デザイン会社 btrax > Freshtrax > グローバルスタンダードのブラン...
グローバルスタンダードのブランドを目指せ 【対談】ヤマハ発動機株式会社 × btrax
* 本記事は2021年10月にbtraxが主催したイベントを元に執筆された記事で、所属、対談内容等は執筆当時の情報です。
サービスや製品が次々に誕生し、差別化の難しい現代。これから世界に通用するサービスや製品を開発するためには、開発するモノのブランド価値だけではなく、企業自体のブランド価値を高め、消費者にその価値を正しく伝えることが必要になってくる。
それを全社的に実施しているのが、ヤマハ発動機。世界中にYAMAHAブランドのファンを持つ同社は、部署間のバリアを減らす組織変革を実施。現在もブランドの価値を、モノだけでなくコトを通じて体験できるサービス開発に取り組んでいる。
オンラインイベントまとめ
本記事は、ヤマハ発動機株式会社の執行役員 クリエイティブ本部長 長屋明浩氏と、btrax, CEOのBrandon K Hillが登壇したbtrax主催イベント『グローバルスタンダードのブランドを目指せ 〜世界に通用するブランドドリブンなサービス開発・組織づくりとは〜』の内容を基にしている。
本ウェビナーは、長屋氏とBrandonのファイヤーサイドチャットの形式で進められた。参加者約70名からの質問に2人が答えていく場面もあり、非常に活気溢れるものとなった。今回はその対談の様子をまとめてお伝えする。
あえて「デザイン」というワードを使わない選択。その背景にある想いとは。
「デザイナー」という言葉の日本と海外の認識の乖離が非常に大きく、致命的だ。
Q. 日本ではデザインは狭義に捉えられている傾向があり、そのためにヤマハ発動機(以下YAMAHA)では「デザイン」ではなく、「クリエイティブ本部」として機能させ、デザインを通じた企業価値の向上につなげている。YAMAHAにおけるクリエイティブ本部の役割とは何か?あるいは、守備範囲はどこまでなのか?
長屋氏:「デザイン」は日本ではくせ者。日本において「デザイナー」というと色や形を扱っている意匠屋のようなイメージを持たれてしまう。装飾を商品に付与する人という意味で認識されてしまうのだ。
しかし海外では、「デザイナー」と名乗ると”What kind of designer?”と必ず聞かれる。つまり、企画に携わる人は全員デザイナーと呼ばれるのだ。このように「デザイナー」という言葉の日本と海外の認識の乖離が非常に大きく、致命的だ。
グローバルレベルの「デザイン」を啓蒙するのが正しいが、そこからやっていたら膨大な時間がかかってしまう。デザインを広義で捉えられるためにはどうすれば良いかを考えた結果、あえてデザインという言葉を使用しない選択をした、と述べる。
長屋氏:クリエイティブ本部では「全員がクリエイター」。企業の全てのアウトプットの根本的な価値を高めることに使命感を持っている。プロダクトデザインに止まらず、プロダクトが持つ意味を、ブランディング、経営企画に至るところまで全て守備範囲として考えている。
Brandon:アメリカの会社だとCreative directorはデザインチームに入ることが多い。 しかし、日本だとそれがが逆なのかもしれない。「クリエイティブ」という単語の方が広い意味を持つのかなと。
Q. YAMAHAのクリエイティブ本部はプロダクトデザイン、ブランディング、マーケティングも内包しているのか?
長屋氏:全てを内包した機能を担っている。YAMAHAのブランド委員会の事務局は経営と連携しているため、デザイン思考が経営そのものに入り込んでいると言える。
Q. デザインに対し、十分な理解のない経営層とのコミュニケーションを如何にして実現しているのか?
長屋氏:デザイン経営、デザイン思考の重要性は、ここ数年の間に常識としてある程度浸透してきたと感じる。加えて、デザインというのは「特殊な人が考えるもの」というよりも、全員が自分ごととして考えるべきものという認識に変わりつつある。
YAMAHAのブランド委員会では、デザインを自分ごととして捉えられるようにする、すなわち「デザインの民主化」を使命の一つとしている。デザインが「才能がある人しかできないこと」として捉えられて欲しくない。
