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宅配のDX – Shypはなぜ失敗したのか? カスタマーファーストの盲点
2018年にとあるサービスがひっそりと終了した。それはとても便利で、革命的とも思える内容だった。そのサービス名はShyp (シップ)。
多くのユーザーに愛される素晴らしいサービスでもなぜ終了してしまうのか?今回は、Shypのケースをもとに学んでいこう。
モバイルアプリから簡単発送
Shypのキャッチコピーは”We’ll take it from here (あとはお任せ)”、面倒な発送のプロセスを代行してくれるサービスである。
何かを発送したい時に、アイテムの写真を撮ってモバイルアプリ経由でアップするだけで、20分以内にピックアップに来てくれる。
それも、送る物の大きさや重さ、形に応じて最適なパッケージングを施し、各種ある配達業者から最も安い方法を自動的に選んでくれる。そしてなんと、梱包までもしてくれるのだ。
発送後はアプリ経由でトラッキング情報が表示され、完了通知まで届く。もしもの時のためは$1,000までの保険も自動的にカバーされる。
革新的に便利で、お得なサービス。まさに宅配における理想的なDXの完成形である。
実際にShypを利用してみた
以前にオンラインオークションのeBayで売ったときに利用してみたところ、本当に便利だった。
写真をアップするだけで発送料金が表示され、リクエストすると、Uberのような画面から、ピックアップに来る配達員のアイコンが表示され、到着したらアイテムをそのまま渡すだけ。
後日アプリ経由で発送完了の通知が届けられた。本当に”あとはお任せ”を実現する究極のユーザー体験を提供してくれた。
ラストワンマイルならぬ、ファーストワンマイルの課題を解決したサービスだった。
たった$5で発送時の手間を大幅改善
一回使っただけで、Shypの魅力に取り憑かれた。今までもオンラインで物を売ったことが何度かあるが、とにかく発送のプロセスが超めんどくさい。通常、考えられるステップは:
既存の発送プロセス:
- アイテムを入れる箱を探す
- 箱のサイズを図る
- アイテムの重さを図る
- 複数の配達業者から料金を調べる
- 荷物を梱包する
- 発送する荷物を業者の窓口に持っていく
- 料金を払う
- トラッキング番号をもらう
- トラッキング番号を買い手に送る
ざっと考えただけでも上記の9つのプロセスが必要になる。それもあって、売りたいものがあっても、どうしても面倒な気持ちが勝ってしまい、放置することが多くなってしまう。
それをShypは下記のように簡易化することに成功した。
Shypを使ったプロセス:
- アイテムの写真をアプリにアップ
- 支払いと発送に関する情報を入力
- 配達員がピックアップにくる
- トラッキングが自動的に送られてくる
当時はデリバリー版Uberと期待されていた
そんな発送における煩わしさ、いわゆるユーザーペインを解消したのがShypだった。ユーザーとしても、この手間がなくなるのなら、手数料の$5は安いと感じた。
これはまさに、タクシーの煩わしさを解決して、一気にユーザーを集めたUberっぽいサービス。現にShypは「デリバリー版Uber」と称された。
始まりはリーンなスタート
Shypは2013年に2人のファウンダーによって、サンフランシスコでスタートした。
Kevin Gibbonは、それまでのeBayでの販売経験や、ShopAroundというローカル店舗の価格比較サービスを作り、アプリランキングのTop 100に入ったこともある。
もう一人のJack Smithは、スタートアップでのリードデザイナーの経験や、大企業でのデザインコンサルタントの経験を持っていた。
Shypの立ち上げ当初は、ガレージをオフィスにして、$2,000の予算でサイトを作り、ピックアップ業務もファウンダー自身がカーシェアを利用して行っていた。
テスト的にまずはサンフランシスコ市内の一部の地域だけのサービス提供だった。
いわゆるリーンスタートアップの手法で始まった。
ゴールはユーザーの手間を省くこと
Shypが目指したのは、究極の便利さ。それまでにもeBayがショッピング革命、PayPalが支払い革命を生み出し、Shypは配送革命を起こし、200年間あまり進歩していない業界のDisrupt (破壊) を狙った。
当時は、UberやAirbnbに代表されるオンデマンド型サービスが人気を集め始めていた。いかにしてユーザー体験をシンプルにしたサービスが作れるか。それこそが、サンフランシスコのスタートアップにおける共通のゴールになっていた。
