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【クレジットカードにDX革命】Apple Cardに学ぶ革新的UXデザインのポイント
もしAppleがクレジットカードを作ったら?
シンプル、クール、使いやすい。こんな形容詞が思い浮かぶAppleというブランドが、もしクレジットカードを作ったらどんなものになるだろうか?
今年の初めに発表されたAppleが提供するクレジットカード、Apple Cardが北米ユーザー向けに限定的提供を開始した。これにより、現在のところ、アメリカ在住の特定のユーザーがApple Cardを手にすることができる。*米国時間8月20日にアメリカの全ユーザー向けにリリース開始
選ばれたユーザーにはメールにて案内が届き、iPhoneのWalletアプリ内から申し込む。ラッキーなことに自分も選ばれたようなので、早速申し込み、使ってみた。
これまでのクレジットカードの常識を覆す体験満載
では、Apple Cardは何が特別なのか? 実は、そのカード自体から利用体験、アプリとの連動性など、すべてのタッチポイントにおいて、デジタルな時代に最適な体験がデザインされている。
特に、これまでのクレジットカードは、銀行などの金融機関が発行しているものがほとんどで、顧客体験もその延長線上にあった。しかし、以前の「銀行はなぜ滅びるのか – それを阻止する方法は?」を読んでも分かる通り、金融機関が提供する体験はお世辞にも良いものではない。
今回、その体験をAppleが思いっきり「リ・デザイン」することで、これまでの常識を覆すようなスムーズな利用体験をユーザーに提供している。そのいくつかのポイントを紹介する。
アプリ上から一瞬で申請、数秒後から利用可能
通常アメリカでクレジットカードを申請する際には、銀行の店舗やオンラインで必要事項を入力し送信する。その数週間後に審査結果が郵送され、承認された場合はカードが同封され、却下の際にはお詫びの手紙が添えられている。そのプロセスに要する時間は少なくても数週間。
これがApple Cardの場合、Walletアプリにクレジットカードを追加する要領でできてしまう。Appleから選ばれたユーザーは、Wallet内の➕アイコンをクリックすると、申請プロセスに進むことができる。
必要事項を記入し、その数秒後に承認か否かが表示され、承認された場合、Apple Pay経由で即座に利用可能となる。そして、物理的なカードは、その数日後に送られてくる。これにより、プロセスに要する時間の大幅短縮と、カードが届くまで待っている時間がなくなった。
番号が記載されていないチタン製のカード
自分の場合は、アプリで申請してから5日後にFedExにてカードが送られてきた。ちなみにカードの発送状況もアプリから確認ができる。
中心にAppleのロゴが刻印された真っ白なパッケージを開けると、中はインスタを思わせるカラフルなデザインが施されている。そしてその真ん中に真っ白なカードが同封されている。
驚くべきことに、このカードには通常のクレジットカードにはあまり見られない工夫がされている。まず、どこにもカード番号も有効期限も記載されていない。表面にAppleのロゴと所有者の名前、裏面には発行銀行のGoldman SachsのロゴとMasterCardのロゴだけだ。
これはカード番号が無いというわけではなく、実はアプリ内でカード番号と有効期限などの情報を確認することができるようになっている。オンラインショッピングなどで、番号が必要な際には、その方法で情報が獲得可能。
卓越した開封体験とソーシャルシェア性を提供
最初はなぜ番号が記載されていないのか?と思ったが、物理カードに番号を記載しないことで、落としてもセキュリティー的な部分での優位性が保たれるし、何よりもインスタなどのSNS経由で、ゲットしたことを友達に自慢しやすくなることに気づいた。
まさにAppleらしい逆転の発想とシンプルさの追求がされている。
また、カードの素材はチタンで、一般的なプラスチックのものよりもかなりの重厚感がある。ちなみに、CompareCards社のリサーチによると、アメリカ国内のクレジットカード利用者の38%が、素材でカードを選ぶと答えており、ミレニアルになるとその割合は53%にまでアップするという。
チタンのカードは消費者の所有欲を掻き立てる。加えて、容易に切ったりすることができないため、内蔵されているチップを切り取ることが難しく、セキュリティー向上の役割を果たしているとも言える。
開けてびっくりの演出と、手で持った時の満足感がしっかりと設計されている。ユーザーとカードとの最初の接点である、開封体験も総合的に上手にデザインされているのもさすがAppleと感じた。
革新的なアクティベーション方法
そして、Apple Cardの最も革新的な体験の1つが、そのアクティベーション方法だろう。通常の場合、新しいクレジットカードを利用する前に、カードに記載されている電話番号に電話するか、サイトに行って番号を入力する。
これは、手間がかかるだけでなく、セキュリティ的に甘い。なぜなら、本人ではない人がもしそのカードを受け取り、アクティベーションしたとしても、本人確認される事は稀で、使えちゃうこともあるから。
これがApple Cardの場合はどうなっているのか。驚くべきことに、カードを登録したWalletアプリが入っているiPhoneをパッケージの下の部分に当て、画面に表示されたボタンをタップするだけ。そのプロセスに要する時間はおよそ5秒。
それもパッケージがそれぞのユーザーのWalletアプリと紐づいているため、他のユーザーのiPhoneを当てた場合は、アクティベーションができないようになっている。
カード所有者本人のiPhoneを利用しない限りカードを使うことができないため、かなり安全な設計が施されている。そして何より、電話したりサイトにログインしたりせずに一瞬でアクティベーションできるのが最高だ。
