デザイン会社 btrax > Freshtrax > 車輪がついたスマホ、Tesla...
車輪がついたスマホ、Tesla Model Sから見るコネクティッドカーの未来
多くの人のコネクティッドカーのイメージは、カーナビがインターネットにつながり、レストランや観光地がGoogleで検索できるというくらいのものかもしれない。しかし、シリコンバレーが本社の自動車メーカー、Teslaの唯一の現行モデルであるModel Sは多くの人の想像を超えたサービスを提供しようとしている。
この車両のもっとも革新的な部分は、ファームウェアのソフトウェアアップデートをオンラインで行う、世界で初めての車ということである。 自動車がインターネットにつながる、コネクティッドカーとはどういうものか、得られる新たな利用体験、そしてその未来をModel Sの事例を元に紹介する。
車輪がついたアプリ Tesla Model S
宇宙船事業も手掛けるイーロン・マスクによって設立されたTesla Motersは、スタイリッシュなEVを通してユーザーに対して新しいエクスペリエンスを届ける事で、自動車に対しての既存の概念を根本的に覆した。
Tesla車のセダン Model Sは、2012年6月に販売が開始されたEVである。最速3.4秒で時速100 kmまで加速、航続距離は最大502 km(NEDC)、20分でバッテリーの約半分まで充電するスーパーチャージャーなど、これまでEVに対する我々の認識を一変させるようなプロダクトだ。
ディーラーで展示されているModel Sのスケルトンモデル
もちろん、EVとしての走行性能には注目すべきだが、それだけでは不十分だ。Tesla Model Sが実現している、コネクティッドカーとしての側面も革新的である。も
ちろん、走行を含めたすべてを電気的に制御するEVはガソリン車よりもインターネットとの親和性は高いが、コネクティッドカーの流れはガソリン車にも今後急速に広がっていく。
Model Sは、EVとしても、コネクティッドカーとしても、最も進んだ自動車の1つであり、Model Sから自動車の未来を読み解くことができる
コネクティッドカーの本質は、カーナビのオンライン化ではない
コネクティッドカーというと、多くの人はカーナビがインターネットにつながるということをメインに考えるかもしれない。TeslaのModel Sも、中央に取り付けられた17inchの大型モニターが目を引く。
モニターでナビゲーションやWebサイトの閲覧など様々なサービスが利用できる。しかし、コネクティッドカーの本質は、ここではない。
photo by Tesla
Teslaは、自社のWebサイトの中で、従来の自動車メーカーでは考えられない、次のような一文を載せている。
Model Sは車輪がついたアプリだと考えてください。Model Sはソフトウェアアップデートにより、常にテスラが開発した最新の機能に更新されます。
自動車メーカー自身が、自動車の機械的な部分を「車輪」と呼んでしまうのには驚く。Model Sは、ソフトウェア(アプリケーション)とインターネットへの接続をかなり重視したプロダクトである。革新的な特徴をご紹介しよう。
1. ソフトウェアアップデートによる不具合対応、機能追加
TeslaのModel Sは発売から3年近く経つが、様々なソフトウェアアップデートが、1ヶ月程度の短いサイクルで何十回も行われている。実は、これまでどのようなアップデートが行われてきたか簡単に知ることができる。テスラのモデルSのチェンジログが公開されているからだ。
チェンジログとは、主にソフトウェアの世界で用いられ、ソースコードの変更内容を記述するメモである。iOSやAndroidなどのソフトウェアの多くにはバージョン番号が振られており、変更内容のメモとともに履歴を管理する。
チェンジログを見れば、そのアプリがリリースされてからどのように変更されてきたかを知ることができるのだ。Teslaのmodel Sのチェンジログも公開されており、誰でも閲覧できる状態となっている。その中からいくつか紹介しよう。
a. リコール対応
TeslaはEVであるため、車のほぼすべての部分をソフトウェアで制御しているため、リコールもソフトウェアのバックアップによって対応できる場合が多い。
2014年1月には、モデルSの充電ケーブルの一部に、熱対策が不十分なものがあり、充電の際、オーバーヒートによって火災が起きる可能性が指摘され、リコールが発生した。Teslaはまずクルマに搭載されている17インチのディスプレイで対象の顧客に情報を伝えた。
そして、顧客が希望する時間帯にソフトウェアアップデートを実行し、不具合の解消を行った。
原因は充電ケーブルという「ハードウェア」であったが、「ソフトウェア」の改修により対応したわけである。従来の自動車であれば、世界中に整備した販売店が利用者に電話で不具合を連絡し、都合のよいときに来店してもらって修理を行うため利用者にとっては不便であるし、自動車メーカーにとってもコストが大きい。
ソフトウェアアップデートで対応したことにより利用者の利便性は向上し、自動車メーカーのコストも大きく下がることが分かる。
b. クリープモード追加
オートマ車特有のクリープ現象 (アクセルを踏まない状態でも車が少し前進する) は駐車するときなどでは便利であるが、エンジンを積まないEVでは構造上起こらない。
