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AI時代のブランディング戦略:不完璧な人間らしさが武器になる
ChatGPTやMidjourneyといった生成AIの普及により、完璧に整ったコンテンツが世の中に溢れている。
論理的で、美しく、一切の破綻がない。まるで機械が計算し尽くしたかのような精密さだ。
しかし、そんな「完璧すぎる」AIコンテンツに囲まれながら、私たちが心から惹かれるのは、むしろ「人間らしい不完璧さ」なのではないだろうか。
SNSでバズるのは完璧に作り込まれた投稿ではなく、どこか抜けていたり、失敗をさらけ出したりする投稿だ。
私たちは完璧なものよりも、ちょっとした隙や失敗に親近感を覚える。この現象は偶然ではなく、人間の心理に深く根ざした普遍的な傾向である。
そして、AI時代だからこそ、この「人間らしい不完璧さ」がブランディングにおける最強の差別化要因になろうとしている。
2019年、TeslaのCybertruck発表会で起きた「事件」を覚えているだろうか。「絶対に割れない」と豪語したアーマーガラスが、デモンストレーションで見事に割れてしまった。
普通なら企業にとって最悪の失敗だが、Teslaは失敗を隠すどころか、割れたガラスのデザインをTシャツにして45ドルで販売。結果、1週間で25万台の予約を獲得した。
ブランド戦略の専門家Chris Doは、こう言う。
“Perfection is out. Authenticity is in(完璧さは終わった。本物らしさの時代だ)”
なぜ人は完璧より不完璧を好むのか?
この現象には、科学的な裏付けがある。1966年、心理学者Elliot Aronsonが興味深い実験を行った。
被験者にクイズで92%正解した参加者の映像を2パターンで視聴させる。パターン1は完璧な成績のまま、パターン2は同じ成績だが途中でコーヒーをこぼすシーンも含む。
結果は明確だった。パターン2の方が圧倒的に好まれたのである。

この現象は「Pratfall Effect(プラットフォール効果)」と呼ばれ、完璧すぎると近寄りがたいが、小さな欠点があると親しみやすく感じるという人間の心理を表している。
実験では、能力の高い人が小さな失敗をすることで、かえって魅力が増すことが証明された。この心理傾向は、様々な実験で確認されている。
まん丸のクッキーvs欠けたクッキー
Richard Shottonが書いた本 The Choice Factory: 25 behavioural biases that influence what we buy でも一つの研究結果が紹介されている。
完璧に丸いクッキーと少し欠けたクッキーを被験者に見せて選択させた結果、66%が少し欠けたクッキーを選択した。
理由は、手作り感や本物らしさを感じたからだ。工場で作られた完璧な形より、人の手で作られた証拠である「欠け」に価値を見出したのである。

レビュー評価の★4.4の壁
Northwestern Universityの研究では、口コミレビューにおいて★4.2〜4.5が購買意欲のピークで、4.5を超えると逆に疑われることが判明した。
消費者心理は、完璧すぎるレビューはサクラっぽいと感じるのだ。
★5つの完璧な評価よりも、★4つ程度で「良い商品だが、ここが少し気になる」といった正直なレビューの方が信頼されやすい。
人間の脳は「完璧」を不自然・作り物だと認識しがちである。「ほどよい不完璧さ」に安心感と親近感を覚えるようにできているのである。
AI全盛時代に「人間らしさ」が最後の砦になる理由
1. 完璧なAIコンテンツに感じる致命的な物足りなさ
生成AIは情報処理やパターン学習は得意だが、体験から生まれる感情、失敗から学んだ教訓などのストーリーが決定的に欠けている。
ロジックや情報はあるが、ストーリーや人間性の部分はAIでは再現できない領域だ。
過去に弊社が運営するポッドキャスト「San Francisco Design Talk」にて、Goodpatchの土屋さんは、『AIは「What」は作れるが「Why」は語れない。
