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テスラ (Tesla) のユーザー体験。しばらく乗ってみてわかったその凄さ
- これは空から降ってきたテスラと筆者の90日におよぶUX体験レポート
- テスラの体験はもはや自動車ではなく、スマートデバイス
- ミニマルな構成。それでもソフトウェアによる安心感があり、これの上にハードが成り立っている
- ただし、まだパーフェクトカーでないテスラ
- 日本の物づくり企業も学べる部分が多くある
シリコンバレーに住んでいるとテスラを見かけない日はない。サンフランシスコ市内だと、至る所に路駐されている。数年前と比べると珍しさも薄くなった。
そんな状況を象徴するかのように、テスラ社の時価総額もどんどん上昇し、アメリカの自動車会社の中では1位、世界規模でもVWを抜きTOYOTAに次ぐ2位になっている。(*2020年7月で1位に!) そして、決算を見てみると、黒字を計上するまでに成長しているのがわかる。
そんなこともあり、以前よりテスラの何がすごいかが気になっていた。
普段はマニュアルの2人乗りスポーツカーに乗っていることもあり、正直自動車というプロダクトに対して、EVやオートパイロットなどの体験を求めてはいなかった。実際にテスラに乗り始めるまでは…。
ある日突然、空からテスラが降ってきた
これまでも、GetaroundなどのP2P型カーシェアサービスを利用して何度か運転したことがあったテスラであるが、今から数ヶ月前の出来事がきっかけで、よりじっくりと乗ることになった。
ある週末、シリコンバレーでVCをしている友人から連絡が来た。引越しを手伝ってほしいとのこと。
ちなみにアメリカでは、比較的少ない荷物の場合は業者ではなく友人を集めて引越し作業を行うことが一般的。今回はバイクの移動を頼まれた。アメリカではバイクを乗れる人の比率が多くないため、重宝してくれたのだ。
引越し当日、その友人から告げられた引越し先はシンガポール。今後はメインの拠点をシンガポールに移す予定で、しばらくはアジアとシリコンバレーの行き来をする。
そして車はしばらくシリコンバレーに置いておくとのこと。ご存知の通り車は長い間放置しておくのは良くない説があり、であれば自分が預かることに。その車がテスラのModel Sだった。
こんな経緯で、予想外のタイミングでテスラと過ごす日々が始まった。
これ、自動車じゃないね
冒頭でも触れた通り、個人的に車はエンジン音や操作感などが魅力のスポーツカーが大好きなこともあり、興味はあれど真剣には考えていなかったテスラを実際に運転し続けて気づいたことは非常に多い。
まず、これは車じゃないということ。いや、プロダクトとしては確かに車だが、ユーザーとして受け取る体験は全くもって異なる。
ずいぶん前にスタッフが「車輪がついたスマホ、Tesla Model Sから見るコネクティッドカーの未来」のブログを書いていたが、全くその通り。
体験としては全くをもってスマホに近い。ソフトウェアはどんどんアップデートされるし、ユーザーに寄り添うパーソナルな体験は、車じゃなくてスマートデバイスだ。
体験があまりにもこれまでの自動車と著しく違う。ここまでくると、究極的には世の中には2種類の自動車しかない。テスラかそれ以外か。まるでカリスマのような発言をしてしまいたくなるレベル。そこまでさせてしまう幾つかの要素を紐解いてみよう。
車と呼ばない、テスラと呼ぶ
まずは1つの結論から。いつの間にか「今日は車で来ました」とか、「僕の車に乗って行こう」とか言わなくなる。「俺のテスラに乗ってく?」って感じで、車と呼ばなくなっている自分がいる。
はたから見るとかなり嫌味な感じに聞こえるかもしれないが、これは、iPhoneを電話や携帯、スマホとは呼ばずにiPhoneと呼ぶのに少し似ている。「私のiPhone取って」的な感じで。
それぐらい、既存のプロダクトとの差別化がされており、独自のカテゴリーを構築した1つのバロメーターだろう。タイヤが4つ、ハンドルがついていても、テスラは自動車というよりも、テスラという種類のプロダクトなのだ。
ユーザーに寄り添うパーソナル体験
まず乗ってみてわかるのが、かなり細かいところまで体験がデザインされていること。
