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デザイン思考だけでは不足?イノベーションを生むプロセスとは
本記事は2023年5月時点の情報を掲載しています。
多くの企業がこぞってデザイン思考を会得しようとしている
デザイン思考の重要性が一般的に浸透し、多くの企業が何らかの方法でその手法を社内に取り入れようとしている。
有望な若手を1日のデザイン思考ワークショップに参加させたり、経営陣自らがデザインの重要性を学ぶためのセミナーを受けたりなど、それなりの活動を進めていることが多い。
やってみたけど結果が出ない?
しかしここに来て、多くの企業の方々から聞こえてくるのは「それなりにやってはみたものの、イマイチ結果につながっていない」という課題。そもそも、ここでの“結果”とは何を意味するのか?
よくよく聞いてみるとそれは、「デザイン思考を活用した革新的な事業の創出」だと言う。
おそらく彼らは、デザイン思考を取得すれば、今まで不可能だったようなアイディアや、ビジネスモデルが生まれると考えているのだろう。
実はそれは大きな間違いなのかもしれない。「ここがちゃうねんデザイン思考。5つの違いを理解してモヤモヤを解決」でも説明されている通り、そもそもデザイン思考は基本的なマインドセットであり、万能なメソッドではない。
と言うことは、デザイン思考自体は、あくまでイノベーションを生み出すための”下地”であり、方法論ではない。
言い換えると、デザイン思考を学んだだけでは期待する結果を得るのは難しい。
実際に活用しながら試行錯誤していく必要がある。我々が提供しているデザイン思考をベースとしたワークショップでも、数ヶ月にわたり実際にスタートアップサービスを作りながら、やっとヒットするサービスの糸口を掴みかけるような状態なのである。
グローバル的には多くの成功事例が生まれている
その一方で、「統計データで見るデザインの経営に対するインパクトの大きさ」を見てもわかる通り、デザインを経営に導入することのメリットがあるのは明白なのである。
具体的な経営的な数字でデザインの重要性が明確になればなるほど、世の中の多くの企業たちが、ビジネスにおけるデザインの重要性に着目し、自分たちも乗り遅れないように何らかの試作をしなければ、と考え始めるのは当然の流れだろう。
そもそも何がデザイン思考なのかがわかりにくい
そんな世の中の流れもあり、最近の日本では、猫も杓子もデザイン思考を叫び、本屋さんには関連した本が平積みされている。コンビニでも思わず「デザイン思考ください」と言ってしまいそうになる。
その一方で、何がデザイン思考なのか?それはどのようなメリットがあるのか、に関しては明確かつ統一した理解がない。そもそも、その概念自体が広すぎて、人によって解釈が違うし、利用方法も違う。
そして、デザイン思考という概念自体が本来そうあるべきである。
なぜなら、デザイン思考は厳密なプロセスやルールなのではなく、参考程度に活用するべき考え方であるから。なので、「デザイン思考とは?」と聞くこと自体が愚問である。
実は一番困惑しているのは現場のデザイナー達
デザイン思考って何?と言う質問に一番困惑するのは、もしかしたらデザイナー達だろう。
そもそも、自分たちが今まで情熱を持って、長い年月を費やしてやってきたことが1つのブームになり、デザインの”デ”の字もわからないお偉いさんが、知ったかぶりで「やっぱデザイン思考だよねー」って擦り寄ってきても、「は?」と思ってしまうこともある。
それだけデザインは奥が深く、一朝一夕で身につくものでもない。それを、昨今のトレンドにより、誰でも簡単に学ぶことができ、ビジネスに即効性があると思われると、かなりしんどい。
そして、昨今の社内デザイナー達は、他のスタッフにデザイン思考を教えることに毎日奔走し始めている。そうなってくると、本来やりたかったデザインの仕事がなかなかできなくなり、モチベーション低下にも繋がりかねない。
また、経営の現場に単純にデザイナーを突っ込めば全てが解決するわけではない。なのに、成功している会社の多くはデザインを経営に活用している、と言う理由だけで、なぜかデザインは万能な魔法のような捉え方をしているケースも見受けられる。
社内にしっかりとデザインを浸透させたければ、まずはスタッフのマインドセット、次にカルチャー変革が求められる。
