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サンフランシスコスタイルを実践 – ベイエリア風オフィス空間づくり
サンフランシスコ・ベイエリアのオフィスデザインは、世界はもとよりアメリカの中でも独特な空間づくりで有名である。従業員を第一に考えたオフィス環境づくりというのはこの街全体で定着しており、良い職場環境が良い人材を集めることは熟知されている。
またオフィス家具の世界的な老舗メーカーであるSteelcaseの世界17カ国、計12,480人を対象にした研究レポート*¹にもあるように、働く人の仕事へのエンゲージメントと仕事場に対する満足度は比例関係にある。オフィス環境を整えることは会社全体の躍進には不可欠のようだ。
オフィスがもたらす影響
2014年10月に掲載されたハーバード・ビシネス・レビューの記事*²にもあるように、職場スペースに幅を持たせること、つまり「どこで」そして「どのように」仕事を終わらせられるかという選択肢を従業員に多く与えられるようにすることが今後オフィス空間作りの鍵となる。
過去にfreshtraxに掲載したオフィスデザインの記事のおさらいとして、良いオフィス環境が働く人へ与える影響をまとめると次のようになる。
- 優秀な人材を獲得する
- 愛社精神が生まれる
- 企業カルチャーを反映・理解しやすい
- 他の社員とコミュニケーションが取りやすい
- 従業員満足度が上がる
- 仕事の内容によって仕事場を変えられる
- イノベーティブな発想がしやすい
実践するのは難しい?
良いオフィス空間がもたらす多くのポジティブ要素は理解しているものの、それをベイエリア以外の一企業がオフィス全体で実践するとなるとなかなか難しかったりもする。
会社全体のコラボレーティブオフィスの必要性の理解、ある程度のオフィスのサイズや最低限の予算など、条件が揃わなくてはならない。現に今年オフィスを移転し改良を行ったPinterestも18.9百万ドルもの費用を要した。もっと手短に実践できるような方法は何かないのだろうか。
オフィスづくりを考える上で何よりも知っておくべきことは、オフィスリノベーションは大企業や勢いのあるスタートアップ企業だけができるもの、というわけではないということ。
良いオフィスが与えるポジティブな影響を理解し、それを少しずつどのように自社のオフィスで実現していけるのかを考える。このスタートラインに立つことが人材獲得、育成、活用における他の企業との競争で一歩リードする秘訣でもある。
ベイエリアにあるオフィスの共通点は、開放感のある空間を作って社員の交流を促し、イノベーションにつながるオフィスを提供しているところ。各企業はカフェやリビングルーム、隠れ家ブースといったもはやオフィスにいるとは感じさせない空間作りを取り入れながらそれぞれのカンパニーブランドを巧みに表現している。
過去にfreshtraxでも取り上げ、今回またオフィス訪問をさせてもらったCapital OneやPinterestのオフィスは良い例である。しかし理想的なオフィスをたくさんみてきても実践しなければ意味がない。イノベーション創出を手掛けるbtraxも負けてはいられない。
btraxが行う、一部屋からのオフィス空間デザイン
今夏、btraxではさらなるイノベーティブな空間作りを目標にオフィスの一部屋の改良を行った。クリエーティブスペース作りの基礎であるスタンフォードd.schoolのアイディアを基に数々のオフィス訪問や、私たちが提供している”イノベーションプログラム”のクライエントからのフィードバックも反映させている。
また、筆者が大学時代に心理学を専攻していたという背景から、オフィス環境が働く人に与える影響をまとめた心理学文献なども参考に、工夫を凝らした一部屋となっている。特徴的なのは、オフィス全体のような大々的な変化ではなくあくまで一部屋に着目して改良したところ。この記事で私たちのアイディエーションルームの進化を見ていただきながら、読者も今すぐ取り入れられる参考ポイントを探していただけたら幸いである。
Before
After
オフィスデザインを始めるときはまずヒアリングから
部屋のリノベーションをするにあたり、Pinterestの新オフィス案を担当したKatie Barcelonaから次のようなアドバイスをいただいた。
オフィスは私たちみんなが使う場所だからみんなから徹底的にフィードバックをもらうこと。
