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サンフランシスコのUXデザイナーが体験した日本から学ぶべきUXとは
筆者は普段btraxのサンフランシスコオフィスで働くUXデザイナーだ。これまでに日本を訪れたことはまだ1度しかないのだが、今年の6月、日本に出張するチャンスが巡ってきた。
Suicaへのチャージからフードトラックでお弁当を買うことに至るまで、日本ではあらゆる購買体験の設計がとても優れていることを感じた。
また、普段生活しているサンフランシスコでの自然で気にすることのないようなやりとりが、いかに自分が「当然物事はこうなるだろう」と期待するメンタルモデルにいかに引っ張られていたかもわかった。
日本での体験はサンフランシスコでよりもはるかにスムーズ
日本の人は明らかにサンフランシスコの人とは異なる独自のメンタルモデルを持っている。
滞在中に時々不便な思いをすることはあったが、地下鉄に乗ったりレストランで食事をしたりすることはサンフランシスコでの同じ体験よりもはるかにスムーズで気持ちのよいものだった。
このような感情の反応は「深い満足感(deep pleasure)」の一種だ。
これはAarron Walterが著書『Designing for Emotion』で初めて提唱した言葉である。彼によると、深い満足感は人の体験が機能性、信頼性、ユーザビリティの層から成るヒエラルキーをすべて網羅したあとに現れるものだという。
Walterの理論はビジュアルデザインについて語る際に用いられることが多い。しかしこの記事ではWalterの理論をフレームワークとして用いて、日本の電車やレストランが深い満足感を生み出す体験をいかに作り出しているかについて紹介したいと思う。
ユーザーフレンドリーな日本の電車
サンフランシスコで電車に乗る時に深い満足感を得ることはまず期待できないだろう。
BARTと呼ばれるサンフランシスコとベイエリアの街を繋ぐ電車に乗る際は、慢性的に発生する遅延やわかりづらい表示、清潔とは言い難い車内のおかげで常に緊張感のようなものを感じるものだ。
当然東京でも同様の不安を抱えて電車に乗った。
しかし、新宿のような不規則かつ広大な駅を除いて、驚くことに日本では電車に乗る経験を楽しめたのだ。よく整理され、時間に正確で、欠点のない公共交通システムは非常に安心できるものだった。
機能性からユーザビリティへ
日米のシステムがこんなにも違う理由はWalterの理論を見ればわかる。まずどちらも人をある場所から別の場所へと移動させるという機能を果たしている。
しかしBARTはユーザーニーズヒエラルキーにおける「機能性」の層にとどまっていて、頻繁に遅延することからも「信頼性」の層にまでは届いていない。
一方で、時間に正確な東京の電車が持つ信頼性はラッシュアワーの混雑をものともしない安心感を与えてくれる。
陣痛が始まっても日本の電車を選択したい素晴らしさ
もし筆者が妊娠していて陣痛が始まったとしたら、病院に行くのに東京の電車に頼りたいと思ったほどだ。このような信頼構築は、ユーザーにプロダクトをまた使いたいと思わせるのに非常に重要なものだ。
さらに、東京の電車には非常に整理された情報アーキテクチャを備えており、それはユーザビリティの層に到達していると言える。
例えばエスカレーターの上にある下の写真のような表示は当時の筆者のニーズをまるで予想していたかのようだった。ホームに入ってくる電車の音を聞いて闇雲に急いでいた際、下記画像のような表示が魔法のように現れたのだ。
日本の駅の表記は「段階的開示」がされている
この表示の両側にある駅名は各ホームに入ってくる電車の行先を表している。このおかげで、急がなくいいのか、それとも今来ている電車に乗ればいいのかをすぐに判断することができた。
これは「段階的開示(progressive disclosure)」と呼ばれるもので、ユーザーが適切なタイミングで行動を決定するのに必要な、ちょうどいい量の情報をプロダクトが提供している状態を指す。
ユーザーの1人として、この行動経済学で言うところの「ナッジ」には非常に助けられたと同時に、選択を迫られてどうしていいかわからなくなるということもなかった。
羽田空港に向かう電車でもよく考えられたユーザビリティを目にした。
ホーム上に示された目印は行先によって異なる電車のドア位置に合わせてあり、正しい電車に乗るにはどこに立っていればよいのかを理解することができた。
このような丁寧な案内があることで、飛行機に乗るのに急がなければならなかったときに非常に安心だった。
電車で体験した深い満足感
日本の電車に乗るという体験が深い満足感を得られるまでになったのには、ユーザビリティまでの土台の上に意外だったり面白かったりする体験が加わったからだ。
週末に鎌倉を訪れた際、当初は限られた時間でどの神社やお寺を訪れるべきかわからず少し戸惑っていた。しかしすぐに駅出口近くにあるスクリーンに気が付いた。タッチして情報を表示させることができるインタラクティブなものだ。
そのスクリーンには地図が表示され、それによって各神社仏閣の特徴と場所を確認することができた。このようにテクノロジーを歴史を知るためのものに使うという意外な使い方は非常に印象深いものだった。
また、日本の夏は非常に湿度が高いのだが、下の写真にあるような駅の自動販売機で冷たいものを買って飲みながら電車を待つのも何とも面白かった。
これらのちょっとした工夫が機能性~ユーザビリティの土台に加わることで、日本の電車に乗る体験から深い満足感を得られたのだ。
特筆すべきサービスレベルを備えた日本のレストラン
サンフランシスコのレストランでのサービスレベルは本当にピンキリだ。
