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これからのプロダクトは足すことよりも削ることが価値になる
おもてなしの国だからなのか、日本のサービスは結構色々な機能が搭載されているイメージが強い。本当にそれらは必要なのか? もしくは、”念の為” として一応搭載させたのだろうか?
自分自身は常々、現代のサービスにおいては、機能が少なければ少ないほどユーザーから長く愛される傾向になると思っている。
最高の贅沢は何もしないこと
イタリアには “何もしない贅沢” という概念がある。
フィレンツェやトスカーナ地方には、気ままな日々を何もせずにゆっくりと過ごす意味の “Il Dolce Far Niente” (英訳: The sweetness of doing nothing) のフレーズが存在する。
甘美な怠惰をゆったりと楽しむことが最高の贅沢である という意味。
シリコンバレー流 何もしない週末
日本の100倍のスピードで、どんどん新しいものが生み出されるシリコンバレー。そこに住む人たちはどのようなライフスタイルを送っているのだろうか?さぞ毎日忙しく、分単位でスケジュールが埋まっているのだろうか?
実は、スタートアップやGAFAなどのビッグテック企業で働く人々のその多くが、週末を中心に “何もしない” 時間を確保している。
サンフランシスコ市内にある Dolores Park と呼ばれる公園は、週末になると多くの人々が集まり、一日中 “何もしていない”。
そう、何もしていない。
芝生の上に寝転がり、カリフォルニアの青空を見上げながら、ただただ、ぼーっとしている。そうすると、ココナッツの実にラム酒を入れたドリンクが、どこからともなくふるまわれる。
そして、ほろ酔いのまま、また、何もしない。
そんな週末を過ごすことで、平日から始まる秒速でのプロダクト作りに集中できたりする。
人間とよりもデバイスと過ごす時間が多い時代
しかし、忙しい日々を過ごす人々にとって、何もしない時間は意外と少ない。
そこに、スマホなどのデジタルデバイスが追加され、人間の脳は限界に近いほど常にフル回転している。
Mary Meekerによる2019 Internet Trends Reportによると、平均的な大人が1日でデジタルメディアに費やす時間は、2009年の3時間から、6.3時間と2倍以上に増えている。
直接人間と接している時間が削られ、1日の大半がデバイスによって占有され始めている。
機能を追加する = プロダクトの価値低下
こうなってくると、ユーザー (人間) にとっては、機能がどんどん増えていくのは迷惑でしかない。なぜなら、脳が処理しなければならない情報が増えてしまうから。
一昔前なら、プランをアップグレードすればするほど機能が豊富になっていくのが当然とされていたが、現代では逆効果。
むしろ、機能が少ない方がユーザーにとってはありがたいし、価値が高いものになる。自分の時間の最大化してくれるサービスが最高、ということになる。
逆に機能が増えれば増えるほどユーザーの脳にとっては仕事が増える分、迷惑で、プロダクトとしての価値も低く感じ始める。
機能を削ったことでヒットしたプロダクト例
実際に、結構多くの商品やサービスが機能を削ったり、制限したことでより大きな価値を生み出し、ヒットしている。
- iPhone – 物理ボタンを極力排除
- MacBook Air – DVDドライブ排除
- Google – 検索ボックスのみ
- Twitter – 140文字まで
- Instagram – 画像のみ
- Tiktok – 60秒までの制限
- Snapchat – 消える
- Medium – 記事を読むことだけにフォーカス
- Amazon Go – レジ会計が無い
- GoPro – カメラから液晶を排除
- Kindle – 本を読むだけのデバイス
- Uber – 降車時の支払いが無い
- Clubhouse – 音だけ、録音機能なし
既存の自動車の機能の多くの削減したTesla
Teslaがヒットしている一番の理由は、自動車としての機能の “少なさ” だろう。ユーザー視点から考えると、これまで行ってきた様々な作業が簡略化されている。
車に近づけば自動的にドアが開くし、降りて離れれば自動的に鍵が閉まる。駐車した時もパーキングブレーキを引く必要もないし、出発するのもアクセルを踏むだけ。運転が終わったら、ドアを閉めるだけ。
何かをし忘れることが極端に少ないし、パーツも減らすことができている。とにかく煩わしさが少なくなり、これは最終的に心理的安全性にも繋がる。
Teslaはスマートカーであると同時に、禅カーでもある。
Teslaにないもの:
- 鍵
- 鍵穴
- エンジン
- 物理ボタン
- ギアシフト
- オイル交換
- オイルタンク
- ガソリンタンク
- パーキングブレーキ
- ライトのOn / Offスイッチ
- 車体の電源のOn / Offスイッチ
既存のクレジットカードの常識が色々とないApple Card
生前よりスティーブ・ジョブスもAppleのデザイン哲学の1つとして掲げている“Less-is-more (少ない方がより多くを得られる) ” は、クレジットカードの、Apple Cardにもしっかりと受け継がれている。と、いうのも、下記のようにさまざまな仕様やプロセスが簡略化されているから。
- カードの申請: Walletアプリ内から → 手間が減る
- 利用開始までの待ち時間: Walletアプリ内からすぐに利用 → 待ち時間なし
- カード番号: Walletアプリ内 → カード上の表記なし
- 有効期限: Walletアプリ内 → カード上の表記なし
- セキュリティーコード: Walletアプリ内 → カード上の表記なし
- アクティベーション: パッケージとiPhone → 本人以外には不可能
- 規約書類: Walletアプリ内 → 分厚い書類なし
- 利用時のプロセス: 利用時にiPhoneに通知・場合によっては承認 → サインなし
- 利用明細: Walletアプリ内 → 常時確認・月末まで待つ必要なし
- 番号の変更: Walletアプリから → カードの再発行の必要なし
- 年会費: 無料 → カードを申請しない理由がない
なぜ日本のプロダクトは機能満載になりがちなのか?
