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小売業界の敵はAmazonではない? これからの小売が知っておくべき課題
小売業は現在、変革期に差し掛かっている。おそらくここ数年で大きな変化が訪れる産業の一つである。
その証拠として、実店舗型の小売業者の経営破綻、店舗閉鎖が相次いている。
それらはEコマースやデジタルの普及が影響を与えていることは明らかだが、消費者が実店舗よりもAmazonなどのEコマースを選んだとは単純に言い切れないのである。
Eコマースは小売業界の売上高のほんの一部でしかない
実際に、NRF(全米小売協会)が毎年出している全米の小売業界の売上高ランキング2017年版によると、上位10社が
- Wal-Mart Stores
- The Kroger Co.
- Costco
- The Home Depot
- CVS Caremark
- Walgreens Boots Alliance
- Amazon.com
- Target
- Lowe’s Companies
- Albertsons Companies
と、Amazon以外は主に実店舗型を展開する企業となっている。また、デジタルマーケティング、商業などに関する市場調査を提供するeMarketerの調査によると、2017年時点でAmazonのEコマース売上高が全米全体のEコマース売上高の44%ほどを占めているにもかかわらず、全米全体のEコマースの売上高は総小売売上高の9%ほどにしか満たないことから、Eコマースがさほど影響を与えているわけではないことがわかる。
デジタルネイティヴの世代も実店舗を好む
さらには、世界最大の商業用不動産サービスや投資を行うCBREのミレニアル世代を対象とした2016年の調査では、世界のミレニアル世代(1980~2000年前後生まれ)の70%が実店舗を好むことがわかっている。また、回答者のほぼ半数が店内で製品を実際に見たり、触ったりして、すぐに購入したいと考えており、店内での体験が重要だということがわかる。
上記の理由から、実店舗の影響力がいまだに強いことがわかる。
Amazonも実店舗への進出を進めている
実際にEコマース大手のAmazonは2017年に米食品スーパーのWhole Foods Marketを137億ドルという、これまでの最高額で買収し、実店舗への展開を進めている。また、店内での買い物体験をよりスムーズにした、レジなしスーパーのAmazon Go1号店をシアトルにオープンしている。近々サンフランシスコとシカゴにも出店するとも言われている。
【追記】サンフランシスコ店がオープンしました。Amazon Goの仕組みは脅威となるか?サンフランシスコ店へ行ってみた
こうした傾向やAmazonの動きから、小売業界全体が次なる変革のためにAIやIoT技術を活用し、業務の効率化や在庫管理による食料廃棄の削減、革新的なユーザー体験の実現を目指している。
この動きに伴い、それらを実現しようとするスタートアップが今注目を浴びている。そのなかでも本記事では、食料品小売ビジネスに注力しているスタートアップを紹介したい。どのような技術で課題解決を行おうとしているかに注目をしてもらいたい。
食料品小売業界の技術マーケットマップ
まず紹介したいのは食料品小売業界における技術マーケットマップである。ちなみにこれは各技術カテゴリにおけるすべてのスタートアップを網羅するものではない。また、一部のスタートアップは複数のカテゴリにまたがってサービスを提供している場合もあるが、主要サービスの事例に沿って分類している。
各技術カテゴリは以下のような課題解決を目指している。
- リアルタイムシェルフ管理 – AI技術とカメラを駆使し、陳列した商品の状態や商品ブランドシェア率、品切れ、一度手に取ったが戻した商品のデータなどの情報を提供。在庫管理プロセスの改善だけでなく、効果的な商品陳列や商品ブランドのパッケージデザインの改善に役立てることができる。
- ストアロボット&チャットロボット – 店舗にロボットを配置することで、顧客への挨拶や対応、在庫の管理だけでなく陳列の自動化などが期待できる。また、顧客行動などの貴重なデータの蓄積が可能で、顧客からの苦情を減らすなど店舗の最適化が期待できる。
- AR・VRツール – 拡張現実を利用し、店舗の棚や通路などのレイアウトのシミュレーションを低コストかつ即座に行うことを可能にする。また、実際に拡張現実内でユーザビリティテストを行うことにより、顧客の視点や行動から彼らの心がどこに向いているかなどのデータも提供する。