Model Sも発売時点ではクリープモードは搭載されていなかったが複数の顧客から”逆に不自然に感じる”との声が上がり、後のソフトウェアアップデートで追加された。このように、ユーザーからのフィードバックや利用データを元に自動車の走行の特徴を変更することもできる。
c. 自動ハイビームモード追加
交通量の少ない暗い夜道を走行中はヘッドライトをハイビームし、対向車が近づいたときには、ハイビームを解除することが多い。対向車や街の明るさを自動で検知して、ハイビームを自動で解除するモードが、ソフトウェアアップデートで追加された。このように、ヘッドライトやロック、空調などの特性をソフトウェアアップデートで変更することもできる。
d. カレンダーの情報から目的地の自動入力機能追加
カーナビで最も煩わしいのが目的地の入力である。カレンダーには場所の登録ができるが、この情報を利用して自動的に場所を入力する機能がソフトウェアアップデートで追加された。
Model Sに搭載されているカレンダーは、Google Calendarと連携できるため、Google Calendarの利用者には嬉しい機能だ。このように車内からのインターネット利用、スマホからも使うサービスとの連携の機能をソフトウェアアップデートで拡張していくこともできる。
2015年3月19日に最新のアップデート
2015年3月19日には、最新のバージョンアップが行われ、緊急自動ブレーキなどの機能が追加された。詳しくは、ソフトウエア6.2 | テスラモーターズジャパン
2. 自動ヘルスチェック
Tesla Model Sには、自動車自身が故障や異常をチェックする機能が搭載されている。もし異常があれば、Teslaへ連絡が伝えられ、早い段階で対処ができる。前述の通り、Telsaはソフトウェアにより電子制御されている。自身を診断するプログラムを定期的に実行し、インターネットを経由してTeslaへ伝えているのだ。
従来の自動車は、定期的に販売店に持ち込んで、長い時間をかけて点検してもらう必要があった。また、故障に気付かないまま走行しており、事故などにつながることもあった。
利用者は心配が減るし故障を初期に発見できれば修理コストを下げることにもつながる。Teslaにとっても自動車の利用状況と各部品の状態を収集することで、自動車のメンテナンスや、新車の開発時の有益な情報になる。
現在は、ガソリン車でもソフトウェアによって電子制御されている部位が多くあるため、これはEVに限った話ではない。ガソリン車にも同様のサービスが広がっていくだろう。
3. WebAPIの提供によるオープン化戦略の可能性も
Teslaは、空調の設定、ヘッドライトとの点滅、ドアロックの操作をスマートフォンから行うための、iOSとAndroidの公式アプリをリリースしている。このアプリを使えば、次のようなことが可能になる。
- 出発前にバッテリーの残量を確認して、充電する場所と時間を考えて、ルートや出発時間を変更する
- 暑い日、寒い日など、出発前に空調をONにしておき、乗車したときから快適に過ごせるようにする
- 夜、広い駐車場で停車位置が分からない時にヘッドライトを点滅させる
実は、このアプリがハッカー達によって解析された結果、Tesla Model Sのヘッドライトやドアロックの操作を行える非公式Web APIが存在し、非公式ドキュメントも公開されている。
このAPIを使えば、誰でもTeslaの様々な機能をインターネットを通して操作できるため、サードパーティーがインターネットを通して車の操作を行うアプリを開発できるようになる。
実際に、2015年の1月には、ウクライナのEleks LabsがAppleWatchからTesla Model Sのドアロックや、ヘッドライトの点滅操作、走行距離などを閲覧できる非公式アプリを公開し話題となった。
AppleWatch. Tesla Car. How Far Can We Drive Them? | ELEKS Labs
Webサービスではこのような「オープン化戦略」がサービスを広めるために重要と認識されている。 FacebookやTwitterなどをみればお分かりだろう。彼らは多くのWebAPIを開発者に提供しており、多くのサイトがFacebookやTwitterでログインできる機能や、投稿できる機能を提供している。それがFacebook、Twitterの成長にもつながっている。
現在は、「ハッキング」されている状態だが、シリコンバレーのスタートアップ文化を持つTeslaであればこのWeb APIを公式に公開し、サードパーティーのアプリの開発を認めるかもしれない。
走行データの取得など、提供される機能も増えていけば、Teslaと連携したWebサービス、アプリなども増えていくだろう。スマートフォンのOSと同じように、サードパーティー開発者の数と質が、市場シェアを獲得するための重要な要素になるかもしれない。
「アプリ化」がTeslaの普及を後押しする
ソフトウェアアップデートと、自動ヘルスチェック、オープン化がTeslaの普及を後押しする可能性は大きい。自動車にはメンテナンスが付きものであり、既存自動車メーカーは世界中に整備網を持っている。
