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コーポレートイノベーション 〜日本企業のサンフランシスコでの挑戦〜
前回ご紹介した「日本企業にイノベーションをもたらす次世代リーダーを育てる秘訣」では、イノベーションを起こすのも受け入れるのも人だという観点から、イノベーションについて考え、デザイン思考・人間中心的デザインのマインドを持って潜在的ユーザーのニーズや課題の核心を定義し、独自の解決策をサービスとして作っていける人材を出来るだけ社内で増やすために弊社ではサービスを提供しているとお話しした。
そこでみなさんが気になるのは、実際に参加された日本企業の方々がどのように変わったのかというケーススタディであろう。誰だって自分のやったことがないこと、周りの人も知らないようなことをやるのは用心したく、懐疑的になりたくなる。特に数字で成果の見えにくい、また短期間では成果が測りにくいようなものだと尚更だ。
日本企業のプログラム参加モチベーション
プログラム提供を開始してからはや3年。この3年間を通して、B2Cの大手メーカーからB2Bのシステムコンサルティング会社まで様々な業種の企業から参加いただいた。
最初にお話をお伺いしてから徐々に期待値を設定したりプログラムを少しカスタマイズしていく中で出てきたニーズや期待値をランキング化してみると以下のようになる。
- 次世代リーダー育成
実践を通じて学びイノベーションに向けて行動が起こせる人材の育成を目指したい。 - ベイエリアでの情報収集
破壊的イノベーションが次々生み出され息づいているサンフランシスコに身を置き、最新のサービス・プロダクトに触れたり、スタートアップの人と交流してネットワークを広げる。 - 新規サービスの種作り
プログラムを通じて作り上げたアイディアのコンセプトをアメリカの地でバリデーションしてうまくいけば日本に持ち帰って開発を続ける。もしくは気が合いそうなスタートアップを見つけ、目を付けてくる。
Innovation Boosterの最大の特徴は「デザイン思考の実践型学習」と「本社から離れてサンフランシスコで活動する」ことの2点である。これによって上記の3つのニーズを満たすようなプログラムが成立している。
ここからひとつひとつ結果がどのようになってきたのかを見ていきたい。
次世代リーダーの育成
まずは、「偉大なイノベータが持つ5つの発見力」で紹介した5項目に沿って具体的に参加者にどのようにマインドセットの変化が起きたのかということを紹介したいと思う。
発見力1:関連付け思考力(Associating)
一見関係のないと思われている質問や問題、違う分野同士のアイディアを関連付けることのできる思考力のことを関連付け思考力と呼ぶ。
日本からサンフランシスコにやってきた参加者たちは、人種や宗教の多種多様な人たちの作り出す文化に触れて新しい視点で気付くことは山ほどある。また、大企業とスタートアップの違い、日本語と英語の違い、イノベーションやデザインに対する考え方や取り組み方の違いにも発見が絶えない。また、日本ではエンジニアだが今回のプロジェクトで初めてユーザー目線のサービスを考えるということに挑戦した人もいた。
そうやって、自分の分野とは一見すると違う分野の情報に対しても積極的に触れることで、全く新しい視点から今までやっていたことを見ることができるようになる。
発見力2:質問力(Questioning)
「マネジメント」の発明者であるピータードラッカーが50年以上前に刺激的な質問の力について、抱いた疑問が本質でなければ、当然それによる解も本質ではないことが多い。しかし核心を突いた疑問を持つことができたなら、その疑問を解決したときその答えがイノベーションの種となる可能性をもっていると説いた。
文化の違いかもしれないが、日本人は多くの場合単刀直入な質問は失礼だと捉えられるのでそもそも初対面の人に根掘り葉掘り質問することはしない。しかし、サンフランシスコの人たちは “Why did you start your company?” などとてもまっすぐな質問をぶつけあってはそれについて議論している。なぜ(WHY)という質問を何に対しても問いかけ、考えられるようになると、ユーザー自信も口にはしないような真のニーズや課題の本質を突き止められる可能性が高まる。
参加者の中にも最後は子供のように「何でなんですかね?」と何においても好奇心と疑問を持って質問が出来るようになる人がほとんど。頭の使い方は鍛えるものでもあるので、ぜひサンフランシスコの地の利を生かしてトレーニングして欲しい。
発見力3:観察力(Observing)
ただ真似をするのでは、オリジナル以上のものを作ることはできない。観察を重ねることで、他人の能力を自分自身に吸収し自分の能力と組み合わせることで、オリジナルを超える可能性を手に入れることができる。破壊的イノベーションはこの観察力がキーとなって起こされるのではないか。