過去に空間オフィスデザイン会社であるStudio O+Aのチーフデザイナー、Denise Cherryも私たちのインタビューで話していたように、「徹底的なヒアリング」はオフィス空間を考える上で取るべき重要なファーストステップのようだ。
先ほども名前を挙げたが、この部屋はbtraxが提供するイノベーションプログラムが主に”アイディエーションルーム”として使うように計画された。そのためKatieやDeniseのアドバイスに沿って、今回はbtraxのプログラム・ファシリテイターとクライエントから現在使用している部屋の良い点、改善点、あれば良い機能など様々な質問をしながら、新しい部屋に必要な物を明確にすることから始めた。最終段階のレイアウト決定に至るまでのプロセスの中でbtraxのイノベーティブルームに必要な2つの点に着目した。
リフレッシュ、リラックス空間
読者のみなさんがふとアイディアがひらめくのはどんな時だろうか。それは堅苦しいオフィスの会議室や大学の教室などというよりもむしろシャワーを浴びている最中や、通勤、通学途中の電車の中、帰り道に歩いている時、寝る前のベッドの上、はたまたトイレにいる時の方が多いのかもしれない。そこで私たちは、今までの”会議室”感が満載だった部屋を、何気なくリラックスしている時のような”ふとした日常”や”自然と考え事をしている時間”が送れる部屋に変えることにした。
1. まるで感覚はリビングルーム
まず最初に着目していただきたいのがビーンバッグ。どんなに良いオフィスチェアでも長時間座っているとなるとやはり苦痛に感じてくる。ビーンバッグはそんな時に深く、身を投げ出すように座れるのが特徴である。
「オフィスは背筋を伸ばして仕事をする場所」という概念からあえて外れて、くつろげるような座り方ができるのがポイント。オフィスでもリラックス、そしてリフレッシュできるようにと手助けをしてくれる。このビーンバッグを取り入れる手法は、SteelcaseのデザイナーがTEDTalksの会場作りを担当したときのものを参考にした。
2. 曲線がもつ美しさ
ビーンバッグの”球体”という形にも注目すべきポイントがある。数ある心理学文献*³が示しているように、私たちは直線的なデザインをしたものよりも丸みを帯びた曲線を持っているデザインの方を美しく、心地よいと思う傾向がある。
結果として最初に見た印象で「この部屋に入ってみたい、この部屋にいたい」と興味をそそる効果がある。リラックスできる環境を作る前提として「この部屋は居心地がよさそう」と見た目から思わせることがポイントになる。この部屋ではビーンバッグ以外にもラグやテーブルトップに丸みのあるものを取り入れた。
3. 壁を彩る植物
そしてこの部屋で一番目に入るのが壁一面の植物だろう。グーグルをはじめとしたサンフランシスコに数あるオフィスが今トレンドとして取り入れているように、今日オフィスにおける緑は大切な役目を果たしている。緑には心理的にリラックス、リフレッシュと同時に集中力を高めさせてくれる効果がある。植物が壁一面にある様は、こちらではリビング・ウォールと呼ばれている。
4. 暖かな空間を演出する照明
明かりが持つ影響力というのも私たちにとっては大きなものであり、空間演出には大事な要素の一つである。この部屋の緑や自然を活かすためにも熊本にある竹あかりメーカー「ちかけん」さんの竹ランプシェードを取り入れた。
明るすぎない、ほのかな光を放つこの竹あかりは、リラックススペースに置くには最適なランプである。今年5月に開かれた伊勢志摩サミットの配偶者プログラムや先月開かれたJ-POP SUMMITでの展示会、またクラウドファンディングサービスを展開するIndiegogoでのページ開設など、これから世界に羽ばたく日本の新しい伝統「竹あかり」をいち早く取り入れることで、オフィス全体にもっと温かみのある空間を提供することができた。写真はオフィスエントランスに飾った竹あかり。
イノベーティブな発想をサポートするには、次に述べる全体的なコラボレーティブな空間作りだけではなくて、形や色から工夫できることも多い。もし大きなリノベーションが難しいときはこのような細かな部分に目を配ることでオフィスの印象を変えることができる。
コラボレーション
イノベーティブな発想というのはやはり他人との交流によって生まれることが多く、そのためには自由な交流が図れる空間づくりが重要になってくる。そのため今回の部屋づくりではテーブルを少なくし、部屋内で自由に移動できる空間を確保した。より自由にそしてより楽に全員がアウトプットの製作に携われるようになっている。
