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デザインの力で、新しい生活様式に安心と喜びを作るコツ:3事例
- 「新しい生活様式」の「身体的距離の確保」に関する制約は、特に我々の心を窮屈にするもの
- 人と人の間にそっと介在することで、心の穴を埋めてくれる体験のデザインがある
- ① 口の見えるマスク:口の動きや顔の表情はコミュニケーションの重要な情報である
- ② C’entro:物理サークルがマスクの代わりとなり、公共の場での心理的・身体的安心感をくれる
- ③ タイのレストラン:レストランと客、双方に嬉しい空間を作り出すのは、店内に居座るパンダ!?
- 我々の新しい生活を解決してくれるのは、ハイテクではなく、共感から始まるデザイン
世界中で猛威を奮う新型コロナウイルス。日本国内では、緊急事態宣言が段階的に解除され始めた。しかし、これで生活が元通りとなるわけではない。「新しい生活様式」が提唱されているように、今後も長期的な視野のもと、我々は経済活動と感染拡大防止の間の繊細なバランスを保ちながら行動することが求められている。
「新しい生活様式」における感染拡大を防ぐための基本の他、日常生活における具体的項目として、買い物、食事、働き方など多岐にわたって実践例が挙げられている。厚生労働省公表の「新しい生活様式」より作成。
人同士の接触機会を減らすには限界がある
こうした新しい生活様式の提言に伴い、それを具体的に実践するために各自治体からガイドラインが発表されている。リモートワークや手洗いの徹底など、中には既に多くの人にとって習慣として根付き始めているかも知れない。
しかし今後これを実行していく上で、我々を悩ませるであろう項目は、身体的距離の確保についてだ。特に課題となるのは、人同士の接する機会を減らすことには限界があること。そして接触が避けられない場面で、周囲との距離感を常に意識しながら行動しなければいけないということだ。
自室で過ごす時間が圧倒的に増えても、特定の場所に行かなければ進められない仕事や学習はまだ多く、身体と気持ちのリフレッシュのためには屋外空間で過ごす時間をゼロにはできない。
また、飲食店やスーパーの買い物は対面で行わなければならないところが多く、デリバリーの機会を増やしたとしても、売り手・運び手・買い手の間には人同士の接点が介在している。これらは自粛期間において多くの人が実感していることだろう。
身体的距離に関する生活様式は、我々の日常生活に特に関係してくる制約だ。これからしばらくは心のどこかで常に窮屈さを感じながら生きなければならないことになる。
人と人の間にそっと介在することで新たな体験を作るデザインたち
このような状況で、企業には何ができるのだろうか。
従来の生活(コロナ前)から「新しい生活様式」への移行は簡単なことではない。行動規制の緩和によって人と人が接する機会が増える状況でも、感染拡大を防ぐ行動を選択していかなければならない。
しかしこうしたなか、人と人との間にそっと介在することで、人の緊張を和らげたり、互いを少しでもポジティブな気持ちにさせてくれるデザインが世界中で生まれている。我々の抱える課題を解決し、人と人の間に新たな関係性を作りながら今までにない喜びや体験を生み出していく、そんなデザインがある。
本稿ではそれらを「安心と喜びを作る体験のデザイン」として考察し、人々が新しい生活様式をより良く生きるために、企業や公共サービスが提供すべきことのヒントを探ってみたい。
1. 装着したままでも表情を届けられるマスク
1つ目は、コロナ禍において全ての生活者の必需品となったマスクに関するデザインだ。
「新しい生活様式」では、外で人に対面する際には、互いにマスクをしなければならない。しかし、人に会うときは、何かしら用件があるもの。
言葉数を最小限にしてやりとり済ませようとするのは互いに良い気がしないし、かといってマスクを外すのもそもそもの飛沫感染を防ぐというマスクの意味がなくなってしまう。