- インタラクティブ・ディスプレイ – インタラクティブとは双方向を意味する言葉であり、店舗に配置したディスプレイ上でクーポンやその日のセール情報を表示し、顧客がそこからお買い得情報を取得することを可能にする。それにより顧客に来店を促すなど、エンゲージメント促進を実現している。
- デジタルラベル – 顧客が商品をスキャンすると詳細な商品情報を表示。商品に対する透明性を高め、顧客に安心と満足度を提供する。
- ビーコン&ロケーショントラッキング – スマートフォンのアプリとビーコン、センサー、Wi-Fi信号を紐付け、顧客の行動をトラッキングすることによって店舗のレイアウトの最適化や、特定の位置で顧客に応じたイベントを発生させることが可能になる。今後はこの技術を応用し、ユーザーがスマートフォンのアプリのボタンひとつで、店員を自ら探すことなく自身の場所へ呼ぶことも可能になるかもしれない。
- 店舗管理 – 決済処理や在庫管理などの機能を統合した幅広いソフトウェアプラットフォームを提供。業務の効率化を実現し、特に中小規模の小売食品店に効果が期待できる。
- クーポン・ポイント・キャッシュバック – 顧客に報酬型のクーポンやポイント、キャッシュバックを提供するプラットフォームを提供。例えば、特定の商品の購入や、アンケートへの回答などの条件を満たした顧客に、クーポンやポイントを付与することで、顧客の商品へのエンゲージメントを促進する。
- 購買分析 – 商品の売上数や顧客の購入パターンなど店舗レベルで監視、分析するためのソフトウェアプラットフォームを提供。店舗内のデータに基づき、ターゲットを絞ったプロモーシャンや購買分析が可能になる。
- マーチャンダイジングツール – 顧客の要求に合わせ、適正な商品を適正なタイミングで適正な場所、量、価格で提供するためのツール。マーチャンダイジングの最適化により、コストの削減や増収が見込める。
- 食料廃棄物管理 – 在庫管理を徹底するツールにより食糧廃棄物を減らす。また、廃棄食料を寄付したり、飼料や肥料に再利用したりするプロセスを提供することでも食料廃棄量削減を実現する。
- プロモーション最適化 -店舗やブランドのプロモーション戦略を最適化するためのソフトウェアプラットフォームを提供。プロモーションコストの削減・効果の最大化などが期待できる。
- ストアガーデン – 店舗やレストランの近くに水耕農場を建設することで、地元の食材を安定して提供できるようにする。
こうしてみると、ほとんどのカテゴリで、実店舗の利点であるリアルな顧客の行動データを上手く活用しようとしていることがわかる。
これらの中でも特に注目を浴びているカテゴリにおけるスタートアップ5社を紹介する。
1. Trax: リアルタイムシェルフ管理
主要投資家: Warburg Pincus, Investec, Broad Peak Investment
調達額: $138.5M
サービス概要:
商品陳列用の棚をスマートフォンやタブレット端末で写真を取るだけで、非常に豊富なデータを即時に得ることができるシステムを提供している。それらのデータをクラウドからレポートとして小売業者や商品ブランド会社にリアルタイム配信することができる。
注目の理由:
スマートフォンとタブレットを利用することで、導入にかかる初期費用を大幅に削減することができる。また、得られたデータから余剰在庫の削減が可能になる。実際に同社のツールを導入したCoca-Cola Hellenic社では在庫を63%削減することに成功。他にも、P&GやNestleなどの大手商品ブランド会社を顧客にしている。
2. simbe: ストアロボット&チャットロボット
主要投資家: SOSV, Comet Labs, Anorak Ventures, Presence Capital, Vijay Pradeep, HAX, Cherubic Ventures, Riot Ventures, Greg Castle
調達額: 未公開
サービス概要:
完全自律型の小売用ロボットを開発、提供している。在庫切れや、在庫不足、誤った場所に置かれた商品、価格設定の誤りなどをスキャンにより判別し、従業員の作業を効率化する。通常の営業時間帯でも動作し、顧客が棚を確認している際には避けるようになっている。