これはオフィスに閉じこもっていては達成され得ない。我々も度々フィールドワークに行き、自然なユーザーの行動を観察したり、実際に声をかけてインタビューしたりを繰り返す。始めは発見の数が少なかった参加者も、徐々にフィールドワークや日常の街の中を見て発見したことをシェアしてくれる数が増える。
朝にプログラムを始める前に朝会と言って昨日今日であった発見をシェアする時間を設けると、「バスに乗っていたお兄さんがこんなガジェットつけていて声かけたら…」など発見をストーリー調で楽しそうに教えてくれる。小さなことのように思えるが、この積み重ねが大切であり、アイディアの発想を豊かにしてくれる。
フィールドワークや日常から得られたインサイトを元に、Problem Ideationといって課題やニーズが何かを考えることをまず行う。そこで出来る限り多くのアイディアをだし、グルーピングして、それぞれの課題・ニーズに対してのSolution Ideationを行う。このSolution(解決策)こそがサービスのアイディアの種になる。こちらもまずは「質より量」の精神で出来るだけ多くのアイディアを出し、そこから様々なフレームワークを使ってアイディアを絞り込み、形にしていく。
いつも上下関係のある会議に慣れている方は自由奔放なアイディアの出し方に切り替われず苦労することもあるが、多くの場合3人チームで30個ものサービスアイディアが飛び出してくる。
発見力4:実験力(Experimenting)
私はまだ失敗していない。ただうまくいかない方法を1万通り発見したのである。と言ったのはトーマス・エジソン。実際にサンフランシスコでもリーンスタートアップの考え方から、デザイン思考・ユーザー中心的デザインで作ったプロトタイプでユーザーの反応を伺い、検証し、そこから得られた反省点から次なる仮説をたて、プロトタイプを再度作成する、という流れを繰り返す。
30個もでたサービスアイディアを絞り込むにはいろいろなセオリーはあれども最終的には「チームが何に一番情熱を感じるか」である。迷っている時にかける言葉は「自分のこの先5年間を投資するとしたらどのアイディアを選ぶ?」という問いだ。スタートアップのファウンダーたちはそのくらいの意気込みで挑んでいる。大企業という守られた傘の下にいることを一旦忘れてアメリカでスタートアップと肩を並べて挑戦をしていることを感じる一コマだ。
そうして練り上がったアイディアをテストしたい項目とステージを決め、プロトタイプを作っては自分たちで試したり、街に繰り出していって通りすがりの人に足を止めてもらい意見をあおいだりしてたくさんのフィードバックを集める。ここもまた勇気のいる場面が多く始めは自分で言語の壁を感じて尻込みしてしまうケースが多いが、そのうち慣れてきて、絵を使って説明したり、つたない英語でも身振り手振りでコミュニケーションをとっている勇ましい姿を見せてくれる。この苦労と努力の分、学びも多い。
ステージが上がってくるとプロトタイプの質も上がり、実際のターゲットユーザーに近い人たちにアプローチしてインタビューやフォーカスグループを行う。ここではより深く質問がしやすいため、普段のビヘイビアや思想からのニーズの分析や、サービスのバリューが伝わるかどうかまで試すことが出来る。
中には立てていた仮説とユーザーのニーズが合わないことが発覚する場合や、新しい使い方や機能のアイディアをもらえるケースもある。やはり早い段階で試して修正することが最終的にどれだけリソースやコスト削減に繋がるかが実感できる。
発見力5:ネットワーキング力(Networking)
多様な背景を持つ人々とのネットワークを通して、アイディアを見つけたり、アイディアを説明してフィードバックをもらうことに時間や労力を使うことで劇的に違う見方を身に着けることができる。
日本から来られる方々は何枚名刺交換が出来るかがKPIになっているようなケースもあるが、ベイエリアでのネットワーキングは「表敬訪問」は敬遠されてしまう。お互いに何かメリットがあう場合や共通のゴールがある場合のみネットワーキングが成立する。
アメリカではよく “What do you do?” と聞かれるが、日本人はほとんど自分の会社が何をやっているかを話す。そうすると「君自身はどんな仕事をしてるんだ?どんなことが面白い?」などとつっこんで聞かれる。自分のスキルやプロフェッションを軸にキャリアを作り上げていくアメリカらしい一面だ。
Innovation Boosterではフィールドワークやイベントに参加して出会った人やスタートアップで働く人、最後のピッチイベントに招待した人と主にネットワーキングしてもらっている。スタートアップのコワーキングを訪問するさいは実際にスタートアップの人からエレベーターピッチを何件も受け、新たなリーチが広がるパターンも。3ヶ月のプログラム中にLanguage Exchange Meetupに参加して現地の友達を作る人もいる。
大事なのは相手に興味のありそうな話題を提供し、相手にも質問をし、お互い刺激をうけあうこと。必ずしもビジネスに関係していなければならないわけではないが、何かが必要な場合は手を差し伸べ、お互いwin-winの関係が出来れば上出来だ。
