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フィンテック失敗事例 – なぜコインは上手くいかなかったのか
お財布の中の複数のクレジットカードを一つのカードにまとめて、会計時に好きなカードを選んで使える。そんなふれこみで大きな話題を呼んだのが2013年。それからわずか3年後、ハードウェア系フィンテックスタートアップのコイン (Coin) は、フィットネス系デバイスを提供するFitBit社に買収され、Coin 2.0も完売状態で、今後のプロダクトの販売は行なわないという。恐らくFitBitは今後自社のウェアラブルデバイスに支払い機能を実装する可能性があるだろう。
参考: COIN WEARABLE PAYMENTS PLATFORM ACQUIRED BY FITBIT
これは事実上のサービス終了であり、買収されたとはいえCoinとしてのプロダクトは失敗になってしまった。最近トレンドのフィンテックとハードウェアで数々のメディアで取り上げられ、サンフランシスコを中心とした、アメリカ西海岸の物を持たない”Less is more”のライフスタイルを好むユーザーからの多くのオーダーを獲得したのにも関わらず何故失敗したのか?その原因と舞台裏を探ってみる。
画期的なプロダクトを分かりやすい動画で紹介
プロダクトの紹介を動画で紹介する事がまだそこまで普及していなかった2013年に、YouTubeを中心に動画サイトで華々しくそのコンセプトが世の中に広がったCoin. 内容が分かりやすい上に,Slack, Navdy, Squareなどの紹介動画でも登場するスタートアップ御用達のSandwich Video社のAdam Lisagor主演のコミカルな演出が功を奏し、その存在が一気に世界中に広がる事となった。
しかし、動画はコンセプトを説明しているだけ。果たして説明しているような内容が本当に実現可能なのであろうか?もしそうであればかなり画期的ではある。日本ではNFCの様な現金やクレジットカード以外の支払い方法が幾つか存在するが、こちらアメリカでは多くの人々が複数のクレジットカードを保有している事が一般的であり、どうしても財布がかさばってしまう。
その問題を解決するのがCoinである。最大8枚までの磁気カードのデータを付属の磁気データ読み取りデバイスを通じて入力する事で複数のカードデータを保存。加えて、スマホとの距離が離れている時には自動でスマホからアラートが飛ばされる事でおき忘れや盗難防止にも役立つ仕組み。
https://www.youtube.com/watch?v=w9Sx34swEG0
リリース前から大きな話題とプレオーダーを獲得
このプロダクトが上記の動画で説明している内容でサービスが提供可能になれば、人々の生活に革命が起きる可能性がある。これまで複数のクレジットカードを持ち歩き、落としたり置き忘れていても何のアラートも来ない為、後で気づいて悪用される可能性もある。そして、利用データの内容も分かりにくい。それがこのCoinを利用する事で一気に解決できる。それらのユーザーニーズを$55で解決出来るという事で、プレオーダー時点で20,000以上のオーダー獲得に成功した。
しかしなかなかリリースされない
2014年年の初めか中頃には商品の発送が行なわれると予定であったが、複数のクレジットカードに対応する為のセキュリティチップの開発に時間がかかり、実際の出荷は予定よりも1年以上後になってしまった。自分も2013年にプリオーダーをしたが、いつまでたっても発送を開始しないのでしびれを切らしてキャンセルした記憶がある。同じく待ちきれないユーザーからの苦情やキャンセルも多く集まった。
なんとかリリースのスピードを上げる為に、まずは2015年3月にサンフランシスコ在住のユーザー1,000人にプロトタイプを届けテストを開始した。その約半年後にプレオーダーしたユーザーの中から先着で10,000人にプロトタイプ版のプロダクトを発送。アプリはiOS版が8月28日、Android版が9月25日にリリースされた。
届いた製品は不具合続出でバージョンアップを余儀なくされた
プロダクトの発送が始まり、利用するユーザーが増えるにつれ、その利用体験に関する多くのコメントがソーシャルメディアを中心に寄せられた。4回に1回しか使えなかった、カフェに行ったけど使えなくて恥ずかしい思いをした、など、そのほとんどが不具合に関しての内容であった。これは、正規版が税金送料込みで$117.50もする事を考えると、かなりお粗末な品質であると言わざるを得ない。
実はそもそもCoinが対応していたのは全体のカードリーダー端末の約85%で、残りの15%の端末には対応していなかった。加えてハードウェア自体にも不具合があるものが多く、交換対象になったケースも少なく無かった。
時代は磁気ストライプからマイクロチップに
そしてここでCoinにとどめを刺すような事態が発生しまった。2015年に既存のクレジットカード自体の仕組みに大きな変革が訪れてた。これまで磁気読み取り型からチップ型への変更が開始されたのだ。
これは、スキミングなどの方法でカード情報をコピーされにくくする為に、2015年中にアメリカでは新しく発行される全てのカードのEMVと呼ばれるチップを実装する事が義務づけられた。日本国内であれば以前よりこのチップ内蔵型のカードが普及していたが、実はアメリカでは数年前までは一般的ではなかった。この変更はセキュリティを強化する事を目的としており、カード会社もすぐにその対応を進めた。