注目の理由:
同社は完全自立型ロボットを世界で初めて開発している企業だ。完全自律型のため、人件費の削減や従業員の負担を削減することができる。また、人的ミスをほぼなくすことが可能になる。調達額が公表されていないことや、世界初の試みという意味でも注目を浴びている。
3. InContext Solutions: AR・VRツール
主要投資家: Intel Capital, Beringea, Plymouth Growth Partners, Hyde Park Angels
調達額: $42.5M
サービス概要:
VRシミュレーションにより、店頭レイアウトを簡単に変更することができるプラットフォームを提供。ヒートマップなどにより、顧客の反応を分析することができる。また、商品のパッケージデザインなどもVRにより可視化することができる。
注目の理由:
VR技術の活用は建築業界を初め注目を浴びているが、InContext Solutionsは小売業界にフォーカスした企業として注目を浴びている。商品ブランドでは商品サンプルデザインの作成にかかるコストをVRにより大幅に削減することを可能にした。また、実際に仮想上の店舗に商品を配置し顧客の反応をあらかじめ分析することもできる。
4. Ksubaka: インタラクティブ・ディスプレイ
主要投資家: Fullshare Holdings Limited, Ksubaka (ジョイントベンチャー)
調達額: $15.3M
サービス概要:
店舗にディスプレイを設置し、その画面上でゲームを配信して顧客にプレイしてもらうことで、商品を効果的にプロモーションするサービスを行っている。ディスカウントなどを行わずとも、商品の売上を伸ばすことが可能になる。
注目の理由:
同社が注目を浴びたのは中国のネスレとの間で実施した2か月間ほどのキャンペーンだ。このキャンペーンでは、ゲームに対する顧客のインプレッションが7000万ほど、購買エンゲージメントが100万ほどと大きな効果を生んだ。また、このディスプレイを介して行われた調査では、商品ブランドのミニゲームを終えた後で購入意思が81%増加したこともわかり、インタラクティブディスプレイの効果を大きく証明した。
5. Estimote: ビーコン&ロケーショントラッキング
主要投資家: Javelin Venture Partners, BoxGroup, Homebrew, Y Combinator
調達額: $13.9M
サービス概要:
小売店や博物館、空港などに設置するビーコンを販売している。ビーコンは、電源とチップセット、通信用アンテナを内蔵した小型デバイスであり、Bluetoothのような通信技術よりもあまり電力を使用しないデバイス間通信を可能にする。これらにより、顧客の位置トラッキングによる情報の取得だけでなく、特定の顧客があるディスプレイの前を通過したさいなどに、特定の映像を流すなどのイベントを発生させることができる。
注目の理由:
Y Combinatorから出資を受け、2012年以降からセンサネットワークと低電力ソフトウェアを提供している同社は、iBeacon互換のビーコンを初めて取り扱った企業であり、この分野では間違いなく現状トップであるといえる。現実世界で位置情報を使い、特定の個人に向けてパーソナライズされたイベントを発生させることは、スマートフォンが普及したユビキタス社会ならではのサービスといえる。また、ビーコン自体が安価なこと、エンジニア用にSDKがあるため、エンジニアを中心に個人の利用や活用が見出されている。
まとめ
小売業界での最も身近な進歩といえば、セルフレジであったが、他の業界と比較してみると過去数十年にわたって見られた進歩の中では遅れていると言える。しかし、小売業界での実店舗の重要性が見直され、ユーザー体験の向上が求められるようになり、AIやIoT技術により小売業界を変革しようとするスタートアップが増えてきた今、その進歩のスピードは急加速するだろう。
ここで忘れてはならないのは、技術ありきでは進歩は実現しないということだ。実際にユーザー体験を向上させるには、それらの技術を駆使する前にユーザー中心のマインドセットが必要になる。現在のような変革期に対応するためには、テクノロジーや情報に精通するだけでなく、それらを活用するためのマインドセットがより今後重要になるだろう。
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