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サービスデザインの際に知っておきたいリープフロッグ現象とその本質
- リープフロッグ現象:既存の社会インフラが整備されていない環境で、先進国が歩んできた「技術発展における通常の段階的変化」を経ずに、新たなサービス等が一気に広まること
- リープフロッグ現象が起きる理由として、インフラが整っていない、既存・新規サービス間の摩擦がない、膨大な開発費用の必要がない、導入のペナルティがないという「4つのない」があるが、そこにはそもそものサービス開発心構えがある
- 生活者のそもそもの願望をまず捉える
- 技術的スペックは最新・最高である必要はない
- 伝達しやすいシンプルなサービス価値があること
新規事業あるいはイノベーションというワードは、どんな思いを抱かせるのだろう。
新しいことに挑戦できるワクワク感と同時に、「果たして何から手を付けたらいいのか?」「本当に自分が結果を出せるのだろうか?」といった戸惑いや不安も少なからずあるのではないかと思う。
これまでfreshtraxでは、デザインの視点から新サービスの開発やイノベーションを起こすための一助となるようなマインドセットやメソッドを数々の事例と合わせて紹介してきたが、近年のイノベーション事例の中には、先進国の特定の地域に限らないものも見つけられる。
キャッシュレス化が世界でもっとも進んでいるのはアフリカ・ケニアと言われるし、自動運転の最新事例を知りたければ中国・深センまで実際に乗りに行くことを勧められるだろう。
もちろんこれら「新興国発のイノベーション」の背景には、新興国特有の事情があることは否めない。
しかし、各地で起きているこうした事例を見ながら、「私たちの今後のサービス開発に活かせるような学びを得ることはできないだろうか?」「こんな興味深い事例を、現地の特殊な事例として括ってしまうのはどうにももったいないのではないか?」そうした気持ちが湧いてくる。
そこで今回は、新興国で始まったサービス、中でも「いつの間にか現地の人々の暮らしを世界の最先端へと導いてしまったサービスたち(リープフロッグ現象)」に焦点を当てながら、私たちが今後新たなサービスを生み出していく場面において活かせるようなヒントを探ってみたいと思う。
リープフロッグ現象
途中を飛ばし、一気に最先端の暮らしへと連れていくサービスたち
新興国で普及しているサービスの中でも、ひときわ世界から注目を浴びる類のものがある。『リープフロッグ(Leapfrog)現象』と呼ばれる急速な広がりをみせたサービスだ。
リープフロッグ現象とは、既存の社会インフラが整備されていない環境で、先進国が歩んできた「技術発展における通常の段階的変化」を経ずに、新たなサービス等が一気に広まること。
カエルが一足飛びにジャンプするように、新興国の人々の暮らしが“途中の段階を跳び越えて”大幅なステップアップを遂げることから、こう名付けられた(カエル跳び:本来は馬跳びという説もある)。
ケニアを中心に成功を収めたモバイル送金サービス『M-PESA』や、ルワンダで開発が進むドローンでの血液・薬品輸送サービス『Zipline』等がこれまでリープフロッグ現象の成功例として紹介されてきており、雑誌等で記事や写真を目にしたことのある方もいるのでは。
「12年以上前からキャッシュレス化が浸透しているケニア」のM-PESA。
こういったキャッシュレスやドローンなどは日本でも近年、ようやく生活に浸透してきそうな兆しのあるトピックだ。
日本中のサービス事業者や研究者らが注力しながらもうまく普及しきれなかったようなサービスが、アジアやアフリカ等の新興国では10年以上前から既に実現していたり、あるいは近年もの凄い速度で「暮らしの革新的な変化」をもたらそうとしているのである。
リープフロッグの例:
サービス名 | 概要 | 主な地域 |
M-PESA | 2007年から始まった、携帯のショートメールを使った送金サービス。日用品の購入、実家への仕送りなどあらゆる送金シーンに対応しており、現在ケニアでは国のGDPの約半分の額の取引がM-PESAを介して行われているという。 | ケニア、 |
Zipline | 陸路の整備されていない地域で、ドローンを使って血液や薬品を医療施設へ直接輸送する、「命を救うドローン」サービス。陸路を利用した場合数時間かかるところを、ドローンを使うことで15分程度で届けることができる。提供2018年からサービス開始。 | ルワンダ、 |