その後も複雑な体験の改善は、破壊的イノベーションを生み出す要因の一つであり、現在でもあらゆる業界に求められている。
著名エンジェル投資家から210万ドルを調達し加速
サービスリリースと同年に、Shypの将来性に注目したTim FerrisとDavid Marcus、2名の著名エンジェル投資家から、合計210万ドルを調達した。
それをもとに、Shypはスタッフの採用を進める。
興味深いことに、優先した人材は宅配業界での経験の無い人たち。というのも、業界での経験が下手にあると、新しい発想に対して否定的になるだろうと、彼らは考えたのだ。
これまでの経験値よりも、課題解決に対するの情熱とポテンシャルを優先して人材採用を行った。
同時期にはTechCrunch, NY Timesなどのメジャーなメディアにも取り上げられ、大きな注目を集めた。
翌年には1,000万ドルをVCから調達。その後もKPCBから5,000万ドルの投資を受け、合計投資額は6,210万ドルにまで拡大。ニューヨークやシカゴにもサービス拡大するなど、全てが順風満帆かのように思えた。
潤沢な資金で成長フェーズへ突入し、大胆な決断を
2013年のスタートから2年後、着実に成長してしていた2015年、Shypより急激な成長を狙うためにいくつかの大きな決断を行った。
まずは、配達員を業務委託型から、正式な従業員に変更した。
通常、Uberに代表されるオンディマンド型サービスにおいては、配達員などのサービスを提供するスタッフは従業員ではなく、業務委託の形を取ることが多い。
福利厚生や失業手当、社会保障などの支払い義務が生じないため、従業員よりもコストが軽減できるのが理由である。
その点、Shypは配達員の待遇を改善し、業務委託型では提供できない研修にも参加してもらう意図があった。これは、オンデマンド系サービスとしては異例の判断だった。
この時点で、配達員以外の従業員数も245人になり、5倍の規模まで膨れ上がった。
ちなみにこのような急成長は、シリコンバレー界隈のスタートアップでは珍しくなく、綺麗なホッケースティックを実現していたとも言える。
デザインにも力を入れ、リブランディングも行った
この成長戦略の一つが、アプリのUIの継続的な改善と、リブランディングである。
Shypは、デザインが優れているサンフランシスコのスタートアップの中でも、デザイン性の高いサービスだった。そして、オンラインを中心とした広告キャンペーンも積極的に行っていた。
卓越したサービスには致命的な盲点が
しかし実は、Shypには大きな盲点があった。
$5である。
そう、ユーザーから手数料として取っていた$5。$5をもらう代わりに、多くの手間が発生してた。
ユーザーによりシンプルな体験を提供するために、Shypはかなり多くのプロセスを行っていた。
まず、サイクリストやバンなどの配達員による物流ネットワークの確保。Shyp独自の段ボールカット機を使った梱包工程。そして、UPSやFedExといった配送業者への出荷。
これらをたったの$5で提供していた。それも、発送するアイテムの種類に関わらずにだ。消しゴムひとつでも、大型テレビでもも一律$5のお得な費用設定。
これはコストとして全く見合わないと、投資家も指摘していたらしい。
その一方で、最初のうちは殺到していたユーザーも、2年目に入り、その熱も少しずつ冷め始めた。
それでも、CEOはカスタマーファーストの視点から、拡大を続けた。
急成長を狙ったその矢先に…
強気の成長戦略とユーザー視点を推し進めていたShypだったが、当初予定していたマイアミへの進出を断念。その後、ニューヨーク、シカゴ、ロサンゼルスのオフィスを立て続けにクローズし、サンフランシスコのみのオペレーションに戻った。
その甲斐もあり、2017年の終わりには、利益率は1.5倍になった。それにも関わらず、3ヶ月後、ファウンダーのKevin GibbonはLinkedIn上でShypが終了することを投稿した。
そして、惜しまれながらも2018年の3月末にサービスを終了することとなった。
その後、Kevin Gibbonは、その失敗理由を下記のように分析している。
Shypが失敗した5つの要因
1. ターゲットユーザーを誤った
スモールビジネス向けに展開した方が良いという投資家からのアドバイスがあったが、Shypは最後まで一般消費者向けにサービスを拡大していった。しかし、平均的な消費者は企業に比べてあまり物を出荷しないので、BtoCにおけるShypの成長には自ずと限界が訪れた。