このように、機能を削ったり、シンプルにすることでヒットしたプロダクトが枚挙にいとまがないのに、なぜ日本のサービスには無意味な機能が満載になってしまうのだろうか?
おそらくそれは「そもそも実在しない課題」= 「解く価値の無い問題」をわざわざ生み出し、解決しようとしているからだろう。
より多くの機能と性能を求める商品企画会議的アプローチにも問題が大きい。上司からの司令や、部署間のしがらみ、技術者の自己満足に近いスペック重視、顧客リクエストを鵜呑みにしたことによる、機能ゴテゴテの使いにくい製品が生み出されてしまう。
あえて馬力を抑えた Mazda ロードスターの素晴らしさ
その一方で、勇気を持ってその流れから抜け出したようなプロダクトもある。Mazdaが世界に誇る名車、ロードスターである。
そもそも自動車の定員は5人以上、の概念を覆し、操る喜びだけにフォーカスし、それ以外を全て切り捨てる英断をしたことで、世界的なブームを生み出した。
そして、最新バージョンでは、全バージョンよりも排気量を少なくし、馬力も下げた。その理由は、より “操る喜び” を実現するため。
ユーザー視点とプロダクトのビジョンを追求した素晴らしい例だろう。
デジタル満載の時代に敢えてアナログにこだわったチェキ
もう一つ、敢えて削ぎ落とすことでヒットした日本のプロダクトがチェキ。海外ではInstaxと呼ばれるこの製品は、デジタルが主流の時代に、敢えてアナログ、単純な機能だけなのに、若者を中心に人気を集めている。
その秘密は、使いやすさと、現代では逆に珍しくなったアナログ的暖かさだろう。チェキには、デジタルxハイスペックへのアンチテーゼとして、人の心を暖かくしてくれる魅力がある。
Do less, but better
このように、ヒットしているプロダクトのその多くが、より少ない機能にフォーカスし、そしてそれをとことん追求している。
言い換えると、唯一の価値に集中し、それを誰よりもユーザーにとって最も優れた体験を通じて喜びを生み出している。
デジタルサービスで Do less, but better を実現する5つのポイント
では、このコンセプトをデジタルサービスで実現するにはどのようなポイントがあげられるだろうか?
1. “機能予算” を定める
プロジェクトには必ず予算が設定される。これをお金や時間だけではなく、機能の数にも当てはめる。そして、その限られた機能数の中でTop 3の優先順位を定める。
参考: なぜ制約があった方が人はクリエイティブになれるのか?
2. Start Small
MVPと呼ばれる、必要最小限のプロダクトスペックを考え、そこに実装されている機能を半分に減らす。そして、そかからまた半分に減らしたものを1stバージョンと認識する。
参考: Amazon, Google, YouTube等の初期バージョンから学ぶ小さく始めることの重要さ
3. データを活用する
サービスデザインの世界では20/80という概念がある。ユーザーは80%の頻度で全体の20%の機能しか利用しない。であれば、ユーザーのプロダクト利用データを活用し、利用頻度の低い80%を削る。
参考: UXデザイナーなら知っておきたいデザインに関する10の法則
4. “No” を言う勇気を持つ
企画会議やユーザーからのリクエストがあった場合、どうしても機能追加を考えてしまいがちになる。しかし、あくまで Do less, but better を実現するために、その多くには “No” と言う勇気を持って見る。
参考: シンプルにデザインする事の難しさ
5. 機能を減らしてもユーザーの満足度をキープする
ユーザー体験を改善するためには、時に機能を削る事も必要になってくる。その際に、短期的にはユーザーからの不満が出てくるだろう。その不満を軽減し、期待値を維持する方法を考えておく。
デザイナーの仕事はシンプルにすること
実際のところ、プロダクトの機能や性能を削るのはかなり難しく、勇気が要る。そして、それを一番実現する最適な役割がデザイナーである。
デザイナーの究極の仕事は、複雑な問題をできるだけシンプルな手法で解決できるソリューションを生み出すこと。
ユーザー視点から、できるだけシンプルで使いやすい体験を提案するのがデザイナーの役割になってくるだろう。
Il Dolce Far Niente = 甘美な怠惰
を生み出すために。
参考: なぜデザインはシンプルな方が良いのか – 5つの理由と6つの鉄則