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デジタルウェルビーイング時代の “使わせない” デザインとは?
デジタルテクノロジーの進化に合わせて、こちらシリコンバレーの企業の勢いがより加速しているように感じる。大型M&AやIPOのニュースが毎日のように流れ、時価総額や評価額の最高記録更新も続いている。
その大きなファクターの1つとなっているのが、ユーザー数とそこから獲得しているユーザーデータ、そして優れたユーザー体験だろう。(参考: これからの企業に不可欠な三種の神器とは)
ユーザーの時間をお金に変換してる現代の企業
TikTokやInstagramに代表されるようインターネットテクノロジーを活用したサービスは、優れたユーザー体験で多くユーザーの心を虜にする。そして、よりユーザーがそのサービスに時間を費やす事で、売り上げや企業価値の向上を達成している。
プロダクトのKPIとして利用されるのは、ユーザー数、アクティブ率、利用時間、エンゲージメント、ページビューの数字。アプリやサービスがどれだけ魅力的なのかを測るための指数として、業界では一般的に利用されている。そして、盲目的にそれらの数字をより大きくする事が「正しい」とされてきた。
そして、マーケターやUXデザイナーなどが中心となり、ユーザーの注意を引き込み、夢中にさせる仕組みを日々デザインしている。その理論の1つが下記の”The Hook Model”である。
果たしてそれで良いの?
これは、先日の日本出張の際に、後輩であるGoodpatchの土屋くんと一緒に彼らのVoicy出演時のトピックの1つ「最近のシリコンバレーのトレンド」にも関連する話題。
前回出演した際は「こんなサービスが面白いよ、あんなプロダクトが注目を集めているよ」的な話をしていたが、今回は「一巡して見直しフェーズに入っている」という話をした。
ここ数年で、売り上げや時価総額といった数字がどんどん上がるにつれ、テクノロジー系企業の成熟が進んだ。ユニコーン企業もどんどんIPOを達成している。
そして、ふと振り返った時「果たしてユーザーの人生にポジティブな影響を与えているのか?」という疑問が湧き上がってきてる。最近のシリコンバレー界隈では、自分たちのお金儲けのために、ユーザーの人生を台無しにしてしまっていないか? という意見もある。
自身の子供にiPadを使わせなかったスティーブ・ジョブズ
iPhoneを生み出したAppleのスティーブ・ジョブスは、その後2010年に受けたiPadに関する「素晴らしいデバイスですね。ご自身のお子さんもさぞ喜んでいるでしょう」との質問に対し「いや、うちの子はまだ触ったことがないんだよ。我が家では、子供のデジタルデバイスの利用を制限してるからね」と答えている。*NY Times
発明を後悔したiPhoneの開発担当者
AppleでiPodとiPhoneの最高責任者だったTony Fadellは、自身の3人の子供が、スマホを覗き込み夢中になっている姿を見るたびに「私はとんでもないものをこの世に生み出してしまったのかもしれない」という罪悪感に苛まれることがあるという。
子供からiPhoneを取り上げると、まるで大切な人から引き離されたような感情を抱くほどに依存性が高まっているのを感じている。元々iPhoneが家族よりも個人に強いフォーカスを当ててデザインされたことが原因だと彼は語る。
当時は独身で、開発に没頭していた彼は、家族を持って初めて、その「発明」の恐ろしさに気づいた。
彼によると、スマホは社会に大きな価値を提供していると同時に、多くのユーザーを中毒にさせ、誤った情報の伝達を加速させているのかもしれないとも感じ、真夜中に汗だくで目覚めることもあるという。
そう、iPhoneは最初から利用者の心を強く掴み、そして依存性を高めるように「デザイン」がされている。それゆえにユーザーにとっては手放せない存在となり、Appleを世界一の企業に成長させた。
その一方で、手のひらの中にひっきりなしに表示される「情報の洪水」は時に大きなノイズとなり、本当に重要な事柄とそうでないものの区別をつけにくくさせているのではないかというのだ。*Fast Company-sponsored talk
アメリカでの離婚理由の1/3がFacebook
アメリカでは、デジタルデバイスやSNSの”実害”がすでに出てきている。例えば、Facebookは夫婦の離婚のきっかけの実に三分の一に起因しているという統計がある。*divorce-online.co.uk調べ
また、オンラインゲームを中断できず、食べることを忘れて餓死したケースや、YouTubeの運営に不満を感じて本社に銃撃に入ったケースまである。
Netflixの競合はYouTube、Facebook、そして睡眠!