例えば、リモートキーを持って近づくとドアノブがひょっこり出て、ライトがちょっと光るのが可愛い。車内で音楽を聞いていて、駐車してドアを開ける、そうすると自動的に音量が小さくなるが、途切れはしない心地よさ。
また、スマホのカレンダーと連動し、朝乗るときにその1日のスケジュールが表示され、それぞれの目的地がナビ連動している。それにより、あまり何も考えなくても1日のアポがスムーズに進む。
そして究極なのが走行している場所に合わせて車高を調整してくれる仕組み。細かなロジックはわからないが、どうやら何度か同じ場所で車高の上げ下げを行うと、次回からその場所で自動的に車高の調整をしてくれる。
自分の場合は、自宅のガレージの手前にくると車高がMaxに、高速の乗り口に来るとLowに自動的に調整されるようになった。
このような機能をそれぞれ実装している車は他にもあるが、それが総合的なユーザー体験として提供されている点がテスラを一味違うものにしている。
オートハイビームや自動縦列駐車などを単体の機能として売りにするのではなく、あくまで一貫した体験として訴求している。
巨大なスマートデバイス
このように、テスラは既存の自動車がユーザーに提供する最大の価値である”移動”だけではなく、よりスマートに動作することによって心地よさをも提供してくれる。
まさにおもてなしの精神が宿っているのであるが、これは、テスラの存在価値が自動車よりもスマートデバイスに近いからだろう。
また、定期的なソフトウェアアップデートで、ユーザーのデータを元に、どんどん体験のクオリティーもアップデートされるのが嬉しい。一緒にいる時間が増えると、自分好みに育ってくれる感覚すら覚える。
ソフトのためにハードウェアがある概念
物づくりの視点から見ると、テスラはSoftware-centered、すなわちソフトウェアありきでデザインされているのがよくわかる。
これまでの自動車の製造プロセスでは、まずはハードウェアがあり、それに乗っかる形でソフトウェアを”後付け”していた。しかし、テスラの場合はソフトウェアを通して実現したい体験をまず考え、それに最適なハードウェアを付随させている。
実際に、Model Sのインテリア部分の多くが、メルセデスからライセンス供給されている。Tesla社の”本職”はソフトウェア開発である。
そうすることで、なるべく多くの機能をソフトウェアのアップデートにより実装し、実車の買い替え = ハードウェアの入れ替えをしなくても、性能アップが図られている。これもまるでスマホやアプリのアップデートの感覚に近い。
ということは、デジタル + コネクテッドの世界で、より優れたユーザー体験を実現するには、ソフトウェアの担う範囲が非常に大きいということ。それは、究極のハードウェアプロダクトである自動車も、全く例外ではない。
いろんなものが無いことで実現される心理的安心感
実は、テスラには既存の自動車には通常あるものがことごとく無いか、相当にシンプル化されている。ざっと考えただけでも、下記が無い。
- エンジン
- ガソリンタンク
- オイルタンク
- ギアシフト
- パーキングブレーキ
- ライトのOn / Offスイッチ
- 電源のOn / Offスイッチ
- 鍵
- 鍵穴
- 各種ボタン (タッチパネルに集約)
これは、ユーザー視点から考えると、これまで行ってきた様々な作業が簡略化されたことにもなる。
車に近づけば自動的にドアが開くし、降りて離れれば自動的に鍵が閉まる。駐車した時もパーキングブレーキを引く必要もないし、出発するのもアクセルを踏むだけ。何かをし忘れることが極端に少ないし、パーツも減らすことができている。
とにかく煩わしさが少なくなり、これは最終的に心理的安全性に繋がる。
一方で、ここまでシンプルに削るのは、物づくりの観点からするとかなり難易度が高い。何かを付け足すのは簡単であるが、本来あるものを無くすのは非常に難しく、ミニマリズムを追求することは、デザインにおいては一つの究極である。
参考: シンプルにデザインする事の難しさ
もちろん専用アプリも最高
テスラという会社は自動車会社というよりもソフトウェアスタートアップであるというのは有名な話で、彼らが提供する専用アプリももちろん素晴らしい。車の状況がグラフィックで逐一わかるし、現在の走行状態や、各種コントロールを遠隔操作をする事も可能。
オートパイロットは人を信用するか、機械を信用するか?
