してきているのか?その背景にデザイン思考の応用がある。DESIGN for Innovation 2017では、福岡市総務企画局企画調整部 国家戦略特区グローバルスタートアップ課長の的野浩一氏とサンフランシスコ市長のアドバイザーを務めるbtrax CEO, ブランドン・ヒルが登壇し、イノベーティブな環境を醸成する方法とそこで生かされるデザインについてのセッションが行われた。
ゲストスピーカーの紹介
的野 浩一氏
STARTUP FUKUOKA CITY 福岡市総務企画局企画調整部 国家戦略特区グローバルスタートアップ課長。近年の福岡市のスタートアップ政策に一貫して関わる。
グローバル創業特区の獲得やスタートアップカフェなどでムーブメントをつくり、スタートアップビザや減税、外国政府とのMOU締結などの他btraxとともに100人近い起業家の米国派遣を実現しグローバル化を進めている。
ブランドン・ヒル
サンフランシスコ州立大学デザイン科卒。サンフランシスコに本社のあるエクスペリエンスデザイン会社btrax CEO。日米の企業に対してブランディング、グローバル展開コンサルティング、UXデザインサービスを提供。
経済産業省 始動プロジェクト公式メンター、サンフランシスコ市政府アドバイザー。
1. キーワードはスタートアップのムーブメントづくり
行政のスタートアップへの取り組みについて
的野氏(以下敬省略):面白いことに、福岡のスタートアップへの取り組みは、実は弱みから始まったのです。福岡と聞いて、どんな企業を思い浮かべるでしょうか?広島だとMazda、愛知だとトヨタが挙げられますが、福岡の企業はなかなか思い浮かばないと思います。
こういった企業というとメーカーが多いのですが、福岡にはメーカーが工場を作るのに必要な水を確保できる川がないからなのです。福岡には大きな企業の支店が多く、「支店経済」と言われることもあります。支店が福岡にあること自体は良いことですが、課題は景気が悪くなった時で、支店ばかりだと閉鎖の可能性があって市の経済に影響が出やすいことです。
そこで、福岡に本社を増やせばいいじゃないかと考えて始まったのが、このスタートアップの取り組みなんです。2011年にこの取り組みについて議論が始まり、2013年に国家戦略特区に指定されました。そして市民からの認知もかなり上がり、最近ではこのような東京のイベントにも呼んで頂けるようになりました。
開業率の増加を加速する新たな施策
的野:福岡市が打ち出した施策の事例として、創業相談の窓口をご紹介します。以前は銀行の融資相談窓口のように構えたものが存在していたのですが、相談に来てくださる方は多くありませんでした。そこで、相談件数を増やすためにどんなことができるか考えたときに、そもそも窓口である必要はないのではと思い、カフェというスタイルに変更しました。”スタートアップカフェ”と名をつけ運営し始めたところ、相談件数が5倍〜7倍に増えました。
最近ですと、福岡市の都心に一番古い小学校、大名小学校のリノベーションも挙げられます。FUKUOKA growth nextというスタートアップ支援施設に改修し、コワーキングスペース、会議室、スタートアップカフェ、デジタルファブリケーションの工作室、そしてバーを併設しています。福岡市にはこのような取り組みがいくつもあるのですが、これらを通して福岡市は開業率*1日本一になることができました。
ブランドン:サンフランシスコでは行政が率先してスタートアップ支援施設をつくるといった施策はあまりないですが、スタートアップが生まれやすい環境維持には積極的だと思います。3ヶ月に1回ほどのペースでVCなどスタートアップ支援者が市長と朝食やランチを共にする会があるのですが、社員のためのビザなどスタートアップが直面する様々な課題について市長と直接対話する機会が設けられています。
ブランドンがアドバイザーを務めるサンフランシスコ市長とのミーティング。中央が市長のリー氏
その他、アメリカにはStartup in Residence (STIR)という仕組みがあって、市民が抱える課題を行政とスタートアップが協力して解決する試みが行われています。福岡市ではスタートアップが市民や地域の課題を解決するような取り組みはありますか?