指紋、顔、虹彩などの生体認証を用いた世界最大のマイナンバー制度。インドでは2010年に申請を開始。登録は任意であるものの、2020年現在ではインド国内の人口の90%以上、12億人以上が登録したと言われる。 | インド |
4つの「ない」が土台にあるリープフロッグ
ではこれらリープフロッグ現象はなぜ起こるのだろうか。
一般的に、この背景には「新興国特有の事情」として、大きく4つの環境要因があると言われている。簡単に紹介すると、概ね以下のようなことだろう。
- インフラが整っていない
医療や福祉、金融、教育をはじめ、生活のためのインフラが整っていない地域では、多くの人々にとっての共通のニーズが顕在化していることが多い。現状の暮らしをどうにかしたいという強い欲求や飢餓感は、新たなサービスを一気に普及させる原動力となりえる。
- 旧サービスと新サービスとの間に摩擦がない
新たなサービスが既存のサービスの代替となる場合、新たなサービスを普及させるためには、これまでのサービスを縮小させるコストが必要になる。新興国ではその普及を遮るものがないという点で、新たなサービスが爆発的に普及するのに適した環境であると言える。
- 新技術のための開発費用が必要ない
実は新興国発のイノベーションは、既に先進国で開発済みの使用可能な技術を上手に組み合わせているケースがほとんどだ。過剰な開発コストや時間を省くことで、新興国市場でも普及しやすい価格帯でのサービス提供を実現している。
- 実験や導入にあたってのペナルティがない
血液輸送ドローンサービスのZiplineの開発チームの発足はアメリカだったが、市場実験にあたっての政府からのサポートが受けやすいルワンダへ拠点を移したという経緯がある。新たなサービスを市場実験・導入するにあたっての法規制やサポート面で、アドバンテージを得られるというのも新興国の利点の1つだ。
確かに、こうした「4つのない」が環境として揃っていることは、新興国発で“途中の段階を飛び越えて”新たなサービスが普及するために有利に働く条件と言えそうだ。制約となりそうなものが軒並み無いのであれば、新たなサービスの開発・普及は随分やりやすいように思える。
しかし一方で、同じ状況にある人たちが皆、次々とリープフロッグ現象と言えるようなサービスを生み出してきたわけではない。
では、同じような状況において、次は自分が「リープフロッグ現象の仕掛け人」となるためには、どのような姿勢で臨むことが良いのだろうか。あるいは、我々がこれから世界各地で新しいサービスを開発・展開していく際に、活かすことのできる学びを何か得られないだろうか?
リープフロッグ現象の代表的な事例を見ながら、これから新たなサービスを生み出していく立場の人々にとってヒントとなりそうなポイントを3つあげてみたいと思う。
リープフロッグから学ぶ3つの心得
生活者のそもそもの願望をまず捕まえる
1つ目は、まずは生活者の「願望」を捕まえる、ということである。少し補足をするならば、顧客の眼前の欲求を超えた先の、顧客自身も明確には言い表せない「そもそもの願望」に真っ先にたどり着こうとする姿勢だ。
サービス開発においては初期の調査の段階でこの「願望」をある程度クリアにすることができると、自分たちの到達したいゴール(目的)がぶれないものとして定まるため、後からの「適切な手段」を選びやすい。
この「生活者のそもそもの願望」とは、M-PESAの例では「誰かに邪魔されることなく、相手へ確実にお金を送りたい」であり、Ziplineの場合は「必要な量の血液が、必要な時に手元に欲しい」であったと言えるだろう。
それぞれ、モバイル決済サービスや血液輸送のドローンという「目に見えるソリューション」に注目が行きがちではあるが、それらは願望を叶えるための利用可能な手段の1つにすぎないのだ。
しかし、ヘンリー・フォードの「もし私たちの顧客に何が欲しいかを尋ねたら、“今より早い馬が欲しい”と答えただろう」という言葉があるように、この「そもそもの願望」を、整然と述べてくれるような人を見つけるのは極めて難しい。
多くの生活者が想像しやすく発言しやすい欲求と、その先にある願望には乖離があることが多い。そのため、実際のリサーチの現場では、目の前で起こっていることや存在しているサービスから意識的に視線を外しながら、「そもそも何がこの人たちにとって幸せか」を探ることから始めることが良いだろう。
技術的スペックは、最新・最高である必要はない
