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「シンプルなデザイン」の難しさ
日々デザイナーとしての仕事をする上で、クライアントから「シンプルな感じで良いので、とりあえず簡単に作って下さい」と言われることがある。難しい機能はあまり無くても良いから、シンプルなものを “さくっと” 作ってもらいたい、という要望。
このセリフを聞くたびに、実はめまいにも似た感覚を覚える。
恐らくデザインに対するコストを下げたいとの思いから ”シンプルで良いので” と言っているのだと思うが、実はシンプルなものの方が複雑なものよりもデザインするのが数倍も難しい。
それを知らずに、シンプル=楽につくれる=コストが低い、と思っている人々が後を絶たない。大きな間違いである。
シンプルなデザインや、ミニマリズムと呼ばれる極限まで無駄を削ぎ落としたデザイン技法は、最高レベルのデザイン技術を要する。
シンプル = 最高峰の問題解決
あっさりして見えるものがあっさりと作られたかというと大間違いであり、最終的なアプトプットに辿り着くには、かなりの労力が必要とされる。
なぜならば、求められた目的を最大限に達成する為に、最も正しい方法論をみつける為に幾分の妥協も許さずに物事の本質を捉え、整理され尽くした最高峰の方法論が最終的にシンプルなデザインになるからである。
そこには少しの雑音もなく、同時に全くごまかしのきかない世界がある。多くの言葉を使って物事を表現する事は比較的容易であるが、一言で同じ想いを伝える事の方が難しいのと似ている。
シンプルなデザインの威力
それと同時に、シンプルなデザインの持つ威力は計り知れない。問題解決策としても最高峰のシンプルなデザインは、分かりやすく、使いやすく、壊れにくい強さを持っている。シンプルなデザインは、具体的には下記のようなメリットを生み出してくれる。
- コミュニケーション性の向上
- 時間とお金の節約につながる
- 普遍的な存在を生み出す
- 壊れにくい
- ヒット製品を生み出しやすい
メッセージも、コンセプトもシンプルな方が伝わりやすいし、操作画面のUIや、ユーザーが利用したときの利用体験 (UX) もシンプルな方がより多くの人々に愛される。しかしそれに辿り着くには多くの時間と、高いレベルのデザイン力が要求される。
足すよりも削る方が難しい
そしてとても重要なのが、シンプルに見えるものの造りがシンプルかというと、決してそんな事はないということ。実はその逆で、ものすごく複雑な存在のものを、整理してつじつま合わせをし、全ての細部まで気を配って創り出されたものが最終的にはその洗練されたすがた形からすごくシンプルに見える。
その証拠に、細かいところまでよく見てみると、決してシンプルではない事が多い。それでも、全体的にはとてもクリーンに見えるのは、デザイナーが一流の仕事を行った証明でもある。
シンプルなアウトプットはデザイナーの執念
考えて、考え抜いて一本の線を引く。むやみにたくさんの線を引くより、よっぽど難しい。それは、デザインした人の執念が実を結んでるから。
そして、一つのデザインが選ばれた裏には何千ものアイディアが必要とされる事はザラである。したがって、その絵を描くのに例え15分しかかかってなかったとしても、その絵の後ろには何年もの格闘が存在する。
あっさり見えるそのデザインの裏には、デザイナーによる文字通り身を削る努力が存在する。
シンプルなデザインは決してさくっとは作れない
特に現在のプロダクトは様々な要素が複雑にからみあって、放っておけばすぐにデザインも複雑になりかねない。そこをデザイナーが各方面と調整し、最も適切でシンプルなアウトプットを作成するのは至難の技。
実は、シンプルなものを作るにのは、複雑なものを作るよりもそのプロセスが何倍も複雑である。言い換えると、シンプルなデザインはシンプルにさくっと作れると思ったら大間違いであり、これはデザイナー自身もきっちりと理解をし、クライアントにしっかりと説明しておく義務がある。
現代日本から失われつつある削ぎ落としの文化
かつての日本文化は、「切り捨て」が美であった。作ろうとしている者からどんどん要素を削ぎ取っていき、「これを取ったらもう成立しないかも」というギリギリのところまでそいだものを良しとする文化。
しかし、ここ30年ぐらいで作られたプロダクトは、「これも足して、あれも足して」という感じで,機能や仕様を足しまくる事に意識が向きすぎて、本来の日本文化とは反対の方向に進んでいる気がする。
「禅」の精神に代表されるような、日本人が得意としてきた「切り捨ての文化」がなくなり、プロダクトが多機能化しすぎている。
以前の日本製品の一番良かった部分は、「マニュアルを読まなくても使える」と言う所だったが、いつのまにか日本製品は世界で一番使いづらいものになり、ユーザーから敬遠されるものも少なくは無い。
多機能で勝負する時代はおわり、これからは使い易さや、利用者の心に訴えかけるユーザーエクスペリエンスを提供する必要があるのに対して、多くの日本製品は未だに機能重視である事は否めない。
グローバル市場において、これからの日本製品は、シンプルにする勇気を取り戻さないと、ますますその存在価値が危うくなってしまう。
迷ったら付けない勇気を
プロダクトを作成するプロセスの中で、機能や仕様に迷ってしまう事は少なく無い。
そんな時は、敢えて切り捨ててみる勇気が必要である。企業や組織でものづくりをしていると、その他のチームメンバーの手前やビジネス的な戦略から、“とりあえず” 付けておこう、という判断が下される事も少なくは無いが。
付けたら良いかがはっきりしていないので、とりあえず付けてしまうのは、デザイナーとしての迷いと、自分の仕事に対する不安の現れである。実はそう感じた瞬間からそのプロダクトにはノイズが入り、既に最高峰のアウトプトは期待出来ない。
Simple Always Wins
様々な物事や事柄が複雑化する現代において、既存の商品やプロダクトをよりも良い製品を顧客に届けたいと思うのであれば、機能面で勝負するよりも、よりシンプルに作り込むことにフォーカスをした方が勝算が高いと思われる。
Apple製品のその多くが後発でありながらも、マーケットを凌駕が出来ているゆえんでもある。あらゆるプロダクトが出尽くされた現代において、真のイノベーションを生み出すヒントは実はこんなところにも潜んでいる気がする。
– 大が小を制する保証は無いが、複雑なものは必ずいつかシンプルものに取って代わられる
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