そもそも、デザイン思考を社内に浸透させたければ、デザイナーよりもファシリテーター的な役割の人が行う方がよっぽど効果が高い。我々、btraxでも、デザイン思考ワークショップを提供する際には、ファシリテーターがメインで進めていくようにしている。
スタートアップ業界ではすでに”母国語”化している
ちなみに、サンフランシスコやシリコンバレーのスタートアップ界隈では、今さらデザイン思考を学んだりはしない。
自分を含め、ここに長く住んでいる人たちにとってみると、デザイン思考的な流れでサービスを作るのがあまりにも当たり前のやり方すぎて、いまさら体系立てて学ぶことはあまりしないのだ。
サービスを考えるときに、特定のユーザーのニーズにフォーカスを当てるのは当たり前だし、短いスパンでプロトタイプを作成し、ユーザーテストをするのも当然のことなのだ。
アイディア段階でカフェに行って横に座ってる人からフィードバックをもらいながら改善したり、よりふさわしいユーザーを紹介してもらったりするのも日常茶飯事である。
それはまるで、デザイン思考が我々にとっては”母国語”であり、努力して会得するものでない感じなのだ。
例えると、英語を学んでいる人は、その文法から発音までを論理的に身につけようとするが、生まれつき喋れる人は、逆にそんなややこしい部分は気にも止めない。
海で生まれた魚は、泳ぐことを一から学ばないのに似ている。「Fishes can swim」ではなく、「Fishes swim」となる。同様に、スティーブ・ジョブズが一からデザイン思考を学んだとは想像しづらい。
デザイン思考を会得してやっとスタートラインに立てるレベル
ここで気付いた方もいるかもしれないが、「英語が喋れる = グローバル」ではない。
それは単純に海外の人とのやりとりをしやすくなっただけであり、そのスキル自体はコミュニケーションの第一歩でしかない。これは、「デザイン思考 = イノベーション」ではないのに似ている。
イノベーションを生み出している企業がデザイン思考を活用してるのは間違いない。しかし、それはあくまで基本中の基本ができているだけであり、万能ではない。デザイン思考プラス何かがなければ、求める結果を得ることは非常に難しい。
デザイン思考は”思考”ではなく、”行動”であるべき
これはその呼び方に大きな問題があるのかもしれないが、デザイン“思考”を通じて結果を出したければ、早い段階で、考えることよりも、行動に移す必要がある。
下記のダイアグラムを見てもわかる通り、デザイン思考のプロセスにおいては、多くの箇所で行動が求められる。
そして、それを短いサイクルとして、グルグル回す必要がある。ちなみに、デザイナーに求められる能力の1つが、短時間でどれほど多くの量のアウトプットを出せるかである。
以前にアメリカで被験者を2つのグループに分け、一定時間内に陶芸を作る実験を行った。Aのグループには、「最も優れた作品を作ってください」と伝え、Bのグループには、「作品の質ではなく、使った粘土の量が多さで評価します」と伝えた。
すると、Bグループの方が最終的には、より優れた作品を作った結果となった。トライアルアンドエラーを多く繰り返した方が良いものが出来上がりやすかった。
デザイン思考でも、どれだけの量の失敗を繰り返せるかが重要で、座学よりもアウトプット重視するべきである。
しかし、デザイン思考を”思考”のままで終わらせているケースが後を絶たない。優れたプロダクトを生み出したければ、頭で考えるより、まず行動。習うより慣れよ、が求められる。
それにも関わらず、デザイン”思考”と名付けてしまったのが誤解を生み出す1つの原因になってると思われる。
実際の現場はかなりカオス
実際のところ、デザイン思考を活用しても、その成功率は必ずしも高くはない。しかし、プロダクトが生み出されるのに要するコストと時間が短縮されるので、長期的にみると良い結果につながる。
そして、議論よりも行動重視でプロダクト作りを進めている現場は、想像ができないぐらいに、はちゃめちゃであり、またそうあるべきである。
プロセスの行ったり来たり、コンセプトの練り直し、ニーズの再認識は日常茶飯事で、チーム内のいざこざや、感情のぶつかり合い、仲間割れも珍しく無い。
それが本当に良いものを生み出すためのクリエイティブなプロセスなのであるが、和を大切にする日本の文化や、大企業のエリート経営陣にはなかなか理解のしづらい部分でもある。
会社がカオスな状況を許容してくれない限り、良いものは生まれづらい。
デザイン思考プロセスを丁寧になぞったプロダクトは面白味がない