ワンタイムでのネットワークにならないように、日本に帰国してからも関係を続けていくのは至難の業である。そこで弊社ではInnovation Boosterの卒業生の会と題して、”Innovation Booster Alumni Meetup”を東京で開催している。サンフランシスコのスタッフがフレッシュな情報を持ち帰ってお伝えしたり、他者の参加者との議論を交わしながらサンフランシスコでの学びを振り返り今後につなげるアクションを考える。
実際に来て、自分の目で見て足で歩いて実感する情報量は格段に違う
Innovation Boosterにおけるニーズや期待値の2つめはベイエリアでの情報収集だ。日本にも最近ではいろいろなネットメディアやついにテレビを通じてシリコンバレー・サンフランシスコのイノベーションの起きやすいエコシステムについて報道がされるようになってきたので情報を知っている人は多いかもしれない。しかし、実際に来て、自分の目で見て足で歩いて実感する情報量は格段に違う。
実際にネットで知っていたサービス(Uber, Airbnb, PayPalなど)を3ヶ月滞在する間に日常のように使ってみると、もう手放せない!という感覚に陥るほど、破壊的イノベーションの威力を実感したという参加者が多い。
しかしふと日本に帰って思い返してみると、Uberなどいらないほどタクシーや公共交通網が便利。日本は豊かで便利すぎて平和ボケしているのかもしれない。世界に影響を与えるような破壊的イノベーションの種はある程度Problemが見つかりやすい環境に身を置いた方がいいのかもしれないという意見もあった。
また日本には情報として入ってこないような新しいスタートアップやインキュベーターとのネットワーキングを通じて最新情報や、その渦の中にいる人の感覚を吸い上げるのもサンフランシスコでしかできない。
ニューヨークやLAと違って、アプリからFinTech、BioTechなど多岐にわたる業界のスタートアップが混沌と存在し、切磋琢磨しあっているサンフランシスコは特別なのである。
何よりも、失敗して学び、価値を考え直してピボットすることこそが真の学び
Innovation Boosterにおけるニーズや期待値の3つめは、新規サービスの種作りだ。日本でも様々な方法で新規サービスのアイディアは考案されたり、技術開発によって自然と新規製品の企画が進んだりすることもあるだろう。しかし、もっと効率よく、しかも世界に通用するであろうアイディアの種を巻くことは出来ないだろうかと人は考えるものだ。
はっきりといって、成功が約束されたアイディアを作り出すことは誰にも出来ない。よくInnovation Boosterではいくつ製品化に成功してユーザーがついていますか?との質問をうけるが、そもそも製品化して売れることばかりが成功ではない。また1年やそこらで結果がでるものは少ない。何よりも、失敗して学び、価値を考え直してピボットすることこそ真の学びで、成功への近道だ。
Innovation Boosterでは実際に新規サービスになりうるアイディアを山ほど考えたり、その中から絞って熟成させてみたりする。それだけではなく似たような業界のスタートアップとの交流を通じてどこにどんな種をまくのが流行で、実際にそこに植えるとどうなっていくのかが垣間見える。これだけでも十分未来への種まきはできていくのだが、何よりも一番重要な種は参加者のマインドセットの変化によって彼らの心に植わったイノベータースピリットの種だ。
実際にAlumni Meetupで数ヶ月ぶりに会うと、最近の自分の動向やフラストレーション、夢を溢れ出すように語ってくれる人ばかりだ。これは我々にとっては何にも代え難い嬉しいことで、次世代のリーダーとしてマインドセットが変わった証拠だ。変わったというよりは「進化した」という表現の方が前向きで合っているかもしれない。
そんな彼らのこれからの取り組みを我々も遠隔からの情報提供やAlumni Meetupでの議論で支えていきたい。
P.S. 実は大事なのは意思決定者のコミットメント
上記で語ってきたようなInnovation Boosterの参加者の進化が結果として得られたのは、何よりも企業の意思決定者のコミットメントが欠かせない。日本企業の構造上の問題で、出来るだけトップクラスの意思決定者と敏腕の中間層マネジメントの方の理解がなければ、間違った期待値でプロジェクトが路頭に迷ってしまったり、帰国後も参加者が体験してきたことを広める場が与えられない。
過去にご参加いただき、今もリピートしてご利用くださっている企業の方々は、トップの方が「マインドセットの重要性」と「失敗から学ぶ重要性」をご理解くださっており、どんどんやってください!と心強いお言葉まで頂くこともある。
日本企業がまた勢いをもり返し、世界で活躍できるよう、我々も精進していく次第ですので、ご興味がおありの方はお気軽にお問い合わせください。