またラグを敷くことにより立ちながらのミーティングや座りながらの会話、アイディアが煮詰まったときに寝転がれるようにもなっている。状況や人数に応じて使い方を変えられるのが特徴。
1. グループワークの距離感
岡村製作所オフィス研究所出版の「オフィスはもっと楽しくなる」によると、グループ作業時に私たちは「コミュニケーション領域」と呼ばれる、グループ作業をしやすい程度な距離感を自然に保っている。
グループが5人となるとそのコミュニケーション領域は約2m²となり、これはグループの人数によって変わる。今回テーブルを少なくし、移動しやすいビーンバッグをを使うのもこのコミュニケーション領域を柔軟に作りやすくするためである。
2. 子供心を思い出させるLEGOブロック
この部屋をよりコラボレーティブかつイノベーティブにするためにEverBlock社のLEGOブロックも取り入れた。下の写真の形のものにテーブルトップを置くだけでコーヒーテーブルにもなれば、作り変えてブロックチェアにすることも可能。遊び心も適度に取り入れることによってより自由度の高い部屋になった。
このようにプロジェクターやホワイトボードペンを置く台にもなり、使い勝手が良い。
くつろぎながら大画面でミーティングも可能。
3. 思ったことはすぐに書こう、アイディアペイント
リビング・ウォールを挟んだ両側の壁には思い浮かんだアイディアをすぐに書きこめるようアイディアペイントが施されている。市販のホワイトボードよりもさらに広いスペースを確保できるため、自由にアイディアを膨らませることができる。
また市販で買ったテーブルトップにもホワイトボードペンで書き込めるようにDIYを行った。良いアイディアというのは突然現れることもあるので、思いついたアイディアを座りながらでもすぐ書き出せる環境は重要である。
4. 固定のデスクを持たないフレキシブル・シーティング
この部屋はイノベーションプログラムで使用されていないときbtraxメンバーが自由に使えるように設計されてる。このように自分専用のデスク以外にいくつも働くスペースの選択肢があることをフレキシブル・シーティングと呼び、従業員が決まった席に座る必要がないようになっている。一日中仕事をしている中でたまには気分転換に場所を移して仕事をしたいという人もいるはず。
また固定のデスクがあることによって、自分がそこにいてしっかり仕事をしているか他人から監視されているようなストレスを感じる人もいるだろう。フレキシブル・シーティングはそういったストレスを軽減しながら、同時にイノベーティブな発想の手助けをしてくれる。仕事の内容によって仕事場を変えられる環境はこれからのオフィスには欠かせない。
Ben Weber (2009) “Workplaces That Move People” Harvard Business Review より引用。よりオープンな環境でフレキシブル・シーティングを提供(Cross-Pollination:右上)することでさらなるクリエイティビティとイノベーションが期待できる。
新しいオフィスのあり方を提供する「ワーク・ライフ・インテグレーション」
新しいオフィスづくりの傾向として、「ワーク・ライフ・バランス」という概念をより一歩進めた、「ワーク・ライフ・インテグレーション」という考え方が主流になりつつある。
インテグレーションは「統合する」という意味になるが、ワーク・ライフ・インテグレーションは単純に仕事と私生活を混同してしまうというような危険性をはらんだ言葉ではない。
私生活と仕事を切り離すことによって「家庭と仕事のどっちを取るか」というような二者択一的な決断でストレスを感じることはしないで、むしろ私生活と仕事を合わせて考えて両方を充実させよう、という考え方である。
オフィスでの余分なストレスを避け、リラックスできる環境で生産性の高い仕事をする。それでできたより多くの時間をプライベートに使う。このように仕事とプライベート両方を充実させるサイクルを上手に作り上げるサポートをすることが今後のオフィスの課題になると言われ始めている。
今回のリノベーションで今までのオフィスのあり方を変えるような、大胆に横に寝転がれる部屋を作ったのも、このワーク・ライフ・インテグレーションの考えがもとになっている。
