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大企業におけるイノベーションラボのリアル −パナソニックとライオンの事例より−【DFI 2019】
- 大企業ならではのアントレプレナーシップの育て方、評価の視点がある
- 「共感」は、新規事業や新しい価値を生み出し広げていく際にもキーワードとなる
- スタートアップ的マインドセットと、大企業という大きな組織内でのバランス感覚が重要
btraxでは、毎年デザインと経営の融合をテーマにしたカンファレンス「DESIGN for Innovation」を開催し、今年で4年目を迎えた。本記事は、当日のセッションのうち、パナソニックの深田昌則氏とライオンの宇野大介氏をゲストスピーカーとしてお招きしたセッションを基にしている。
実際に社内でどのようにイノベーション組織を立ち上げプロダクト・サービス開発作りに取り組まれているのかお話を伺った。
お二人とも大企業の中で独自のイノベーション組織を構築し、日本の大企業のイノベーション構築の最前線で活躍されている注目すべき存在であり、この記事でもセッションの内容を抜粋して紹介したい。
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ゲストスピーカーのご紹介
深田 昌則 パナソニック株式会社 / アプライアンス社 Game Changer Catapult 代表
パナソニック株式会社にてAV機器のグローバル・マーケティング、オリンピックプロジェクト・リーダーを担当後、パナソニック・カナダにて市販部門ディレクターを担当。帰国後、2015年よりアプライアンス社にて海外マーケティング本部新規事業開発室長。2016年に新規事業開発アクセラレーター「ゲームチェンジャー・カタパルト」を創設し現職。2018年米系ベンチャーキャピタル、㈱INCJと合弁で事業開発支援会社㈱BeeEdgeを設立し取締役を兼務。神戸大学経営学研究科 2017年修了(MBA)。
宇野 大介 ライオン株式会社 / 研究開発本部 イノベーションラボ 所長
1990年ライオン株式会社入社。歯磨剤の開発、クリニカブランド ブランドマネージャー、オーラルケア製品の生産技術開発を担当。2018年より、イノベーションラボ所長。ライオンが掲げる「次世代ヘルスケアのリーディングカンパニー」を目指し、新規事業の創出をミッションとする新組織を率いる。現在、未経験の領域に挑戦する試行錯誤、一喜一憂の日々を送る。
成果を生み出すためにどのような組織で活動に取り組んでいるか?
金子(btrax,Inc. モデレーター):両社とも大企業でありながら独自のイノベーション組織を構築して様々なプロトタイプを発表されており非常に進んでいる印象がありますが、どのような組織を構築して活動されているのか、また活動を推進していく上で心がけていることはありますか?
深田氏(以下敬称略):私が始めたのは、2016年に「Game Changer Catapult」という新規事業を生み出すプラットホーム活動です。企業内アクセラレーターとして新しい価値事業を生み出す、加速する実行型イノベーションアクセラレーターとしてこのような活動を始めました。
我々のミッションは「未来のカデンをつくる」。このカデンというのは、我々が従来行ってきた家電製品だけではなく、暮らしの様々な悩み事や困りごとを解決していくサービスやコンテンツ、体験作りも含めた事業です。これを実現するために、社内外の多くの方々との共創の場を作り、さらに新しい製造業の形の模索ということをやっております。
今まで3年間やってきた中で、本当に事業になりそうなものは実証実験を行い、同時に会社組織のようにして実際に2社立ち上げた実績もあります。まだ実証実験中のものだと、例えば先日おにぎりロボット「OniRobot」は、バンコクと渋谷で実証実験を行い、新橋では実際におにぎりのお店を開き検証を行いました。
社内起業家育成プログラム、新規事業開発プログラムと位置付けており、新しいアイデアをどんどん世の中に出していき、本当の事業に仕上げていくことをやりたいと思っています。しかし、これを実際に社内で事業化しようと思うと、なかなか社内のマネージメント層が決心できないケースが多い。
そこで、「株式会社BeeEdge」という合弁会社を外に作り、パナソニックがマイノリティー出資する仕組みにし、さらに、社長に元 DeNA の会長の春田さんをお迎えし、社外から攻めるというやり方をしています。また、利益を上げている事業部からお金を借りるのではなく、自分たちで VC にお金を出資して頂く仕組みを導入しました。