マスクをしているとコミュニケーションがとりづらい。そんなモヤモヤを解消してくれるのが「相手の表情や口の動きが見えるマスク」だ。口の部分に透明な素材を使うことで、マスクを付けた状態でも相手の表情や口の動きが見て分かる。
アメリカの大学生がこのマスク開発のために実施したクラウドファンディングプロジェクトでは、3,387ドル(約37万円)の資金が集まった。
(一部に透明なパーツを使ったマスクは以前から販売されていたが、マスク品薄の影響を受けて満足に流通しない中でクラウドファンディングが実施され、注目を集めた。)
このマスク誕生のきっかけは、聴覚障害者は相手の口の動きが見えないと会話が困難になるということに着目したことだという。これまで私たちが当たり前のように使っていた不透明なマスクは、日常の会話に困難を抱える人々にとっての貴重な情報を遮断してしまっていたのだ。
少数派の人の悩みが、世界を変えるイノベーションの出発点になる
このマスクのさらに興味深いところは、聴覚障害を持たない人々にとっても、マスク着用時の課題に気づかされること。教育現場や、接客、役所の窓口対応など、互いにマスクを付けたまま会話をすることは「新しい生活様式」として既によく見られるシーンだ。
そうした場面では、相手の言葉がはっきり聞こえないために何度か聞き返したり、的確に言葉を伝えたいという気持ちからマスクを外したくなることは誰もが経験していることではないだろうか。
そんな時にも、自分の表情や声をしっかり相手に届けられるマスクは大いに活躍する。装着することで互いの安心を担保しつつ、会話が必要なシーンでは表情から視覚的に自分の気持ちを相手へ伝えることもできる。
今回のクラウドファンディングが原型となり、今後の「コミュニケーションの場に適したマスク」が様々なシーンで、多くの人々から愛されるものとして使われていく可能性を強く感じさせられる。
2. 公園での時間を互いに気兼ねなく楽しむためのデザイン
外で過ごすのに最高の季節がやってきたというのに、公園やビーチへ出かけるときのワクワク感は素直に味わえなくなってしまった。広い空間に出かけても、常に周囲と互いの距離感に気を張りながら過ごすことになる。心身ともに解放的になりたかったはずなのに…。
次に紹介するのは、イタリアの建築家集団SBGAが考案した「C’entro」だ。これは、コロナ禍でも屋外の公共空間でリフレッシュしたい人たちが、ソーシャルディスタンスを自然に保ちながら繋がることのできるプロダクトだ。
(SBGAコーポレートページより)
C’entroはガラス繊維でできた棒が連なったフレームで、大きな虫眼鏡のような形をしている。広げると直径2mになる輪の中には、大人2名までなら余裕を持って寝そべることができる。
外側には周囲の人がとるべき距離の目安である1.5mの棒状のパーツがついており、その形状とカラフルな色彩によって、周囲の人がとるべきソーシャルディスタンスを視覚的に伝達し合えるというわけだ。
(手で簡単に畳むとサイズは80cm x 10cmまでコンパクトに。重さは500gなので誰でも手軽に持ち運びが可能だ。)
平時であれば、自分の周りにガラス繊維を並べた以上の意味は感じられなかっただろう。しかし常に他者との距離感を意識しながら行動を判断しなければいけない日々では、この色鮮やかなフレームが敷かれることによって、公共空間に「安心できる空間」を生み出すことができる。
屋外でマスクを外せる喜びが生まれる
その安心は、個人がそれぞれ感じられるものだけではなく、そこで過ごす周囲の人々と与え合うことができるものであり、互いの心理的負担が軽減できるようになるのだ。
そしてさらに、C’entroの中ではマスクを外して過ごすことも可能だ。公園での束の間のリフレッシュ時間を楽しみたい人同士は、この共通アイテムがあることによって、身体的な距離を保ちながらも自然と会話を楽しめる。
公共空間をシェアする際、人との間に壁を作ることなく、安心と同時に心地よい時間を分かち合うことができる、そんな体験がデザインされているプロダクトだ。
3. 身体的な隔離を感じずに店内飲食を楽しむためのデザイン