そして、2015年の末までには米国内だけでも5億7千枚以上のクレジットカードにマイクロチップが実装され、店舗の支払いターミナルの過半数がチップ読み取りに対応した。
このクレジットカードを取り巻くインフラの大きな変更に対してCoin社のCEOであるKanishk Parasharは”近いうちに対応します”とだけ伝えたが、具体的なタイムラインは発表されなかった。それもそのはず、Coinが最も苦労し、時間を掛け、そしてクリアした磁気の読み取り機能が今後使えなくなり、解読する事を防ぐ目的のマイクロチップによる読み込みに対応する必要が出て来たということは、彼らのプロダクトを根底から揺るがす事を意味していた。
そしてEMVチップに対応したCoin 2.0をリリース
しかし、約50人のCoinチームは、かなりのピッチで開発を行い、2015年年の後半にCoin 2.0をリリース。このデバイスはEMVチップやNFCにも対応しているとの事。しかし、依然として不具合が多発しているのに加え、これまでのユーザーが体験したネガティブな印象の影響が大きく、Coinのイメージはかなり下がって来ていた。
競合プロダクトの台頭
そんなこんなしているうちに、ほぼ同じタイプのプロダクトでより安定したPlastcがリリースされたり、iPhoneがApply Pay/Walletに対応し始めたりしたことで、Coinの存在感はどんどん薄れて行った。今回はスタートアップの常識である、コンセプト先行型見切り発車的ビジネス展開があだとなったようである。
下記はPlastcの広告で、CoinからPlastcに移行した場合には$50がもらえると露骨にCoinユーザー獲得を狙っている。
“It’s time to drop Coin and upgrade to the card with better technology, design and support. It’s time to experience Plastc. (Coinをやめて、より良いテクノロジー、デザイン、サポートを得られるPlastcを試してみませんか?) ”
まとめ: プロダクトの品質レベルはサービスの特性に依存する
今回のCoinの失敗で重要なのは、そのプロダクトの不具合がユーザーに与える体験にとってどれだけのインパクトを与えるかという点。多少のエラーが許されるタイプのプロダクトと、少しでも動かないとユーザーにかなりのストレスを与えてしまうものがある。その差を生み出すのは、そのプロダクトが動くかどうかがどれだけユーザーの生活に”必要”とされているか、である。
例えば今回紹介したCoinは支払い関係だが、カフェやレストランなので、支払いがうまくいかないとユーザーが恥ずかしい思いをするだけでなく、大きな問題にもなりかねない。そうなるとやっぱり現金やクレジットカードを持ち歩かなければならなくなり、その存在価値が大幅に下がり、最終的には利用しなくなるだろう。もしくは少し高い値段でも確実に作動するプロダクトを利用する。
同じく、鍵の開閉をスマホ経由で行なうスマートロッックの様な製品も、もし何らかの理由で動かなくなるとユーザーにとっては死活問題になってしまうので、その製品クオリティとユーザーエクスペリエンスの制度が問われる。その理由で、サンフランシスコのAugust社が提供するスマートロック内には日本製のモーターが利用されている。btraxのサンフランシスコオフィスでも利用しているが、不具合は極めて少ない。
言い換えると、生活必需品となりえるプロダクトの場合、ユーザーに与えるエクスペリエンスには最新の注意を払うだけではなく、極限までエラーが出にくい状態までプロダクトを作り込む必要が出てくる。
逆に、フィットネストラッキングのFitBitやFacebook, Siri, ルンバ掃除機など、必需品というよりも”遊び”の要素が強い製品は、多少エラーが出たとしてもユーザーの生活に大きな支障が出ない。従って、多少の不具合は許容してもらいやくなる。バグやエラーのある不完全なプロダクトでもスピード重視でリリースしてしまうアメリカのスタートアップにとっては、このようなプロダクトの方が向いていると思われる。
特にソフトウェアやWebサービス、モバイルアプリなど、初期バージョンに不具合が合ってもバージョンアップで後から巻き返す事が比較的簡単なタイプのプロダクトであれば何とかなるが、ミスが許されないシーンで利用される製品はプロダクトの完成度とエクスペリエンスの両立が必須となってくる。
これはある意味、”Needs”に対応したプロダクトと”Wants”に対応したプロダクトではそこに求められる製品のクオリティに差があり、必要なのはユーザーの目的に合わせたプロダクト品質の追求であるという事である。
従って、ミスやエラーが許されないハードウェア系などの”Needs”追求型プロダクトは、品質重視の日本企業がかなり得意としている部分であり、アメリカや中国の会社が苦手としている部分にもなる。そのようなプロダクトにユーザーに対して最適なエクスペリエンスを施す事が出来れば、Made in Japanのクオリティで世界に勝負する事が出来る様になるであろう。
筆者: Brandon K. Hill / CEO, btrax, Inc.
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