これはとても主観的な感想になるが、デザイン思考の教科書に従って、お勉強した内容を元に、そのプロセスを丁寧になぞって作り上げられたプロダクトは、妙に“のっぺり”としている。
そして世の中にある他のサービスにかなり類似したものが出来あがる。何か一味足りない。スパイスが効いていない感じがする。
なぜか?多くの場合、作っている人たちが本当に作りたいものを作っていない場合があるから。
教科書に書いてあるやり方をしっかりと踏まえ、間違えの無いように1つ1つしっかりと検証して作ったとしても、そこに強い情熱や想いがなければ、なんかつまらない物が出来あがる。
作る側に強い愛情がないと、ユーザーにとっても魅力的なプロダクトにはならない。ユーザー検証を通じて、“つじつまのあう”プロダクトは作れるかもしれないが、なぜか心に響かないものになりがち。
単純にデザイン思考のプロセスを踏まえ、ユーザーが欲しいと言ったものを作ったところで、それは単なる御用聞きプロダクトになってしまいがちである。
デザイン思考は音楽におけるカノン進行みたいなもの
この感覚、何かに似ているなー?と思って考えてみた。そうそう、それはまるでカノン進行を活用したヒットソングっぽい。カノン進行とは、パフェルベルのカノンと言うクラシックの名曲に利用されているコード進行。
それが日本人の耳に妙に心地よく聞こえることから、そのコード進行をベースに作曲するとヒットソングを生み出しやすいと言うことで、多用されている。
ミュージシャンの間でも、「ヒットを生み出したければ、カノン進行を使えばなんとかなる」とされるが、同時にそれは禁断の果実でもあり、妙にどっかで聞いたことのあるJ-Popソングになりがちで、イマイチ面白味がない作品になってしまう。
うまくいかないケースに欠如しているのは何か?
では、本題に戻って、なぜデザイン思考のプロセスだけでは革新的な製品が生まれないのか?おそらく、ここで重要なのが、そこに強い情熱があるかないか。
企業の新規サービスを作る際には、もちろん最終的な売り上げが重要になってくるのだから、ヒットを狙って物づくりをする必要が出てくる。それにデザイン思考が用いられる。
その一方で、本能的にデザイン思考を取り入れているスタートアップの多くは、初めから売り上げを意識しない。むしろ特定のユーザーや社会、そして作っている人たち自身が強烈に感じている課題を解決するための手段として、プロダクト作りをする。
そこには他の人ではなかなか持つことのできないレベルのパッションがあり、それが大きな原動力となる。
強いパッションがあれば、もの凄い勢いでニーズの深掘りを行い、素早く試作品を作り上げ、テストを繰り返す。そして、その結果に合わせて、どんどん改善やピボットを行う。
それはまるでアーティストの自己表現にも通じるものがあり、ヒットソングを狙った理詰な作業とは異なる。
イノベーションに必要な要素とは
デザイン思考だけではイノベーションが生み出されないとしたら、他にどんな要素が必要になってくるのだろうか?おそらく、それには、下記の要素が求められると思われる。
マインドセット:
デザイン思考自体がそもそもプロセスというよりは、基本的に理解しておくべきマインドセットである。それぞれのメンバーが、ユーザー視点の考え方をしっかりと理解し、会社の利益の前に課題解決のためのマインドセットをしっかりと共有しておく必要がある。
カルチャー:
次に、チームや組織におけるカルチャー的要素。自由に発言しやすい心理的安全性と、失敗を許容する考え方。そして、机上の空論よりも、速いスピードでアウトプットを評価するカルチャーが求められる。
パッション:
最も重要な要素になってくるのが、プロダクトやサービスに対する情熱。自分たちが本当に解決したい課題に対してのソリューションの具現化としてのプロダクトであること。そして、そこに他の人たちよりも強い情熱を注ぐ必要がある。
アクション:
そして、上記の3つの要素をしっかりとアクションに移すこと。アクションの部分が無ければ、全てがゼロになってしまう。どれだけ強い情熱を持っていても、検討の結果、見送ることにした場合、アウトプットはゼロである。
結論として、イノベーションを生み出すためには、下記の方程式が必要になってくるのでは無いかと思う。
イノベーション = (マインドセット+カルチャー+パッション) x アクション
筆者: Brandon K. Hill / CEO, btrax, Inc.