デザイン思考というのは誰でも持っていて、専門をデザインに置いているのか、そうでないのか、それだけの話だと思う。
クリエイティビティはみんなが持っているもの。眠っているクリエイティビティを引き出していくのがブランド委員会の役割だ、と長屋氏は述べる。
一番大切なことは、「会社の使命としてプロダクトを出し、それが受け入れられること。」
Q. YAMAHAでは「プロダクト・イン」のデザインを提唱している。これはYAMAHAにもともとあったカルチャーを言語化したものか?
長屋氏:その通り。「マーケットインかプロダクトアウトか」というどちらかに陥らないようにするべきだ。マーケットインと言った方が売りやすいから、という本質的ではない理由で「マーケットイン」という言葉が利用されているのが現実。
また、プロダクトアウトも然りで、会社の都合で作りたいものを作って売れたらいいな、で世に出してしまうなんてことも横行している。
一番大切なことは、会社の使命としてプロダクトを出し、それが世の中に受け入れられること。この考え方はYAMAHAにもともと存在したカルチャーだ。YAMAHAで扱うものはゆとり商材。生活にゆとりを与えるものであり、ないと生活が成り立たなくなるものではない。
そう言ったものはやはり生活や心を豊かにするものでないといけないと考えている。そのためには「こうやって遊ぶと楽しい、この商品のここが良い」というようなメーカーとしての方向性が含まれていないとプロダクトとしては不十分だと思う。
Brandon:「マーケットイン」は、市場が求めるものに対して最適な商品を提供するという考え方、「プロダクトアウト」は、自分たちが作りたいものを販売するという考え方。
その場合、 YAMAHAの提供すべきビジョンがあって、それの具現化としてのプロダクトを提供すると、ビジョンに共鳴しているユーザーが自ずとその商品に魅力を感じるというやり方をしているのでしょうか?
長屋氏:そのパターンが多かった。そして最近になって変化もある。今ではもはや、顧客が遊び方を開発して、プロダクトを利用して遊んでいる状態。逆輸入的に顧客からアイディアをもらうことも多い。顧客とお互いに提案し合うスタンスをとっている。
Brandon:ユーザーとのコミュニケーションからプロダクト開発をしているということですね。
今後は社会課題の解決が企業の存在意義そのもの。
Q. YAMAHAは2050年までにモーターサイクルの90%を電動化すると発表しているが、SDGsのテーマについてはどのように取り組んでいるのか?(*注1)
長屋氏:カーボンニュートラルの議論は一大事だ。SDGsは大命題であり、避けては通れない道。少し前まではいわゆるCSRという発想が主流だった。利益の余剰をSDGsの取り組みに還元するというスタンスで、少し横柄な印象だったと思う。
しかし、今後はSDGsを基盤にして考えるようになるだろう。社会課題の解決が企業の存在意義と捉えるべきだ。自分たちが社会に対し何ができて、自分たちがなぜ存在しているのか。あらゆるプロジェクトにおいてはこれを前提において考えることが求められる。
人は環境を安心安全にするだけでは幸福になれない。すなわち、ネガティブの解決だけでは幸福になれない。これは人間が余剰(=感動や楽しみを感じること)の部分で生きているから。
ネガティブを解決することと更なるプラスの余剰を生み出すことの両側面を満たすように、プロダクトには悦楽の部分と信頼性の部分をセットで担保していきたい。
*注1)ヤマハ発動機が発表しているのは、「製品からのCO2排出量を2010年比90%以上削減」
時代に合わせて新しい文脈を作って「化けて」いくことも責任の一つ。
Q. YAMAHAブランドの変えるべきことと守るべきことは何か?
長屋氏:時代性と不易流行を分けて考えている。守るべきものはHeritage(ブランドの遺産)。これはまさしくブランドの姿であり、ブランドが辿ってきた道は消せない。財産でもあり、YAMAHAがどんなブランドかを示すものだ。
一方で、変えるべきことについては以下のように述べている。
長屋氏:変えるべきことは時代への対応だ。「守・破・離」という言葉がまさに表しているように、Heritageという守りたいものがあるならば、あえて現状のスタイルを破って離れていかないといけない。すなわち、自分のスタイルを作って、どんどん化けていかないといけないということ。時代に合わせて新しい文脈を作って化けていくことも責任の一つだ。
Q. パーパスの策定をされていたら教えていただきたい。
長屋氏:『Art for human possibilities ~人はもっと幸せになれる~』、『感動創造企業』がパーパスだ。2030年の長期ビジョンとして策定したのも、企業目的が『感動創造企業』だからである。YAMAHAでは『Revs your heart』という言葉もブランドスローガンとしているが、これは人間は肉体の存続だけが目的で生きているのではないということを指している。
「生きがい」があることで人はもっと幸せになれる。人が生きる意義、それが「感動」だ。第一段階は生きられてよかった、だが、その上位にくるのは「生きていて良かった」という思い。それを感じさせることがYAMAHAのパーパスだ。
大前提として、感動を味わうためには生きていなければいけないが、YAMAHA製品にはサバイバル製品も多い。オートバイは、先進国では趣味商材だが、新興国に行けば一家に一台の重要なトランスポーターとして、サバイバルツールの役割を果たしている。