人間だけが持つもの:失敗談、挫折、成長の物語、個人的な動機こそが、ブランドの核心的な価値になる』と指摘している。
AIが生成するコンテンツは確かに美しく、論理的で完璧だ。しかし、そこには血の通った体験談がない。失敗して学んだ教訓もない。
人間特有の「なぜそうなったのか」という背景ストーリーが欠落している。
2. 加速するデジタル疲れとアナログ回帰現象
興味深いことに、デジタル化が進むほど物理的質感への需要が増している。手書きのノート、重いペン、紙の本などへの回帰現象が各所で報告されている。
デジタル疲れ、本物への渇望、五感で感じられるものを人々は求めている。
完璧でミスもCtrl+Zで戻せるデジタルよりも、不完璧で人間的なあたたかさが価値を持つようになった。
これは単なるノスタルジーではない。人間が本能的に「不完全なもの」に安心感を覚える証拠でもある。

3. 失敗談こそが人の心を動かす真実
成功談よりも失敗談の方が人の心に響くのは、誰もが失敗を経験しているからだ。
完璧な成功ストーリーよりも、「こんな失敗をしたけれど、そこから学んで今がある」という物語の方が共感を呼ぶ。
AI時代だからこそ、人間的なつながりと真正性がブランドの差別化要因になるのではないだろうか。
「失敗」を「武器」に変えた企業の事例
1. Tesla:発表会でのガラス破損を逆手に取った話題化
2019年、Teslaが新型EV「Cybertruck」を発表した際、デモ中に投げ込んだ金属球で窓ガラスが割れるというハプニングが起きた。
普通なら企業にとって最悪の失敗だが、マスクの対応は違った。
「There’s room for improvement.(まあ、改善の余地があるね)」とジョークで切り返し、さらに、失敗を隠すどころか、割れたガラスのデザインをTシャツにして45ドルで販売し、失敗をミーム化したのだ。
本来ならブランドイメージを損ねかねない失敗だったが、その瞬間は世界中で拡散され、大きな話題を呼んだ。
結果、25万台以上の予約につながり、むしろブランドの存在感を強める契機となった。結果、発表から1週間で25万台の予約を獲得。
株価も一時的に下がったものの、すぐに回復。失敗を恥じるより、ユーモアで受け入れる姿勢が共感を生んだ事例である。
2. IKEA:翻訳ミスが生んだ「眠れない夜」の名広告
2019年、IKEAのバーレーン支店で起きた翻訳ミス事件は、広告業界の語り草となっている。
寝具の広告で「Create your perfect night’s sleep(完璧な夜の睡眠を作ろう)」というコピーをアラビア語に翻訳する際、担当者がミスを犯した。
正しいアラビア語翻訳の代わりに「Same text, but in Arabic(同じテキストだが、アラビア語で)」という英語がそのまま掲載されてしまったのだ。
通常なら即座に謝罪・修正で終わる案件だが、IKEAの対応は秀逸だった。
ミスに気づいた後、あえて翻訳ミスの部分を赤い修正線で消し、その上に「This is what happens when you don’t get enough sleep. Enjoy your perfect sleep.(これが睡眠不足の時に起こることです。完璧な睡眠をお楽しみください)」と追記したのだ。
自虐的ユーモアでバズり、ブランド親近感が大幅に向上。「ミスを隠すのではなく、自分でネタにする勇気」が、かえってブランド価値を高めた。
この広告は後に複数の広告賞を受賞し、IKEAの代表的なクリエイティブの一つとなった。
3. SHARP公式Twitter:「会社員を半分辞めた」中の人の革命
フォロワー83万人を超えるSHARP公式Twitterアカウント。その運営者である山本隆博さんは「社員であることは半分辞めることにした」という独特のスタンスを取っている。
「企業視点から半分はみ出してお客さん側に踏み出す姿勢」を重視し、投稿では必ず「私が」を主語にする。
「弊社の商品は」「当社では」といった企業的な表現を一切使わず、あくまで「一人の人間」として発信する。
時には自社製品の欠点も率直に認める。「この機能、正直使いにくいですよね」「価格がちょっと高いかもしれません」といった投稿で、むしろ信頼感を獲得している。