映画やオリジナルコンテンツのオンライン配信で日本でも人気が高まってきているNetflix。同社CEOによると、彼らのライバルは、YouTube, Facebook, そして「睡眠」だという。そう、睡眠。
1日24時間しかない中で、ユーザーにより多くの時間を費やしてもらうために、他のサービスに費やす時間に加えて、ユーザーの睡眠時間すらも競合対象になるというのだ。
パーソナルな時間がどんどん失われている
実際の統計を見てみても、ここ10年ほどでユーザーがスクリーンを見ることに費やす時間がどんどん増えている。例えば、ユーザー1人につき、平均で1日スマホの画面を150回見ているという。
その一方で、趣味や余暇などの”パーソナル”な時間が犠牲になっている。
本来このパーソナル時間は、それぞれの人が自分らしく生きるために費やす時間であり、これがデバイスに占有されると、人生のそのほとんどがスクリーンを見ることで終わってしまうのではないか、という危惧もある。
依存者が後をたたないプロダクトたち
それもそのはずで、現代の多くのプロダクトは、ユーザーが夢中になるように「デザイン」されている。制作者たちは、冒頭のThe Hook Modelや、以前「デザインの力で人々の行動を変える – ビヘイビアデザインの裏側」でも紹介した「ビヘイビアデザイン」の理論などを駆使し、よりユーザーに「愛される」プロダクト作りをしている。
実際、スタンフォード大学では心理学のロジックを元に、ユーザーを虜にする方法を教えるクラスがあるほどである。
一説には、エンゲージメント性の高いプロダクトは、人間の脳の特性を上手に刺激し、高い中毒性を実現しているという。具体的には、ランダム性や自己承認欲求をくすぐることで、脳内にドーパミンと呼ばれる「快感成分」を分泌させる。
これは、酒、タバコ、ギャンブルに相当するレベルであり、スロットマシーンと同じ心理効果を生み出す。スマホでSNSを見るたびにまるで麻薬のような快感を脳が感じる事ができるというのだ。
問題なのは、この高い中毒性のプロダクト利用には年齢制限がなく、子供でも利用する事が可能であるという点。ミレニアル世代以下のデジタルネイティブは、生まれつきデジタル中毒の危険性があるという。
見逃してしまう恐怖心 (FOMO) がアクティブ率を高める
スマホやSNSをひっきりなしに見たくなってしまうもう一つの理由が、俗にFOMOと呼ばれる感覚である。これは英語の”Fear of Missing Out”の頭文字を取った表現で、見逃してしまうことに対する恐怖心。
常時ひっきりなしに情報がアップデートされる、それもいつ新しい情報がアップされるかわからない状態では、少しでもデバイスに触れていいないとイライラし始め、かなりの頻度で画面をリフレッシュしたくなる衝動にかられる。
この強迫観念がユーザーの依存率を高めると同時に、利用していない状態での不安感を煽ることとなり、結果として少しでもタイミングを外して見逃してしまうリスク、そしてそうなった時の孤独感が人々をデバイス中毒にさせる。
このFOMOは、アメリカ国民の86%が常にメールとSNSをチェックしている理由の1つにもなっていると考えられている。
キーワードは「デジタルウェルビーイング」
このように、ユーザーの時間を占有することに対する懸念が、デザイナーコミュニティーを中心にアメリカでは密かなムーブメントとなっている。特にUXデザイナーの間では、エシカル (倫理的な) デザインの概念が議論され、すでにプロダクトに採用しているケースもある。
そしてすでにAppleやGoogleを中心に、ユーザーのより良い人生 (ウェルビーイング) のための機能が軒並みリリースされている。
Apple: Screen Time、Downtime、App Limits
AppleはiOS 12より、ユーザーにより”使わせない”機能の実装を行なった。Screen Timeでは、ユーザーのデバイス利用時間とどのアプリにどれだけの時間を費やしているかの詳細を表示。
また、Downtimeを設定することで、ユーザーはアプリからの通知を表示しない時間帯を設定できるようになっている。App Limits設定ではアプリの種類ごとに利用時間に制限をかけることも可能になった。
Google: Focus Mode
Googleもデジタルウェルビーイングの実現のために、Android Qにて、”Focus mode”を実装した。この機能では、メールやSNSなどの”気が散る”アプリを一時的にダウンさせる事ができる。
ユーザーの時間を他のことに費やして欲しいという思いが込められているという。
Slack: あえて既読表示をしない
ビジネスチャットとして世界的にスタンダードになり始めているSlackであるが、チャットツールとしては一般的な既読ステータスが存在しない。
Slackの開発チームにその辺を聞いてみたところ、理由は「ユーザーに無駄なストレスを与えたくない」からだという。既読が表示されてしまうと、相手が期待してしまうし、受け取った側も早く返信しなければというプレッシャーを感じ、両者のストレスに繋がるのが原因と説明する。
Instagram: You Are all Caught Up
ユーザーを虜にしているアプリの代表格ともいえるインスタグラムも、より使わせないためのデザインが施されている。無限にスクロールしてしまいがちな画面内に「ここまではすでに見ましたよ」というメッセージを表示することで、ユーザーが永遠インスタを使い続けてしまう状況を打破しようとしている。
YouTube: Time Watched
デジタルウェルビーイングの先駆けとなったのが、YouTubeが2018年にリリースしたTime Watched機能である。ユーザーがどれだけYouTubeを利用している時間が表示されるようになった。
UXデザインはユーザーの人生を左右する
このように、すでにテクノロジー大手は、ユーザーがよりよい時間の使い方ができるような機能とデザインを実装し始めている。その中心になってくるのが、我々デザイナーであり、特にUXデザイナーの仕事になるだろう。
これまではユーザー数を増やし、エンゲージメントを高め、アクティブ率を稼ぐ事が目標と言う暗黙の了解があったが、今後はユーザーにより良い人生を送ってもらうためのデザインを ”あえて” 考えて行く必要がある。
企業としても、短期的に考えるとデジタルウェルビーイングの追求は売り上げや利益と相反する可能性がある。しかし、長期的な視点で考えれば、ユーザーだけではなく、世の中のためにとても重要な概念である事が理解できると信じてる。
これからのUXはユーザーが利用する時間だけではなく、利用していない時間と心の状態をデザインする仕事になるだろう
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■参加方法
- オンライン参加(こちらよりご登録いただけます。)
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