打開策として、2016年にeBayとのコラボを始めたが、時すでに遅しだった。
2. 手数料が低すぎた
上記でもご紹介した通り、複数のプロセスと膨大な手間を掛けているにも関わらず、ユーザーへの手数料はたったの$5。当初は、FedEXやUPSなどの配送業者と値段を交渉し、マージンを稼ぐつもりだったが、あまり上手くいかなかった模様。
それに伴い、2016年にはアイテムの大きさに応じて手数料を変動させる仕組みを導入したが、こちらも時すでに遅し。
3. ユーザーを優先しすぎた
これはかなり皮肉な理由だが、ビジネスとしては重要なポイント。エンドユーザーに喜んでもらうために価格を低く抑え、配達してもらう人を正社員にして待遇を良くしたがために、コスト高になった。
これらが要因で結果的に、利益を圧迫してしまい、ビジネスモデルが成立しなくなってしまった。
アドバイスを素直に受け入れるべきだった
Kevinによると、上記の反省点のその多くは、初期の頃から投資家やアドバイザーから何度も指摘されいたという。
しかし、起業家として自分の信じる戦略に固執し、成長・拡大を重視しすぎたことで、軌道修正を行った頃には資金が尽きてしまったという。
世の中には常識にとらわれず、ルールを破って大成功を収めた起業家のストーリーに溢れているが、実際はそのようなケースは稀である。多くの場合は、経験豊富なアドバイザーやメンターからのアドバイスを元に現実的な戦略を元にビジネスを進めている。
ここでの教訓は、時にアドバイスを素直に受け入れる事も必要だという事だろう。どこにこだわり、どこを柔軟に対応するかは、起業家にとって永遠のテーマでもある。
そしてShypは復活した
実は、このストーリーには続きがある。サービスが終了し、全てが終わったかのように見えたShypだったが、閉鎖から15ヶ月後に、新たな経営陣のもとで再び立ち上げる準備を進めているとのTweetがされた。
We are back! 🥳 We’re hard at work to rebuild an unparalleled shipping experience. Before we begin operations again, we’d love to hear your feedback in this quick survey.
We look forward to working with you and can’t wait to change the future of shipping!https://t.co/VqyxGOMrIG
— Shyp (@shyp) June 14, 2019
ファウンダーのKevin Gibbonによると、異なる組織がブランドとドメインを獲得し、本人は一切関わってないらしい。
実際に、サイトも復活しているが、アプリのダウンロードはまだできない模様。
これからのオンデマンドサービスの将来性は?
2010年代はオンデマンド市場のブームが起き、それに合わせたくさんのオンデマンド系のサービスが生まれた。しかし、その多くがビジネスモデルに苦しみ、消えていった。
オンデマンドサービスの最も魅力的な点の一つがサービス料金の低さだろう。その結果、Shypのように、ユーザー人気は高いが、利益は出ないビジネスになってしまう危険性は高い。
シリコンバレーの投資家の間でも、2010年代後半ごろから、もしかしたらオンデマンドサービスは一生儲からないビジネスモデルなのではないかとの声が聞かれ始め、オンデマンド系スタートアップへの投資が減り始めていた。
関連: 必要な時にだけ利用 -オンデマンド型サービス15選【Uber for X】
ユニコーンだったUberでも、毎年巨額の赤字を垂れ流しながら、それまでに集めた投資家からの巨額の投資金でビジネスを継続させてきた。
今後、オンデマンド系のサービスへの市場ニーズはどんどん高まると考えられるが、スタートアップ側としてみれば、どれだけ早いタイミングで収益化できるかが勝負になってくるだろう。
余談: メルカリUSAはShypを利用したのか?
ちなみに、メルカリがアメリカ進出した際に、米国のトップであったRyoにShypを利用しているかどうかを聞いたことがある。メルカリユーザーにぴったりのサービスだと思ったからだ。
彼からの答えは「今のところ利用する予定はない。」だったことを覚えている。
やはり、ターゲットユーザーの設定が少しずれていたのかと感じる。メルカリのようなサービスこそが、Shypのようなサービスが必要になってくる気がする。
筆者: Brandon K. Hill / CEO, btrax, Inc.