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デザイン思考を実践する米国企業事例3選
経済産業省は『デザイン経営宣言』を発表した。同省は「デザインを企業価値向上のための重要な経営資源として活⽤する経営」としてデザイン経営を定義し、より多くの日本企業がこれを取り入れるよう促している。
このように、ビジネスにおいてデザインを活用することは、日本政府にとっても喫緊の課題となっているのだ。なお、ここで言うデザインとは従来のイメージであるグラフィックデザインなどビジュアル上の表現のことではなく、UXやデザイン思考など広義な意味でのデザインを指し、近年これを自社の経営に取り入れる企業が増えてきている。
今回は大企業にとってデザイン思考がどのような意味を持つのか、そしてどのように活用すればプラスの影響をもたらすことができるのかについて具体的なイメージを持って頂くべく、自社ビジネスにデザイン思考を上手く取り入れ、継続的な成長に繋げてきた米国の各業界トッププレーヤー3社の事例を紹介したい。
1. P&G – ブラウン
技術中心からユーザー中心に
世界ナンバーワンの消費財メーカーとして、グローバルに事業を展開するP&G。その主力ブランドの一つで電動歯ブラシのラインを展開するブラウンは、急速にデジタル化が進む時代の中で生き残るにはIoTが不可欠だと考え、その技術を取り入れた電動歯ブラシの開発を行うことにした。
彼らが当初思い描いていたのは「歯ブラシ版アクティビティートラッカー」、すなわちどれくらい上手に歯を磨けているかを感知して改善方法を指摘し、歯肉の敏感性を計測、さらには音楽を流してくれるような、今ある技術でできることをひたすらに詰め込んだ「技術中心のプロダクト」だった。
しかし、ブラウンの開発チームが無印良品をはじめとする大手企業とのプロジェクトを手がけるロンドンのインダストリアルデザインファームであるIndustrial Facilityに対してこの構想を持ちかけると、彼らは顧客の持つ真のフラストレーションを解決するための手段として最低限のテクノロジーを利用するよう、チームを説得した。
彼らはユーザーに対して歯磨きのアドバイスを与えるよりも、心配事を無くしてあげることが重要であると考え、様々なリサーチを通じて本当にユーザーが抱えている不満が「専用の充電器でしか充電できないこと」「換えのブラシを注文するのを忘れてしまうこと」であることを突き止めた。
結果としては「USBで充電可能」「本体のボタンを押すと、Bluetoothで本体と繋がるアプリ上で交換用ブラシのオーダーが自動的にリマインドされる」という2つの機能が組み込まれ、先に挙げたユーザーの2つの大きな不満が徹底的かつシンプルに解決されることとなった。こうして、ユーザーのニーズに寄り添ったIoT電動歯ブラシが誕生したのである。
2. バンク・オブ・アメリカ – Keep the Change Program
大量の定量データではなく、一つの定性データが鍵に
全米50州、世界35カ国以上で事業を展開し、米国を代表する金融機関であるバンク・オブ・アメリカ。彼らが新規口座開設を増やすための斬新なアイデアを求め、声をかけたのはデザインコンサルティング会社であるIDEO。
バンク・オブ・アメリカは、IDEOの人間中心的で人類学的なアプローチによって、変化の乏しい金融業界にイノベーションを起こそうと考えたのだ。ここから生まれたのが、「Keep the Chage (お釣りはとっておいて) Program」である。
全米の様々な地域における多様な世帯、個人へのインタビューを通してまず見えてきたのは、「家族のお財布を握るのは多くの場合母親たちである」ということ。そしてオンライン銀行やモバイルサービスなど存在しない2000年代、彼女たちは手書きで家計簿をつけていた。
さらにリサーチを進めると、彼女たちが家計簿をつける際に端数を切り上げていることを発見。端数を切り上げることで計算も楽になる上、支出のバッファーとしても機能するため、複数の母親たちがこのような切り上げを行っていたのである。