Teslaが日本などのアメリカの国外の新規市場に進出する場合は、一から整備網を整える必要がある。各国での組織作り、店舗の設置、従業員のトレーニングなど、自動車本体を開発するのとは違う困難さが待ち受けている。
もし、Teslaの電気自動車の性能、信頼性が向上し、多くのトラブルを自動ヘルスチェックで事前に検知し、大部分の故障をソフトウェアのアップデートで対処できるようになれば、その分だけ整備網を整えるコストが下がる。これはTeslaにとって大きな後押しになるだろう。
また、オープン化が実現されれば、様々なサードパーティーのアプリが生まれ、様々な文化、環境で暮らす人にとってより使いやすい自動車になることが期待される。
国や地域によって道路事情や街の事情、文化は大きく異なる。Webやスマートフォンと同じように、文化や環境に合わせてローカライズする必要が出てくる。これを1つの自動車会社自身が行うときめ細かいローカライゼーションを実現するのは難しいだろう。
その地域ごとのサードパーティーがその地域に合わせたアプリを開発し、それを利用することで文化、環境にあった、最適な自動車の体験が提供されていく可能性がある。
スマホを基準とした統一したエクスペリエンス
Tesla Model Sが車輪のついたスマホを目指しているのは、主に若者を中心としたこれからの消費者の生活がスマホ中心に進んでいるからである。朝起きて夜寝るまでの間、視界に入ってくる情報のその多くがスマホ経由であり、彼らにとって最も違和感の少ないインターフェイスがスマホであるからである。従って、本来は自動車メーカーであるはずのTeslaが顧客に届けようとしているエクスペリエンスも、かなりスマホライクである。
Model Sオーナー用アプリ
一方で、AppleWatchに代表されるようなスマートウォッチもスマホと連動する事を前提としていることからも、おそらくスマートウォッチの操作性はスマホを基準としている。従って、消費者にとって最も違和感のない操作性はスマホを中心に考えられている。今後は家電も建築物も操作性はスマホを基準にする事が基本とされて行くだろう。
Tesla社が求める人材とは
以前にTesla社に務める友人に聞いた話しであるが、同社が求める人材は既存の自動車メーカーのそれとはかなり異なるらしい。業種的には自動車メーカーであるが、コンセプトからエクスペリエンスまで、全く新しいプロダクトを急激な変化を通じて作り出そうとしている会社である事を考えれば、Teslaの企業文化は間違いなくスタートアップである。
彼らは自動車業界で豊富なベテランよりも、新しいイノベーションを作り出す為の発想力や問題解決能力のある人材である。言い換えると、どんなに自動車パーツの製作が職人的な技術で出来たとしてもあまり評価の対象にはならない。
それよりも、これまでの自動車には考えられなかった機能の実装を実現させる事の出来る人間が評価される。実際、CEOのイーロン・マスクをはじめ、Teslaで働いているスタッフのその多くが自動車業界未経験者である。
シリコンバレーにあるTesla社の工場
Teslaの求める人材を示すエピソードがあるので紹介したい。ある日、イーロン・マスクがスタッフにとある機能を実装したいとのリクエストを出した。むちゃぶりを行う事で有名なCEOのリクエストに対して、自動車業界に詳しい技術スタッフは、”現実的に考えてその機能を自動車に実装するのは不可能です”と答えた。
対してイーロン・マスクは、”僕は出来ると思うが、君は出来ないと思っている。僕に出来ない事を実現する為に君はここにいる。不可能を可能にするのが君の仕事である、“と伝え、翌日からそのスタッフはいなくなった。
コネクティッドカーが普及する未来とは
確かに、TeslaのModel Sは先進的な事例ではあるが、IoTの波が自動車にも押し寄せることは確実だ。Teslaは日本ではほぼ見かけることはないため、普及が実感できないかもしれない。しかし、サンフランシスコ、シリコンバレーでは、見かけることは珍しくない。他の自動車メーカーも同様のプロダクトを出してくると考えるため、このようなソフトウェアアップデートが貴方の車に搭載される日は、そう遠い未来ではないだろう。
コネクティッドカーの流れが加速すれば、スマートフォンと同じようにいずれは様々なアプリを車にインストールして使うようになるだろう。スマートフォンも普及し始めた頃は、アーリーアダプターが使うものでありアプリも少なくツール系のものが大半であった。
しかし、一般層に普及するにつれて、ソーシャルなどの様々な分野のアプリが社会を大きく変えた。自動車でもこれまでの自動車の楽しみ方を大きく変えるアプリが生まれてくるはずだ。そしてアプリ開発業者も、パソコン、スマホ、ウェアラブル、そして次のプラットフォームとして自動車を視野に入れる日も意外と遠く無いかもしれない。
筆者: Yuichi Shiga / Software Engineer, btrax, Inc.
関連記事
photo by Tesla, Maurizio Pesce
CES 2025の革新を振り返りませんか?
1月11日(土)、btrax SFオフィスで「CES 2025 報告会: After CES Party」を開催します!当日は、CEOのBrandonとゲストスピーカーが CES 2025 で見つけた注目トピックスや最新トレンドを共有します。ネットワーキングや意見交換の場としても最適です!