このシンプルへの追求は、最終的には運転しない事の実現に向かっている。
テスラにはすでにAutopilotと呼ばれるLevel 2の自動運転機能が実装されており、それがかなり使いやすい。車線と前後左右の車両や道路状況を認識し、ハンドルとアクセル、ブレーキを自動的にコントロールしてくれる。その精度の高さに、同乗した人はほぼ100%の確率で度肝を抜かれている。
完全に自動ではないが、それでも運転をする時のストレスはかなり少なくなる。特に渋滞時には、勝手に加減速し、車間調整をしてくれるので、運転しながらも考え事をすることができ、時間の有効利用になる。
しかし、人間が運転するよりもブレーキを踏むタイミングが遅かったりして、最初のうちは結構ビビる。それは機械が理論的には最適なタイミングで踏んでくれているのだが、人間的な感覚だと怖い。
最終的には、人間を信じるか機械を信じるかの判断になる。どう考えても機械の方が正確に運転してくれるのだが、生身の人間が持つ”ゆとり”の感覚が無い分、違和感を抱いてしまう。
イーロンマスク の遊び心満載
テスラには数々の”隠れ機能”が満載である。
例えば、クリスマスシーズンには、サンタモードが実装され、ボタン一つでクリスマスソングが流れ、ナビ内の車がソリになる。そして、ウィンカーを出すと鈴の音がなる。
冬の時期には暖炉機能があり、画面が暖炉になり、暖房がつき、シートが暖かくなる。なんと、ブーブークッションモードもあり、それぞれのシートからおならの音を出すことも可能。
また、車内でレトロなアーケードゲームで遊んだり、YouTubeやNetflixを見たりするのも可能。挙げ句の果てには、ナビで表示されるのが火星になったり、車体のグラフィックが、007のボンドカーになったりする。
もちろん、このような遊び機能は性能には全く関係ないが、ユーザーの気持ちをリラックスさせたり、テスラの面白さを拡散するきっかけにもなるため、双方へのメリットは小さくないはず。
おそらく、これが日本の会社の会議で発案した日には、不謹慎とされるんだろうなと感じる。このあたりもシリコンバレーだからできる面白さなんだろう。
ロボットと一緒に生活する感覚
しばらくテスラと過ごしてみて感じるのは、まるで自分に忠実なロボットと生活しているのな感覚。アプリ1つで近寄ってきてくれるところなんかは、まるで生き物のような反応をしてくれるし、様々なことがパーソナライズされている。いつの間にか頼れる存在に感じ始めている。
もしかして、車が最も身近なロボットになるのかもしれない。一説によると、テスラの電子部品はTOYOTAやVWの6年先を行っているとのこと。(参考: Tesla teardown finds electronics 6 years ahead of Toyota and VW )
チャージステーションが生み出すエコシステム
もちろんテスラはEVなので、ガソリンスタンドではなく、チャージステーションで充電する。アメリカでは、ショッピングセンターの駐車場に専用の高速充電 (Super Charger) が設置されている。それでもMaxまで充電するのに、1時間半から2時間ほどかかるため、その間にショッピングに行く人も多い。
それにより、店舗にとっては富裕層客の獲得につながる。充電中はすることがないので、とりあえず買い物でも行くか、となる。ということは店舗側から見ても、テスラのチャージャーを設置することが1つの集客方法になる。これが日本だったら、パチンコ屋さんが設置すれば大儲かりするかも。
トラブっても心理的ストレスが極端に排除される体験
実はテスラを預かって初日に故障した。何がどうなったかは謎だが、電源が入らなくなった。うんともすんとも言わなくなった。
これもまたスマホっぽい故障状態。専用アプリから無料でレッカー車を呼ぶと30分もしないうちに到着し、サービスセンターに運んでくれた。そこで状況を説明すると代車をすぐに用意してくれた。それも最新型のModel Sで、直るまで好きなだけ乗ってて良いという。
最新の車両をずっと運転したくなり、正直、修理になるべく時間がかかって欲しいと思ったぐらい。