高級レストランでは深い満足感を得られる体験を期待できる一方、セルフサービス式のレストランでは提供できるのが機能性、信頼性、ユーザビリティの層に限られていることが多い。
しかし東京では嫌な体験をすることが本当になかった。たとえそれが小さい店だったとしてもだ。サービスに対してチップを払うアメリカから来た身としては、カジュアルなレストランでのサービスクオリティの高さに驚いた。
機能性~ユーザビリティの土台
レストランのサービスがスピーディかつ丁寧である理由は色々ある。例えばカジュアルなレストランはお店の外に食券販売機が置かれ、席が空くのを待つ間に注文を済ませることができる。
実は最初はこの券売機に少し戸惑った。並び立つボタンと日本語の文字に少し圧倒されたからだ。
しかしそれでもなお、この機械を使うことで並んでいる間に早く注文を済ませられるという確信を持てた。そういう感情を持ったことは、まさに信頼性を求めるニーズが満たされた体験だった。
ほかにも日本のレストランは非常に整然としていてわかりやすく、ユーザビリティのレベルに到達していた。
例えば座席横に置いてあるかごだ。持ち物は必ずそのかごにいれなければならないものなのだと思わされたときがあった。
あるとき、大きなカメラバッグを自分の隣の席に置いていたら、店員からかごにいれるように丁寧な態度で促されたのだ。個人の荷物をそうして整理して収納することは狭く混みあった空間で食事に集中するのに確かにいい方法だと感じた。
電車同様、日本ではレストランにおいても、食事をするという体験をよりスムーズにするために段階的開示が取り入れられているところも見られた。
たとえば京都のレストランでは、うどんを注文した後に食べ方について書かれた紙を渡されたのだが、そのタイミングはパーフェクトで、制限を与えられた印象ではなく親切で役に立つものだと感じた。
決して指図された気分にはならず、自分が食事に対して主導権を持ち、それをアシストしてもらったという風に感じたのだ。
ユーザビリティの先にあるもの
日本のレストランで感じた秩序や整然とした様子はまさにユーザニーズヒエラルキーのユーザビリティまでを満たすものだった。
それがさらに感動的とさえ言える「深い満足感」を得られる体験になったのは、そこにサプライズや新鮮さといった要素による表面的な満足感が加わったからだ。
ホテルの近くにあった蕎麦屋では、ピーナッツが箸置きとして利用されていて、そのお店の雰囲気を作るのに一役買っていた。
また食事の最後には店員さんが折り鶴をプレゼントしてくれた。
これらの工夫や温かいサプライズはまさに表面的な満足感のためのものだが、それらが機能性、信頼性、ユーザビリティの土台の上に乗ったことで、結果的にこの食事がとてもよく記憶に残ることになった。
つまり表面的な満足感が加わることで深い満足感を得られる体験になったのである。
見失われたユーザビリティ
ここまで日本での素晴らしい体験を書いてきたが、すべてがスムーズだったわけではない。情報過多で筆者の感覚を破壊しかけた場面もあった。
日本での段階的開示と思しき取り組みの中には筆者のアメリカ的メンタルマップとは相容れないものがあった。
たとえば上の写真の店では、機能的な表示やもので溢れてはいたのだが、とにかくtoo muchで通り抜けることが不可能に思えたほどだ。
駅の構内や外にある地図ですら情報が詰め込まれ過ぎていて使いづらいと感じた。
お店のなかでも行動に関するルールやエチケットはそこら中に表示されていたが、時々管理されているような気分になることもあった。
そもそも優れたユーザーエクスペリエンスはどう生まれるのか?
満足感には「表面的な満足感(surface pleasure)」 と 「深い満足感(deep pleasure)」の2種類が存在する。
表面的な満足感とは、機能性~ユーザビリティまでの土台を持たずに得られる満足感のことを指す。
例えるならデザートのようなもので、栄養等の土台となるものがあまりないけれどもただ「おいしい」ということから得られる満足感だ。
他にもウィットに富んだコピーやデジタルプロダクトで使われるかわいいアニメーションなどが該当するだろう。
機能性や信頼性などのユーザーニーズの基礎なしに表面的な満足感をもたらす要素だけを提供するプロダクトは、ユーザーがよりよい体験を見つけると同時に忘れられるというリスクを孕んでいる。
一方で深い満足感というのは、より満たされた価値の高い体験で得られるものだ。これを得るためには、プロダクトには機能的な目的を明確にし、安定的に動き、直観的に仕事をすることが求められる。
このようにユーザーニーズのすべての段階を満たすプロダクトは、ユーザーを没頭させる「フロー状態」にさせることができるのだ。
日本のUXから学んだこと
日本での経験は、印象に残る体験について新たな視点をもたらしてくれた。
それまで筆者は素晴らしい体験とはそのスムーズさゆえに定義しづらいもののように感じていた。
しかし、日本の電車やレストランは整然とした情報アーキテクチャを備え段階的開示を上手く使っており、素晴らしい体験を考えるうえで非常に学ぶところが大きかった。
またそのように機能性や信頼性に対するニーズがきちんと満たされたことで、表面的な満足感の良さがわかりそれが記憶に残るようにもなった。
ユーザーニーズの各層は満足の瞬間を生み出すために存在している。デザイナーは気に入ったデザインの一部だけをコピぺして新しいビジュアルを作ることがあるが、同じことをプロダクトにおいて行うのは難しい。
成功例を真似るのは重要なことではあるが、広い視点でソリューションを考え、満足を生み出すのに必要な要素を必ず備えているべきなのである。
※本記事の原文(英語)はこちらよりお読み頂けます。
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