このインサイトが鍵となり、バンク・オブ・アメリカの口座をデビットカードに紐付けると支払額の引き落としが端数を切り上げて行われ、その差額分が自動的に貯金されていくサービス、「Keep the Change Program」が生まれた。このプログラムは大成功し、2005年9月にローンチされてから1230万人のユーザーを獲得、預入額は$20億も増加し、バンク・オブ・アメリカの新規顧客の60%がこのプログラムに登録するという結果に。
一般的なリサーチでは定量データが重視されることが多いが、このケースでは、ターゲットを絞って行った定性インタビューがイノベーションのためのブレークスルーとなったのである。
3. GEヘルスケア- MRI
「製品」ではなく「体験」に目を向ける
インダストリアルデザイナーとしてGEヘルスケアに約20年以上勤めるDoug Dietzはある日、MRIの検査へ向かうために廊下を歩く少女とその家族を目にする。少女は泣いていて、父親は彼女に向かって「頑張れるって話したよね。強くなりなさい。」と話しかけている。この様子を見たDougは初めて、自分が作っているMRIがユーザーにどんな影響を与えているのかを目の当たりにしたのだ。
MR室は全体的にベージュ色で、注意を表す「!」マークが暗闇の中でチカチカと光り、終始恐ろしげな音を立てている。改めてMR室を見回した彼は、自分で作ったMRIを穴の空いたレンガみたいだと思った。子供にとってはこのMR室がいかに恐ろしいものなのかを知った彼は、この体験を通して子供のためにデザインされたMRIの開発を始ようと決意した。
彼はまず行ったのはユーザーの「不安カーブ」の調査だ。不安カーブとは、ユーザーが不安に感じ始める瞬間を指す。今回のケースだと、患者やその家族の不安は検査が決まった瞬間に発生し、実際に病院で検査機械を目にするまでその不安が高まり続けることがわかった。
この不安を解消するためのアイデアはいたってシンプルで、MRI体験を検査ではなくアドベンチャーのような環境に変えてしまうというもの。
この新しい体験は「アドベンチャーシリーズ」と呼ばれ、アイデアをテストするためにピッツバーグ大学病院に設置されたパイロット版MR室には、アロマセラピー、子供達が好むような飾り付け、海の中の泡を表現するためのディスコボールなどが設置され、子供たちが視覚的に体感することのできる様々なアドベンチャーシナリオが用意された。
またそのシナリオの中には検査を正しく行うためのトリックが仕掛けてあり、あるシナリオでは子供たちがカヌーに乗っている設定で、「カヌーが揺れないようにじっとしていよう。」という指示が出される。
そしてじっとしていると、目の前には魚たちがジャンプしていく光景が現れ、気がつくとあっという間に検査を安全に終えられる、という仕組みだ。他には難破船や砂の城、潜水艦、さらには星空の下での寝袋キャンプまで、実に様々なシナリオが用意されている。
このアイデアは子供達だけではなくその親たちにも大好評で、結果として、怖がる子供達をじっとさせるのにかかっていた時間の分だけ検査時間が短縮し、より多くの患者が素早く検査を受けることができるようになった。
それまで単なる検査をするための機械として捉えられていたMRIを、「ユーザー体験」をもたらす装置としてリフレーミングしたことで、このようなイノベーションが生まれたのだ。
企業が行うべきはユーザー視点での”デザイン活用”
以上3つの事例に共通するのは、デザインの力によってそれまで製品にばかり向いていた目をそのエンドユーザーへと向けることができ、結果思いもかけないブレークスルーに至った、ということである。
このようにデザイン思考は、知らず知らずのうちに凝り固まってしまった思考から一歩引いて、効率性を一旦度外視した新たな目線や真のユーザー視点を導き出してくれる。
時代の変化と共に企業があるべき姿や解決すべき問題を見直すきっかけにもなるので、企業の規模や業界に関わらず、まずはユーザー視点でのデザイン活用を考えてみてほしい。
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