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日本企業がデザイン経営を導入して失敗する理由― “デザイン思考ワークショップ”で終わらせないために ―
「『デザイン経営宣言』とは 単なる宣言で終わらせないための3つのこと」を寄稿してからすでに数年が経つ。
「デザイン経営」という言葉が注目されて久しいが、経産省の提言以降、多くの企業がロゴ刷新やデザイン部門の設立を進めてきたにもかかわらず、実際に経営成果へと結びついている例は驚くほど少ない。
なぜ日本企業では、理念としては理解されながらも、実装の段階でつまずいてしまうのか。本稿では、根本原因と解決の方向性を整理しながら、2025年以降のデザイン経営に求められる視点を考える。
1. 「デザイン=見た目」という根本的な誤解
最初の壁は、デザインを「美しく整えること」として捉える根本的な誤解だ。
本来のデザインとは、顧客の課題を再定義し、解決までのプロセスを設計する思考法である。Appleが革新的なのはロゴが美しいからではなく、顧客体験全体をデザインしているからだ。
「見た目」ではなく「構造」を変える。それがデザイン経営の本質であり、経営のあらゆる意思決定を再設計する発想が求められる。
2. デザイン出身の経営層が不在という構造的問題
日本企業では、いまだに経営サイドにデザイン出身者がほとんどいない。
そのため、いくら現場で優れたデザイン提案や顧客体験の改善が生まれても、経営陣がその価値を理解できず、意思決定のテーブルに乗らないケースが多い。
欧米企業では、CDO(Chief Design Officer)やCXO(Chief Experience Officer)が経営に参画し、事業戦略の初期段階から顧客体験を軸に方針を決定している。
一方、日本では「経営」と「デザイン」が分断され、デザインが装飾的な“最後の仕上げ”として扱われる構造が根強く残っている。この構造を変えない限り、デザイン経営はスローガンにとどまる。
3. 組織構造と評価指標の歪み
日本企業の多くは、縦割りの組織構造と短期的なKPI偏重によって、デザインが本来の力を発揮できない環境にある。部署ごとに目標が分断され、ブランド価値や顧客ロイヤルティといった長期的な成果が軽視されてしまうのだ。
一方、海外企業は「デザインROI」や「顧客体験スコア(CXスコア)」などを経営指標として導入し、デザインを投資として定量的に評価している。
IBMはデザイン思考を取り入れた結果、開発コストを約33%削減し、製品投入までの時間を2倍に短縮したと報告している。AirbnbもCXスコアを活用し、リピート率や顧客紹介率の大幅な向上を実現している。
こうした取り組みが示すのは、「デザインは感覚的な美しさではなく、経営成果を生む資産である」という事実だ。
日本企業が真にデザイン経営を根づかせるには、経営会議のテーブルで語れる“数字”としてデザインの価値を可視化する仕組みを整える必要がある。
IBM – Design ROIによる効果
- 開発コスト:約33%削減
- 製品投入スピード:約2倍向上
- チーム生産性:約75%改善
Airbnb – CXスコアの活用
- 高スコアホストはリピート率が2.4倍
- 高スコア顧客は新規紹介率が3倍以上
- サポートチケット:30%以上削減
参考:
- The Total Economic Impact™ Of IBM’s Design Thinking Practice – Forrester (PDF)
- Airbnb’s Reinvention Through Experience-Driven Growth
- How Design Thinking Transformed Airbnb from a Failing Startup to a Billion Dollar Business
4. マーケティングとデザインの分断が生む機会損失
多くの企業で、マーケティングとデザインは依然として別世界のものとして扱われている。
マーケティング部門はデータ分析を軸にKPIの達成を追うが、その指標はしばしば「数値の最適化」にとどまり、顧客の深層心理や未充足のニーズといった本質的なインサイトを捉えきれていない。
一方、デザインは感性や洞察をもとに新しい価値を創出するが、マーケティング側からは「根拠が曖昧」と判断され、十分な支援を得られないことが多い。この対立構造は、データと感性が融合した真の顧客価値創造を妨げている。
実際、優れたUXやブランド体験はマーケティング成果に直結する。海外では、UXを戦略の中核に据えることでCPA(顧客獲得単価)が大幅に改善したり、顧客ロイヤルティが向上した事例も多い。
マーケティングが“数値”だけでなく“体験”を評価し、デザインが“感覚”だけでなく“根拠”を提示できるようになったとき、両者は初めて相乗効果を生む。
5. 国内市場への依存が視座を曇らせる
少子高齢化が進む日本では、今後の成長は海外市場への展開にかかっている。しかし多くの企業はいまだに国内顧客中心の発想から抜け出せず、グローバルな顧客体験の設計が後回しになっている。
海外の顧客に選ばれるためには、文化・感性・生活様式の違いを理解し、共感を設計する力が欠かせない。
デザイン経営は単なる“見た目の翻訳”ではなく、異なる文化圏の人々と共通言語でつながるための方法論でもある。
6. AI時代におけるデザイン経営の再定義
AIはデザイン領域だけでなく、経営そのものに大きなインパクトを与えつつある。生成AIは制作や分析の一部を自動化し、経営判断の前提となる情報量を劇的に増やす。
だが本質は、「AIをどう顧客課題の解決に取り込むか」という戦略的な意思決定のデザインにある。
AIによって得られる膨大なデータをどう読み解き、どのように体験価値へと変換するか。ここにこそ、経営者自身の創造性とデザイン思考が問われる。AI時代のデザイン経営とは、人間とテクノロジーの関係性そのものを再設計する営みなのだ。
7. 経営を“デザインする”という覚悟を持て
デザイン経営のゴールは、部署をつくることでも、ワークショップを開くことでもない。
それは、経営そのものを再設計することであり、経営者が「問いを立て、顧客視点で意思決定する力」を身につけることが出発点だ。
デザインとは形をつくることではなく、未来を構想する力だ。AIが進化し、産業構造が急速に変化する時代だからこそ、企業の未来を自らデザインできる経営者が求められている。
まとめ:デザインを理解する経営者を増やすことから始まる
デザイン経営の成否は、“経営層がどれだけデザインを理解しているか”で決まる。そしてそれは、デザイナーを増やすことではなく、デザインを理解する経営者を増やすことから始まる。
AIとグローバル競争が進む今、人間らしい洞察と創造性を経営に取り戻すことが、企業の未来を切り開く最大の鍵となる。
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