結果的に、むしろストレスよりも喜びの多い体験となった。車が故障して喜ぶことはほぼないと思っていたが、テスラは違った。そのあたりの体験設計も上手に出来ている。
それでも決してゼロではないテスラの弱点
そんなこんなで、ここまでベタ褒めしまくっているが、もちろんテスラにも弱点はある。むしろ結構ある。そのいくつかを紹介しよう。
1. 電池が減るのが早い
電池がエネルギー源であるEVの特性上、パワーを出そうとすると一気に電池が減る。乗り方一つで、想定されているよりも全然早く電池が減ってしまう。一度、充電ステーションに着く前に電池残量がゼロになってヒヤヒヤしたことがあったが、どうやら予備のエネルギーがあるらしい。どちらにせよ、結構減る。
2. 充電時間が長い
ガソリン車の場合、給油は5分程度で済むが、テスラは高速充電でも2時間近くかかる。その間に仕事をしたり本を読んだり買い物をすることもできるが、やはり充電時間が弱点であるいことには間違いない。
3. 高速充電ステーションが少ない
乗り始めて最も大きな驚きが、充電ステーションの少なさ。なんと、サンフランシスコ市内には、高速充電ステーションは1つしかない。もちろん通常の充電する場所はあるが、便利な高速充電はめっちゃ少ない。シリコンバレーでもまだまだその数は多くないと感じる。
4. 車体が大きすぎる
Model Sは車体デザインもかなりカッコ良いと思っていた。その理由は幅も長さもかなり大きいから。これは電池のキャパを稼ぐために、シャシーが大きくなっているのだろう。しかしその分、運転している時や駐車する際に気を遣う。そして、見た目によらず、あまり小回りが効かないのも弱点。
5. オートパイロットに人間味が足りない
テスラに実装されているオートパイロットは最高なのだが、実は弱点もある。あまりにも正確すぎて、運転が人間っぽくない。
例えば、一定の感覚を保って、前の車に追従してくれるのは良いが、車線変更しようとしている横の車を入れてあげる事はしてくれない。また、ブレーキングのタイミングが遅め&急なのもあり、後ろの車がびっくりする。一度、それで後ろの車が怒り始め、煽り運転をされたこともあった。
自動車を再定義し、車からスマートモビリティに昇華
このように、従来の自動車とは一線を画すユーザー体験を提供してくれるテスラは、自動車からスマートモビリティーに進化をし始めている。これはまるでガラケーとスマホの違いに近い感覚。見た目は自動車であったとしても、ユーザーが受け取る体験が従来とは大きく異なる。ちなみに、ぶっちゃけEVかどうかは、UX面で見ると、そんなに大きな価値には感じない。
日本の自動車メーカーの方々のテスラに対する感想
ちなみに、以前に複数の自動車メーカーの方々にテスラについてどう思うかを聞いたことがある。その答えは、大きく分けて下記の2つのどちらかになった。
「自動車としては邪道であり、遅かれ早かれ廃れる」
「正直あんなプロダクトが作れるのが羨ましい」
おそらく前者はハードウェアとしてのクオリティーがあまり高くないという評価が根拠で、後者は新規企業だからこそ可能な、既存サプライヤーや社内政治のないところで、ユーザーに最適なプロダクトが作り出すことができる自由性の高さに対してだと考えられる。
そして実は日本の自動車会社に勤めていても、実物のテスラに乗ったことのない方々も多いらしく、出張に来られた方から「一度乗せてください」と頼まれた事もある。このあたりのギャップが、今後プロダクトの体験をデザインをする際にハンデになってくるのかもしれない。
UXが優れているプロダクトに触れられるのもシリコンバレーのアドバンテージ
普段からこのようなプロダクトに接してプロダクトを作っているシリコンバレーから、より先進的なものが生み出されるのはある意味必然なのかなとも思う。
百聞は一見に如かずということもあるので、ぜひ一度シリコンバレーでテスラをはじめとした最新のプロダクトやサービスに触れる機会があれば、よりユーザーに喜ばれるものを作るインスピレーションになるかと思う。ご興味のある方は、ぜひお問い合わせを。
筆者: Brandon K. Hill / CEO, btrax, Inc.