企業アカウントでありながら、80万超フォロワーの驚異的な支持を獲得した背景には、この「人間らしさ」がある。
参照:https://xtrend.nikkei.com/atcl/trn/pickup/15/1008498/030901174/
4. 日清:「黒歴史」を堂々と売り始めた食品メーカー
2018年、日清食品が展開した「黒歴史トリオ」キャンペーンは、失敗商品の活用法として画期的だった。
過去に発売したが売れなかった3商品(カップヌードル サマーヌードル、どん兵衛 だし天茶うどん、日清焼そばU.F.O. 熱帯U.F.O.)を「黒歴史トリオ」として復刻販売。
商品説明では「黒歴史だけど、食べてほしい」「ネタだと思って、食べてほしい」「お願いします、食べてください。結構おいしいと思うんです」という正直すぎるメッセージを展開した。
これらの失敗を包み隠さず公表し、むしろネタとして活用することで、弱みを堂々と公表することで逆に信頼性と話題性を獲得。「失敗すら資産に変える」発想の転換が見事だった。
全事例に共通する「完璧放棄」の勝利法則
これらの事例に共通するのは、完璧さを手放し、人間らしい親しみやすさを選択したこと。
失敗やミス、弱点を隠すのではなく、むしろそれらを活用してブランドの人間性を演出している。
重要なのは、これらが単なる「炎上マーケティング」ではないということだ。
意図的に失敗を作り出すのではなく、起きてしまった失敗や既存の弱みを、ユーモアと正直さで価値に転換している。
この姿勢こそが、AI時代の消費者に響く「人間らしさ」の本質なのだ。
AI時代のブランド戦略:「不完璧」という新しい完璧
AI時代の「人間らしいブランディング」を実現するには、従来の「弱みを隠す」発想から「弱みを活かす」発想への転換が必要だ。
まず、弱みを隠すのではなく、オープンにする勇気を持つ。
製品の限界、サービスの不完全さ、企業の失敗談。これらを恥ずべきものとして隠すのではなく、ブランドの人間らしさを表現する素材として活用するのだ。
その弱みをむしろ活かしたコンテンツに転換する技術も重要だ。単に「この商品には欠点があります」と言うだけでは意味がない。
「この欠点があるからこそ、こんな使い方ができる」「この限界があるからこそ、こんな人にぴったり」といった建設的な文脈で弱みを再定義する。
制作プロセスの失敗談や挑戦をブログで公開することも効果的だ。
完璧な最終成果物だけでなく、そこに至るまでの試行錯誤、失敗、学び。これらのプロセスを共有することで、ブランドに血の通ったストーリーが生まれる。
失敗談をコンテンツに変える発想も重要だ。成功事例だけでなく、「こんな失敗をしました」「ここが思うようにいきませんでした」という正直な振り返りを積極的に発信する。
また、完璧なレビューより正直なフィードバックを求める姿勢も大切だ。
★5つの完璧な評価より、「ここは良いけど、ここは改善の余地がある」という建設的な意見を歓迎し、それらを改善に活かす姿勢を見せる。
この「正直すぎる」姿勢が、AI生成コンテンツにはない価値を生み出す。機械は失敗しない。機械は恥ずかしがらない。機械は自分の限界を認めない。
だからこそ、人間の「失敗を認める勇気」「恥ずかしさを共有する親近感」「限界を受け入れる謙虚さ」が、差別化の源泉になるのだ。

AIの時代、不完璧こそが最強の武器になる
AIの時代において、不完璧さは有効な武器となり得る。AIが進化するほど、効率的で隙のないコンテンツは誰もが容易に手にできるようになる。
そうした環境で差別化の鍵を握るのは、むしろ人間らしさである。
手作り感、温かみ、失敗談、成長の物語。これらは機械が模倣しにくく、人が共感を寄せる要素である。
ブランドが抱える限界や課題、過去の失敗もまた、隠すのではなく個性として語れば、信頼や親近感を生む可能性がある。
完璧さを競う世界であえて不完璧さを取り入れることは、ブランドを際立たせる有効な選択肢の一つである。
テクノロジーが進化するたびに、人間らしさの価値が相対的に高まる。AI時代のブランディングにおいても、この傾向は一層強まるだろう。
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