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一人の男が放ったメッセージが今、世界を動かし始めた
BLM (Black Lives Matter)。日本でも少しずつ浸透し始めたキーワード。アメリカにおける黒人差別を無くそうという活動を通じて発せられるメッセージである。
首都のワシントンD.C.やシアトル、サンフランシスコのストリートに黄色の文字がペイントされたり、各地のデモでプラカードを掲げたりして、多くの人への認知活動を広めている。
この活動は、アメリカだけでなく世界各地にも広がり、これまでの差別・虐待の歴史や現状に対しての理解が高まったり、状況の改善に繋がるような施策が始まったりもしており、人類にとってもその価値は非常に大きい。
一人の男が自らの信念を貫いた
今でこそ多くの人々からの支持を得ているこのBLMムーブメントであるが、2016年にも黒人差別問題に対して一人のNFL選手が静かな、しかし、とても強力なメッセージを発信していたことはあまり知られていない。
彼の名前はコリン・キャパニック (Colin Kaepernick)。当時サンフランシスコ・フォーティナイナーズのクオーターバックとして大活躍をしていたスター選手だ。
その彼が2016年8月26日に行われたプレシーズンマッチで試合前の国歌斉唱でベンチに座ったまま立ち上がらず、起立を拒否した。その理由を「黒人や有色人種への差別がまかり通る国に敬意は払えない」と語っている。その具体的な原因は、相次ぐ警官の黒人対する暴力だとされる。
アメリカでは、スポーツの試合を含む様々な採点で必ずと言って良いほど星条旗が掲げられ、国家斉唱が行われる。
そこでは、会場にいる全ての人が立ち上がり、帽子を脱ぐのが常識とされている。特に選手という立場で起立しないことは考えられない。
だから当然、彼のこの行動は大きな物議を醸し、彼の元には殺害予告が届くまでに発展した。
しかし、次の試合からも彼はひざまづく姿勢を貫いた。そして、それに賛同する他の選手も同じポーズを取り始めた。ピーク時には実に200人の選手が国歌斉唱時にひざまづく、座る、拳をあげるアクションで抗議を示した。
彼のこの態度に対してトランプ大統領が激怒
キャパニック選手のこの行動に対して激怒したのがアメリカ大統領のドナルド・トランプだ。彼は「星条旗を冒涜し、アメリカの伝統に泥を塗るようなバカ野郎はクビだ!」と荒ぶった。そして「多くのNFLオーナーは私の友人だ」とも付け加えた。
ちなみに、イギリスの調査会社YouGov (英語版) の調査によると、全体では国歌斉唱時に起立しなかったことに賛成しているのは29%にとどまり、69%が反対だった。しかし、黒人に限ると72%がキャパニックの抗議に賛成する一方、反対は19%となった。
その後、NFLは選手会の反対を押し切り、2018年5月に、国歌斉唱時の起立を事実上義務化した。
キャパニックはチームを早期離脱
この騒動が発端となり、キャパニックは申し分ない成績だったのにも関わらず、2016年シーズン終了後チームとの契約の早期終了を選択し、フリーエージェントとなった。一説にはチームを実質上クビになったとも言われている。
彼を雇ってくれるチームはなかった
フォーティナイナーズを離脱し、フリーとなったキャパニック選手。それまでの輝かしい成績をもってすれば、すぐにチームが見つかると思われた。しかし、どのチームも彼を雇おうとはしなかった。
一度、シアトル・シーホークスが彼を合同練習に招待したことで期待されたが、結果として明らかに実力の劣る他の選手を選択した。
それでも、キャパニックはその後も人種差別撤廃への活動を続け、これまでに100万ドル以上を寄付している。
Nikeが「浪人」の彼を広告に起用
しかし、その後世の中を大きく驚かせることが起こった。なんと、2018年にNIkeが彼を広告キャンペーンに起用したのだ。どこのチームとも契約ができない状態、イコール現役ではない浪人選手を起用するのは通常、ありえない。それも彼が採用されたのは、“Just Do it”の30周年キャンペーン。
このキャンペーンにて、モノクロのキャパニック選手の顔写真の上に書かれたメッセージは
何かを信じろ。
例えそれが全てを犠牲にすることだとしても。
”Believe in something. Even if it means sacrificing everything.”