2つめは、「必ずしも技術スペックが最新・最高でなくても良い」という姿勢でいられることだ。
もしZipLineの開発者が「ドローンの着地点を、狙いから誤差数センチ以内に収める」ことに執着したり、「血液を確実に渡すためにセキュリティ機能を強化させる」ことに時間を費やしてしまっていたら、おそらくサービスとして日をみるまでにはもっと長い年月を要していたことことだろう。
しかしもちろん、スペックが低ければ低い方が良いというわけではなく、生活者の願望を満たすための最低限のスペックは必要となる。それよりもここでの判断において何より重要なのは、ユーザーが感じているどのような価値を最も優先すべきか、ということである。
開発当初の限られた資金の中でサービスを実現へ近づけていくためには、技術的にも視覚的にも割り切らなければならない要素は多くなるはずだ。
しかしながら、Ziplineのように「届ける先では直接の手渡しでなくても、付近にパラシュートで落下させれば十分」であったり、「ドローンの滑走路を敷く代わりに大きなネットに引っ掛けさせれば安上がり」と言った発想ができると、「必要な量の血液を必要としてい人へスムーズに届ける」という価値を最短経路で実現するための道筋が見えてくるのだろう。
また、大概にして技術的スペックがある程度以上になると、多くのユーザーは仕様書の数値の差ほどに、実際は大きな価値の違いを感じていないと言われることが多い。
「かつてのiPodは、音質では他のメーカーに劣っていた」と言われながら、近年のイノベーションの成功事例として語り継がれているように、技術スペック勝負ではないところで「使い手にとっての価値」を提供できるのであれば、人々に喜んで選んでもらえるサービスの実現は十分に可能なのだ。
伝言しやすい状態まで、シンプルにすること
3つめは、サービスの価値を「シンプルにする」こと。2007年にケニアで始まったM-PESAは、1国での大成功を皮切りに、その後アフリカ各国に広がり、インドや東欧へも広まっていった。
Ziplineもまた、アメリカでは航空法の許可がおりなかったものの、ルワンダでの実証実験のインパクトをきっかけに、ガーナにも事業を拡大。今後はさらに多くの国や地域でのサービス展開を見据えているという。
本当に喜ばれるサービスは口コミ等を通じて伝達されていくものが、その際に自分たちのもとを離れても、ユーザー間で「自分たちにとっての価値」を伝達しやすいレベルのものにシンプルに、分かりやすくなっていることが重要だ。
伝言しやすい状態を意識する際には、言葉だけでなく、アイデアを「ユーザーがその価値を想像しやすいカタチ」で見せてあげることも重要だ。
モバイル決済サービスを体験する前に「モバイル決済が欲しい」と言える人はいないが、試作を見せてあげた途端に「これが欲しかった」あるいは「欲しいのはこれではない」という反応が引き出せる。
「これが自分たちの生活にあったらこんないいことが起こりそう」と、端的に伝えられる、そしてユーザー同士で意見交換が弾むようなサービスはその後の青写真が描きやすい。
まとめ
ここまで、新興国から生まれるイノベーション「リープフロッグ現象」の事例から、今後の新たなサービス開発に役立てられそうな「3つの心得」を掘り起こしてきた。
生活者のそもそもの願望にたどり着くこと、技術的なスペックだけでなくユーザーの感じる価値基準で確かめていくこと、そしてアイデアをカタチにしながら誰でも語れるレベルまでシンプルに研ぎ澄ませていくことは、私たちbtraxの大事にしている「デザイン思考」のマインドセットと親和性の高いものであり、これらはトレーニングによって習得が可能だと考えている。
デザインのマインドセットや考え方の習得、新規事業の開発やリープフロッグの代表例に挙げられるようなイノベーションの実現は、一朝一夕で叶えられるものではない。また、1人で悶々と考えているばかりでは乗り越えられない壁に直面することが多々ある。
そんな時は、一緒にアイデアを組み立てていけるチームや、自分とは異なる視点から意見を投げかけられる他者の存在、そして各メンバーが最大限のパフォーマンスを発揮できるようなファシリテーションの役割が重要だ。
私たちは様々なワークショップのメニューを用意しており、個々の目標に応じた最適な伴奏者のような立場で、みなさんをお手伝いできることがあると考えている。
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