的野:社会課題解決の取り組みは増えています。スタートアップカフェに集まってきた人の中には、介護など福祉分野を目指す方もいらっしゃいます。徐々に増えつつあり、結果的にNPOを目指す方もいらっしゃいます。
ここで、福岡市で特徴的な分野をあげると、防災・減災の分野です。昨年、熊本で大きな地震がありました。福岡市では多くの市民が物資提供やボランティア活動などにかってでた様子は報道でもご覧になったことと思います。震度7を記録したこの地震では、山中の高速道路が崩壊して、危険で誰も近づけず、復旧工事どころか調査もできませんでした。
そんなとき、活躍したのは、福岡市のスタートアップです。安全なところからドローンを飛ばし、崩壊した箇所の調査はもちろんのこと、必要な土の量の計算なども行い、その後の復旧工事に役立てたのです。
こういった動きを見て感じたのは、一刻を争う災害時にはスピード感や最新のテクノロジーの思い切った導入が不可欠だということです。そこで、昨年からスタートアップなどが持つテクノロジーを活用して災害時の課題を解決する『防災×テック』プロジェクトを始動させました。イベントや防災アプリの開発などを通じて、防災テクノロジーの集積や情報発信などに取り組んできました。
*1 開業率 ある期間において、新規開業した企業の数の、期間当初の企業数に対する割合をパーセンテージで表したもの。
スタートアップが出てくる環境をつくるためにしたこと
的野:従来の自治体の創業支援施策ではターゲットとなる対象を決めて、資金に困っているようであれば助成制度をつくることが多いのですが、福岡市では異なるアプローチをとりました。私たちは、スタートアップってカッコいいというムーブメントを盛り上げることを優先しました。
まず、福岡市内スタートアップ企業の活性化を図るとともに、関係者の一体感ある取り組みを国内外に広く発信するためにStartup Team Fukuokaというロゴをつくり、スタートアップを応援する小規模なイベントやSlush Asiaなど外部の大規模スタートアップイベントへの出展を繰り返しました。さらに、そうした活動を通して見えてきた課題に対して対策を皆で考えました。
福岡市としては創業に関心を持つ人々を増やしたいという考えがあったので、すぐに起業するわけではない方々、例えば起業に関心のある学生や既存の企業で働く人などを巻き込む努力をして、まずスタートアップに興味を持つ人の母数を増やすという活動をしました。
一方で、グローバルマインドや海外を目指すという点では、真逆のアプローチをとりました。まず2015年に、イノベーターである海外に関心のある人々、発信力のあるスタートアップの人材や、イベントのオーガナイザーなどのスタートアップ支援者など15名をサンフランシスコに連れて行きました。
福岡市とのパートナーシップに関しての市長との握手シーン
そのメンバーの中にはサンフランシスコ訪問をきっかけに自身の事業を加速させる人も出てきました。そうした事例を成功事例、つまりモデルケースとすることができたのです。そうすることでムーブメントがさらに広がり、2016年にはアーリーアダプターとなる人々を送り込むグローバルチャレンジという事業に挑戦することができたというわけです。
ブランドン:とても良い取り組みですよね。サンフランシスコ・シリコンバレーの何がすごいかというと、経験がなくて実力が未知数の人でも自分にも可能性があると思わせてくれる環境だと思うんです。1000人中999人ダメだけれど、その中のたった1人がものすごい成功をおさめる人が出てくるので、宝くじ買う感覚で自分もトライしてみようと思う人がどんどん出てくるんですよね。多くの人がスタートアップを経験するという、その環境が重要だと思いますし、福岡市はまさにその環境を実現し始めていますよね。
2016年のプログラムでは93名が海外研修に参加
2. 大きな組織にも適したデザイン思考的アプローチ
課題は、市役所とスタートアップのギャップをどう埋めるか
的野:先ほど、相談窓口に来る人々が今ほど多くはなかったという例を挙げましたが、そもそも行政はスピードやコストというものを犠牲にしてでも確実性を大事にするんです。これは大企業も同じだと思います。ところがスタートアップは、周りと同じことをやっても意味がないので、スピードを大事にしながら独自の道を進んでいきます。両者の違いは甚だしいのですが、その両者を媒介するような”通訳”が必要なのではと考えました。そのひとつがデザインだと感じています。
そもそも行政がつくる通常の相談窓口にスタートアップはなかなか足が向かないものです。より人が集まりやすい場所にする必要だったんですね。そういう思いもあって、オシャレなカフェのデザインが活用できるのではと考えました。
これまで行政ではあまりデザインにコストをかけられなくて、優先順位的にいうとまず削られるものなのですが、スタートアップカフェではデザインの部分は非常に力を入れました。その結果、スタートアップカフェに行くことが”なんとなくかっこいい”というムーブメントがつくれたのではと思います。
ブランドン:デザイン思考で最初のプロセスである「Empathize(理解と共感)」ですね。実際にサービスを受け取るユーザーを理解・共感することを経て潜在的なニーズを掘り起こされているのではと思います。重要なのは、誰がそのプロダクトを使うのか、何故それを使いたがるのか?どのようなシーンで使うのか?また、いつ使うのか?ですが、それがしっかり考えられていますね。Startup Team Fukuokaのロゴもしっかりデザインされていて、カッコいいんですよね。福岡市の事業なのに、福岡市の市章をあえて入れていないのですか?