最後に紹介するのは店内での飲食に関するデザイン。「社会的距離を保ちながら、いかに客が店内での飲食を楽しむことができるか?」という課題に対するソリューションだが、それが「パンダのぬいぐるみを座らせただけ」だったのがなかなか面白い。
多くの飲食店では、感染予防と売上確保のジレンマに挟まれている。人が店内に密集しない状態を作るためにテイクアウトやデリバリーの機会を増やしたり、客席数を減らしたり、あるいは換気や消毒を徹底するなど、様々な工夫をしながら事業を運営している。
しかし、「新しい生活様式」に準拠しても、今はまだ店内飲食の受け入れを手放しに喜べる状態ではないだろう。また、飲食をする側の気持ちとしても、心から食事を楽しめる時間には至らないのが現実だ。
そんな中、タイにあるベトナム料理屋が始めたのが「客が座る席の正面には、パンダのぬいぐるみを座らせておく」という取り組み。食事中も客同士が十分な距離をとれること、また自分がどの席に座るべきかを一瞬で判断できるという点から好評なようだ。
(タイのベトナム料理店内に座るパンダ。席によっては透明のアクリル板も併用しているという。)
客席へ自然に誘導し、店内の空気を和らげてくれる
おしゃべりは控えめにする、大皿は避けるなど、屋内での食事に課せられた新生活様式は、どうしても「感染拡大を防ぐためのもの」という意味合いが強かった。飲食業と客、双方が守らなければならないこととして、互いに不自由さを感じさせざるを得ない。
一方、このパンダには注意書きが丁寧に書かれているわけでもなければ、来客が遠ざかりたくなるような気持ちにさせるわけでもない。客を、座るべき席へ自然に誘導し、店内の空気を和らげる役割を担っている。
「食事を通じて、人に喜びを感じてもらうこと」は、多くの飲食業の方々が思い描いている願望であろう。たとえ障壁が多い状況でも、このように人と人の間に介在するものを、両者の気持ちに寄り添うものへと工夫することによって、その実現が可能になっていくのだ。まさにこのパンダからはそんな可能性を感じさせられる。
必要なのは「共感」と「アイデア」
ここまで、コロナ禍を機に生まれたデザインを紹介してきた。どれも技術的に真新しさがあるわけではなく、どちらかと言えばローテクに分類されるものだ。しかし、これからの私たちの暮らしに安心と喜びを与えてくれる可能性を感じさせてくれるものではないだろうか。
我々が新しい生活様式に適応できるようになるまでは、常に心のどこかで窮屈さを感じながら生活を送ることになるかもしれない。会話の際にマスクが障壁となったり、公園で気分転換をしたくても周囲の人との距離を常に気にかける必要がある。さらには、食事を味わうことよりも予防することに意識の多くを割かれてしまう、など。
しかし、人の気持ちに寄り添うアイデアがデザインされることによって、身体的な距離を保ったままでも、相手との心の距離は縮められる。困難な環境下でも、私たちは周囲との間に新たな関係性を築きながらより良く生きていくことができる。これまで紹介したのは、そんなデザインの一例だ。
また、こうしたデザインへの近道は、やはり「共感」にありそうである。周囲の人の行動を見て感じたり、あるいは自分の経験から得た、ちょっとした違和感や好奇心こそが良い出発点になる。
そしてこうしたデザインの考え方から生まれたモノやサービスが増えていくことで、「新しい生活様式」に戸惑う人々が、上手に適応していくことができるのではないだろうか。
「新しい生活様式」を受けて、企業や組織として何ができるかは既に多くの方々が考え、行動に移していきたいと望んでいることだろう。
そんな時こそ、デザインが得意とする考え方が活かせる機会はたくさんある。そこで重要になるのは、近くの相手の気持ちに共感すること、そこから共感をベースにした体験を作ることだ。
btraxは、今後も「人々のより良い生活を作る」チャレンジをサポートしていきたいと考えている。安心と喜びを生み出すデザインの考え方、生活者への共感を出発点にしたサービス開発に興味をお持ちの方々は、ぜひこちらからお問い合わせを。
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