乗っていて「楽しい」という気持ちを持ってもらえたら「生きていて良かった」を届けることができる。この2つをセットで届けるのがYAMAHAの会社のパーパスだ。
Q. 90%が国外売り上げだが、日本国内と海外向けではブランドを分けているのか?統一しているのか?日本のクリエイティブ本部でグローバルブランド作りも全て管轄しているのか?
長屋氏:日本国内と海外向けではブランドは基本的には同じだ。カスケード型ブランディングをやっていないのはYAMAHAの特徴だ。簡単に言うと、フランチャイズフードチェーンのようなやり方はしていないということ。
YAMAHAは扱っている商材がBtoB、ファクトリーオートメーション、遊び商材などさまざま。そして商材によってお客様の質も異なるため、コミュニケーションの取り方もそれに応じて異なる。ブランドは一緒だから戦略まで全て一緒にすべきである、ということに意義はないと考える。
ブランドの芯の部分は日本と海外で変えてはいけない。しかしそこから外に対して発することは異なっていても良いのではないか。特にYAMAHAでは各商材でできることも少しずつ違う。日本の八百万神のような発想で、多様性は許すが心は同じ、というスタンスだ。
格好つけていることは透けて見えてしまう。
Q. ブランドのバックストーリーを市場に伝えるにあたり気を付けるべきこととは?うんちくっぽくなりすぎてもいけないが、クオリティだけでは売り出せないという中で、どのような目線でストーリーを伝えるべきか。
Brandon:現代ではあらゆることが誤魔化せない、格好つけても意味がないと考えている。ここ10数年はSNSの発達で「盛る」文化が発達してしまったからか、写真をはじめ、加工された人工的なものが消費されていく時代。
その中でよりリアルにした方が目立ちやすく伝わりやすいと思っている。btraxがサービスづくりをサポートする際は、ブランドストーリーを包み隠さないほうが良い、格好つけないほうが良いという話をよくしている。
長屋氏:今の時代、格好つけていることは透けて見えてしまう。飾りつけても虚飾だと見破られてしまい逆に嫌味に捉えられてしまうことも。
しかし反対に一切飾らないことが正しいわけではない。企業の活動をいかに伝えるか、伝え方は工夫すべきであるが、必要以上にやっていないことまでやっていると誤解させることは不要だ。
YAMAHAは、インターナルブランディングに注力している。事業、地域が異なったり、グローバルだったりするため、インターナルブランディングなしに自分たちの気持ちや心を一つにしていくことは困難になるばかりだからだ。
今後は色々な企業がコングロマリット化すると思う。コングロマリットディスカウントは、商品にのみ発生することではなく、自社に降りかかってくるものだと考えている。コングロマリット化することで自社の存在はどんどん薄まってしまう。
しかし、自分たちが一つのブランドの中で繋がっている意識がクリアであれば、ブランドストーリーを語る際には自分たちの考えていることをそのまま外に伝えるだけで良い。先述したように企業が虚像を見せているのか、本当の姿を見せているのかはばれてしまう。真摯にやるしかないのではないか。
Brandon:シリコンバレーの企業は世界的に見てもブランドパーパス至上主義でやっていることが多く、プロダクトよりもストーリーを伝えることが優先されることもあるほど。日本企業はまだブランドストーリーを伝えることに慣れていなかったり、苦手意識を持っている印象。どうしたら効果的にブランドストーリーを伝えられるようになるだろうか。
長屋氏:まさに「社内浸透」が必須だ。これだけ事業品目が分かれていると、それぞれが顧客接点になる。営業マンだけが外部へのアンバサダーでは無くなるということだ。あと10年もすれば職業の区別は無くなるとまで言われている。
最近のデザインの仕事は、コーポレートデザインは特に、ファシリテーターの役割をすることも多いのでは?
Brandon:確かに。引き出し役になることが多いですね。
長屋氏:モノを創るとなった時に、社内から来たデザインの依頼を受けて、依頼元の話を聞き、作成を試みるうちに、プロダクトデザイナーが企画まで入り込んでいることがある。そうして考えていくうちに、いつの間にかプロダクトデザイナーではなく社内経営コンサルタントになっているという事態が起きている企業は少なくない。
これはまさしく職業の崩壊が起きていると言えるだろう。例えばエンジニアも、設計性能を上げるのは何を実現するためか、という商品企画の思考ができなければいけない職業。
だからこそ、原点に戻らないと、部署単位だけでパフォーマンスを上げることに虚しさが出てくる。
一人一人の役割が拡大するこれからは、社内のコミュニケーションを綿密にし、自分たちがやっていることを自分たちで理解していることが重要。それができていれば、発する言葉や伝えるメッセージは自ずと一貫性を増すものになるだろう。
まとめ
正しく消費者にサービスの価値が伝わるブランディングをするためには、自社が社会に届けたい価値の正しい理解、そしてブランドパーパスの社内浸透が必須だと感じた。
また、最高の性能のプロダクトを創ることが至上命題だった時代から、企業のビジョンや存在意義をクリアに消費者に伝え、「ストーリーで心を掴む」ことが至上命題になる時代へと移り変わっていることを痛感する内容だ。
CES 2025の革新を振り返りませんか?
1月11日(土)、btrax SFオフィスで「CES 2025 報告会: After CES Party」を開催します!当日は、CEOのBrandonとゲストスピーカーが CES 2025 で見つけた注目トピックスや最新トレンドを共有します。ネットワーキングや意見交換の場としても最適です!