的野:スタートアップの仲間と一緒にイベントに出たり、ブースを出展するときに福岡市の市章があると、参加している人たちが、これはあくまでも市の事業だと、自分たちとの距離を感じてしまうかもしれないと思いました。あくまでも、参加する皆さん1人1人がStartup Team Fukuokaという感じにしたかったです。参加してくれる人たちにロゴの入ったTシャツやステッカーを配り、少しでも仲間意識を持ってもらえるような工夫をしています。
ブランドン:コミュニティづくりという観点だと、サンフランシスコ市でも5〜6年前に似たようなことを行っています。「OpenCo SF」というイベントだったのですが、サンフランシスコのスタートアップが、50社ほど一斉に自分たちのオフィスを一般の人たちに解放したのです。
訪れてくれた人たちには各スタートアップのファウンダーが起業した理由を語ってくれたりオフィスツアーをしてくれたりという内容でした。その時、サンフランシスコ市は送迎用にバスを走らせるという協力をしてくれたんですが、ロン・コンウェイというカリスマ投資家が市と話し合い実現させたんです。まさに民間と行政が協力してスタートアップを盛り上げるコミュニティづくりを目指した取り組みでした。
市民から得たフィードバックの活用方法
的野:福岡市のような大きな都市では、評価システムがしっかりと作られています。これは、KPIを設定して、達成できなければスクラップという流れです。例えば、スタートアップカフェでいうと相談件数がKPIになります。
また、パブリックコメントという市民に意見を募集して制度や事業を修正することや、諮問会議や評価委員会などの外部委員会では、大学教授などの専門家から意見をフィードバックしてもらいます。
さらに、利用者アンケートは必ずとっており、今回のセミナーでも、毎回参加者に満足度などをつけて頂きました。なんといっても一番は、議会やそれに付随する委員会、それとは別にある監査です。さきほどのKPIからパブリックコメント、アンケートまで,非常に詳細に議論し,合意形成をしなけば次の年度などに進めることができません。
一方で、福岡市というより私個人として、市民や利用者のフィードバックをどう考えているかというと、先ほど話したようなモデルケースづくりや行政とスタートアップを媒介するものとしてのデザインなどがあります。
情報の伝え方も工夫していて、公式な発信と私的な立場での発信を使い分けています。公式な立場とは、市役所からの情報なので、情報を受け取る側はとても信頼性を高く評価してくれます。
ただ、公式な場では書けない言葉も多々あり、「おいしい」や「美しい」といった個人の感想に基づく表現が挙げられます。私個人であったり、第三者のサイトやSNSで感想に基づく表現をしたりすることで、双方の表現で訴求することを行ってきました。このような情報の反応は数字だけではなく、実際に会う人との会話の中で話題としてフィードバックを得るようにしています。
ブランドン:それに加えて、福岡の市長が非常に魅力的だというのも重要な要素だと思いますね。元アナウンサーの方なので、人の惹きつけ方を良く知っていらっしゃいますし、とても話が上手ですね。そうすると発信力も高く、みんなの心がひとつになってコミュニティができあがる。そんなカリスマ性を持ち合わせた方ですよね。
福岡市の今後の目標とは?
的野:「東京を目指すのですか?」とよく聞かれるのですが、住みやすい街をつくりたいと考えています。それを実現する上でデザインプロセスを取り入れるという考え方は、大企業や行政でも受け入れやすいと思います。
評価システムや外部との対話などを通じた企画や設計を強いられているからです。しかし一方で、我々は不完全なプロトタイプを公開してそれに対してフィードバックを得ることは不慣れなので、新しい手法としてどんどんチャレンジしていく必要があると感じています。
ブランドン:弊社は昨年もグローバルチャレンジの事業に携わらせて頂いておりますが、いつも福岡市のその圧倒的なスピードに驚かされています。確実にムーブメントとして盛り上がってきていることも感じていて、昨年のグローバルチャレンジでも100名募集のところ、150名が応募してくれて、そのうち93名の方が海外研修に参加してくれました。
DESIGN for Innovation 2017の午前中に開催したRunway to RISEというスタートアップピッチイベントでは、オーディエンス投票で選ばれた上位2社が香港での本選に出場し、自分たちのサービスをアジアにアピールできるんですが、なんと2社ともが福岡のスタートアップだったんです。さらに、この両社は昨年実施したグローバルチャレンジの参加者だったのです。
非常に嬉しかったですね。今年もグローバルチャレンジ第二弾が実施されますし、さらに福岡のスタートアップシーンも盛り上がりを見せるはずだと思いますし、我々も注目しています。
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