一部ではアンチNikeキャンペーンも
このメッセージを気に入らないとした人々が、ネット上にNikeのスニーカーを燃やす動画をアップしたり、Twitter上でNikeをディスるハッシュタグを使ったキャンペーンを行ったりした。それも影響したのかキャンペーンリリースの翌日には、Nike社の株価が3.2%下がった。
ドナルド・トランプも”What was Nike thinking? (Nikeは何考えてんだ)”とツイートした。このブランドキャンペーンは失敗に終わったかと思われた。
しかし、数日後にはNikeのオンライン売り上げが25%アップ。ブランドの発するメッセージに共感した消費者が商品を買い始めたのだ。
俳優のニック・キャノンは、大量のNikeの商品を買い、ホームレスに与えた。一見世の中へのインパクトを重視したキャンペーンだったが、結果的にはビジネス的にも成功した。
フロイド事件で再び注目を浴びる
このキャンペーンの約2年後の2020年6月、ミネアポリスにて警察官によるアフリカ系米国人の暴行死事件が起きた。この事件がきっかけに、冒頭のBLMをはじめとした多くのデモやプロテストが世界各地に広がった。
アメリカ各地でこのデモは一週間以上も続き、警察との衝突も発生した。その一方で、デモを無理に鎮圧するのではなく、自分たちも賛同する警官も出てきた。都市によっては、警察署長自らがひざまづくことで賛同の意を表明した。
そう、これは4年前のコリン・キャパニックがとったのと同じポーズである。
NFLが謝罪
そしてついにNFLから「謝罪」ともとれる声明がTwitterを上で発信された。2020年6月5日、ロジャー・グッデルコミッショナーは、「かつて私たちがNFL選手の言葉を聞かなかったのは間違っていた。我々は、全ての人が発言し平和的に抗議することを応援します」とのツイートを行った。
具体的な選手の名前や事例は明記されていないが、恐らくこれはキャパニック選手による抗議のことと理解して間違いないだろう。
We, the NFL, condemn racism and the systematic oppression of Black People. We, the NFL, admit we were wrong for not listening to NFL players earlier and encourage all to speak out and peacefully protest. We, the NFL, believe Black Lives Matter. #InspireChange pic.twitter.com/ENWQP8A0sv
— NFL (@NFL) June 5, 2020
Mediumがコリン・キャパニックを社外取締役に
2020年6月18日には、Twitterの創業メンバーであるエヴァン・ウィリアムズがCEOを務めるサンフランシスコのスタートアップ Mediumは、コリン・キャパニックを社外取締役に迎え入れることを発表した。
パブリケーションプラットフォームをを提供する彼らの狙いは、より差別のない中立な情報配信を実現すること。多くの主要メディアが、まだまだ偏った報道をしているのに対して、Mediumは、キャパニックをチームメンバーの一員とすることで、中立性の実現に少しでも近づくことができるだろう。
信じているのであれば、ブランドメッセージは大胆に
我々がコリン・キャパニックの信念から学べることは何であろうか?おそらくそれは、本当に信じていることを見つけ出し、恐れずにそれを発信すること。
大きな企業になると特に”安全な”ブランドメッセージに落ち着きがちである。
しかし、本当の意味で支持者を増やしたいなら、Nikeが行ったように、耳障りの良いメッセージばかりではなく、時には世の中に対してチャレンジするような姿勢も必要になってくるだろう。
時間はかかるかもしれないが、そのアクションはいつか必ず誰かに伝わり、世の中を動かしていくだろう。
アメリカンフットボールのスター選手として活躍してた一人の男が、全てを失う覚悟で貫いた信念のように。
AppleのThink Differentの続編とも取れるこのNikeのCM。本当に素晴らしい。
“The people who are crazy enough to think they can change the world are the ones who do.”
に対する
"Ask if it's crazy enough."
のコピーもね。 pic.twitter.com/GE1IGpnDXm— Brandon K. Hill | CEO of btrax 🇺🇸x🇯🇵/2 (@BrandonKHill) March 16, 2024