自宅にあるようなリラックスできる空間を上手にオフィスにも活用し、その効果が結果として仕事をする時間とプライベートを楽しむ時間両方に還元されることが目的となっている。もはやオフィス空間とそれに伴うオフィスカルチャーは働いている時間だけではなく、プライベートの時間も加味した、従業員の生活全体を考慮しなくてはならないものになりつつある。
オフィス空間づくりを終えて
今回”イノベーション”を軸にアイディエーションを重視した部屋づくりを行った。オフィス空間はそこで働く人のニーズによってそれぞれ変化するため、一概に「何が正しいオフィスか」と決めつけることは厳しい。
しかし今自分たちのオフィスに何が求められているのかを正確に把握し、またそれを反映できるような柔軟な考え方をもつことがオフィスを劇的に変化させる。それを街全体で実践しているのがベイエリアの面白いところである。
もし読者の中でオフィスリノベーションを考えている方がおられるなら、こういった小さなポイントから目を配って少しでも変化を加えていくことをおすすめする。勢いのあるスタートアップがオフィスを丸ごと改築することもあれば、少しずつ何かを加えるだけで良い方向へオフィスの雰囲気を変えられることも十分にある。
btraxは今後もオフィスを改善し続けていく予定である。今後は、オープンオフィスというトレンドの中で軽視されがちなプライバシーの問題についても考えながら進めていく予定だ。
ちなみに今回改良を行ったこの部屋は、私たちbtraxがイノベーション創出をサポートする”イノベーションプログラム”のメインルームとして使用される予定である。イノベーションがいたるところで生まれるサンフランシスコで、イノベーティブな環境のもと、私たちとイノベーション創出のワークショップを経験してみたい方はぜひ一度弊社のイノベーションプラグラムページを確認してほしい。
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*1 参考文献:
Steelcase Inc. (2016). Steelcase Global Report: Engagement and the Global Workplace.
*2 参考文献:
Congdon, C., Flynn, D., & Redman, M. (2014, October). Balancing “We” and “Me”: The Best Collaborative Spaces Also Support Solitude. Retrieved July 1, 2016, from https://hbr.org/2014/10/balancing-we-and-me-the-best-collaborative-spaces-also-support-solitude
*3 参考文献:
Bar, M., & Neta, M. (2006). Humans Prefer Curved Visual Objects. Psychological Science, 17(8), 645-648. doi:10.1111/j.1467-9280.2006.01759.x
Dazkir, S. S., & Read, M. A. (2011). Furniture Forms and Their Influence on Our Emotional Responses Toward Interior Environments. Environment and Behavior, 44(5), 722-732. doi:10.1177/0013916511402063
Vartanian, O., Navarrete, G., Chatterjee, A., Fich, L. B., Leder, H., Modrono, C., . . . Skov, M. (2013). Impact of contour on aesthetic judgments and approach-avoidance decisions in architecture. Proceedings of the National Academy of Sciences, 110(Supplement_2), 10446-10453. doi:10.1073/pnas.1301227110
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