ユーザー体験のコアはWalletアプリとの連動性にあり
そして、ここからがApple Cardが提供するユーザー体験が最も大きな価値を生み出している要因。Walletアプリとの連動性である。
もともとWalletアプリは、他のクレジットカードなどを登録することで、Apple Payを通じてキャッシュレス決済を可能にする役割としてiPhoneにインストールされている。しかし、自分を含め、アメリカでApple Payを使う機会は意外と少なく、Walletアプリもほとんど使ったことがなかった。Apple Cardに出会う前までは。
実際にApple Cardを店舗で使ってみる。そうするとその直後に利用履歴が自動的にWalletアプリに表示される。それも、金額だけではなく、利用した場所の写真とロケーション情報のマップも。
また、利用した商品のジャンルによってカードとグラフがカラフルに色分けされることで、どのような内容に利用しているのかが一目でわかるようになっている。また、それぞれの利用金額に対するキャッシュバックの額も表示される。
ちなみに、物理カードは1%、Apple Payを使うと2%、Uber、UberEats、およびAppleで買い物をすると3%のキャッシュバックとなっている。
このように、利用状況を即座に可視化することで、リアルタイム性と透明性を高め、ユーザーの安心感とセキュリティ向上を達成している。
Less-is-moreを体現した”無い無い尽くし”が体験の質を高める
生前よりスティーブ・ジョブスもAppleのデザイン哲学の1つとして掲げている”Less-is-more (少ない方がより多くを得られる) “ は、このApple Cardにもしっかりと受け継がれているように感じる。
そこには、ミニマルなデザインの裏に、大きなメリットがいくつも隠されている。例えば、カード自体に番号が表示されていないのは、上記の理由に加え、もし番号が漏れた際の対策にもメリットを生み出す。
カードの番号はWalletアプリ内でいつでも変えることができるため、万が一番号を変えたいときは、アプリ経由でリクエストすれば良い。また、その際新しい番号が既存のカードにクラウド上で紐づけられるため、物理的なカードを取得し直す必要がない。
こうすることで、カード会社に電話をする手間、カード再発行の手間とコストを抑えることに成功しているのだろう。また、カードメンバー規約等もデジタル化されているため、通常であればカードに同封される分厚い書類が存在していないのも良い。
Apple Cardが改善した体験
- カードの申請: Walletアプリ内から → 手間が減る
- 利用開始までの待ち時間: Walletアプリ内からすぐに利用 → 待ち時間なし
- カード番号: Walletアプリ内 → カード上の表記なし
- 有効期限: Walletアプリ内 → カード上の表記なし
- セキュリティーコード: Walletアプリ内 → カード上の表記なし
- アクティベーション: パッケージとiPhone → 本人以外には不可能
- 規約書類 : Walletアプリ内 → 分厚い書類なし
- 利用時のプロセス: 利用時にiPhoneに通知・場合によっては承認 → サインなし
- 利用明細: Walletアプリ内 → 常時確認・月末まで待つ必要なし
- 番号の変更: Walletアプリから → カードの再発行の必要なし
- 年会費: 無料 → カードを申請しない理由がない
一度使ったら他のカードに戻れなくなるユーザー体験が設計されている
これは他のApple製品にも共通するポイントであるが、同じカテゴリーの他のプロダクトと比べてその体験が一歩も二歩も先を行っているように感じる。
単純に、利用するたびにその内容に応じてどんどんカードの色が変わるので、使うのが楽しくなるし、これまでの利用履歴が一目でわかるだけで、他のカードとの大きな差別化要因となっている。
細かい要素にしっかりとこだわることで、ユーザーを唸らせる体験が随所に盛り込まれている。これはまさに優れたUXデザインによるところが大きい。
これにより、Apple Cardの利用体験が良すぎて、ある意味ポイントやリワード、そして金利などの本来クレジットカードの”売り”となる部分が正直どうでもよくなってくるレベル。
これからのプロダクトの本当の価値はその体験にあり、ということを今一度感じさせてくれた。
それでもまだクレジットカード業界を根本からひっくり返すまでには至っていない
ここまで革新的なApple Cardであるが、実はクレジットカード業界を根本から破壊するほどの内容には至っていない。カードの発行元の銀行はゴールドマンサックスだし、クレジットカードの種類も既存のMasterCardの仕組みを利用している。
これは、天下のAppleでも、クレジットカードを取り巻く既存の複雑な仕組みに手を出すことは難しく、既得権益の壁を越えることが容易でない事を思わせる。
まとめ: Apple Cardはデジタル時代に合わせ体験をリデザインしたクレジットカード
そろそろApple Cardを使い始めてから約一週間ほどになるが、その全く新しい利用体験のおかげで、もっと使いたくなっている。
これまでのカードと比べて、利用時、支払い時、もしもの時の体験が大幅に改善している上に、全てのプロセスがアプリ内で完結するのが良い。
これからは、商品の魅力よりも、ユーザーのタッチポイントを制覇した企業が勝つ、という概念がどんどん加速し、それが金融業界にもどんどん広まっているのを強く感じた。今回も、デザインは商品の魅力をアップさせる役割だけではなく、経営全体に重要な役割を果たしていることが理解できると思う。
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筆者: Brandon K. Hill / CEO, btrax, Inc.
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