我々の活動は、20世紀型の仕組みから21世紀型の仕組みに変えていくことですね。業績評価や目標管理による成果というよりも、パッションやモチベーションによる成果作りにトライしていきたいと考えています。
宇野氏(以下敬称略):私は1990年にライオンに入社し、ほとんどのキャリアで歯磨き剤の開発をやってました。去年の1月に「イノベーションラボ」ができて、それからその組織の立ち上げをやってきました。
会社全体も、次世代のヘルスケアのリーディングカンパニーという目標を立て、お客様の習慣をリデザインしていこうという想いでやっています。
その中の1つ、象徴的な部門としてこのイノベーションラボが生まれました。ビジョンは、変わり続けていくこと。驚きをお届けして笑顔の輪を広げていく。そのために次世代ヘルスケアのソリューションを作っていくこと。
この実現のために大切にしているのは、失敗を新たな学びを得る機会として尊重すること。そして、色んな人と繋がって成功していくことです。
実際に取り組んでいる例として口臭を測定するアプリを挙げます。ガイドに合わせて舌の写真を撮影すると、口臭のリスクを教えてくれる。このアプリを使ったサービスを展開してビジネスができないかと考え、色々なところと組んで実証実験をやっています。
もう1つは京セラとライオンでソニーのアクセラレーションプログラムを使って作った「Possi」です。子供の仕上げ磨きをする歯ブラシですが、骨伝導の技術を使って歯が磨いている時だけお子さんの脳内に音楽が流れる仕組みです。先々月までクラウドファンディングを行い目標額を達成しました。
また、新価値創造プログラムNOILという社内のビジネスコンテストを展開しています。こちらも今月ようやくファイナリストが決まり、来年から本格的な事業化に向けて検討していく予定です。
それ以外に、他社と共同で「point 0 marunouchi」というシェアオフィスを作っています。ただのシェアオフィスではなく、各社がソリューションを持ち込んで実証実験ができる場所にしていくことが目標です。
イノベーションに挑戦する人材をどのように育成しているか?
金子:人材育成の面について伺います。先ほど深田さんからパッションというお話がありましたが、若い人材をどう育成していくことについてお考えはありますか?
深田:起業家・アントレプレナーを育成できるのかという議論は常にありますが、素晴らしいアントレプレナーが社内にいるかといえば、現実問題難しいかもしれないですよね。しかしだからといって、社内の人たちが全員ダメかというとそうではない。実際にやってみたい人は沢山いるんですよね。やりたい人が自らそのパッションを持って集まってもらうことが大事かなと。
一般的な知性を持ち、やる気さえあれば、スタートアップのアントレプレナーは生まれてきます。そこを丁寧に掬っていきながらやる。
徐々にアントレプレナーシップを育てていく
あとは、元々サラリーマンとして入った人たちなのでどうしてもいきなりアントレプレナー的な意識を求められるとメンタル的に辛い時もあります。そこは卒業生も含めた「カタパリスト」のようなネットワークを作って、成功例も失敗例も見せる形でやっています。
金子:他の企業の方から、若手でイノベーション活動に取り組んでいても現業があってなかなか他に集中できない、あるいは途中で燃え尽きてしまうという話を聞きますが、仕組みとして工夫されていることはありますか?
深田:本業の時間の25%をカタパルトの活動に充ててもいいというルールはありますが、そのような時間の考え方というよりも普段から新しい活動に参加する意識を持つことが大事です。
このようなイベントに集まることもそうですし、そこで得たものを社外に発信していけば、アントレプレナー的な気質が自らの中に生まれ、その中で気が合う人たちが集まって新しいことをする動きが必ず生まれてくると思います。そのタイミングで躊躇せずに、言い訳をせずにやることが大事だと思います。
金子:評価制度として工夫されている点はありますか?
深田:評価があるからやるとか、ないからやらないとか言っている時点でダメですね。25%の活動を評価してもいいのですが、どうしても評価されやすいチャレンジをしてしまう傾向があります。
そこで、日々の評価は減らして事業を続けるか続けないかの評価にすることで、目標管理では評価されないようなことにもチャレンジができる仕組みにしています。
何を評価するか、そして、評価軸の透明性をいかに担保するか
宇野:私たちの場合は専任組織ですので、100%イノベーションラボにつぎ込むことを前提にしています。評価は私がしていくことになりますが、メンバーには社内ベンチャーである以上メンバーの起業家たる能力を評価すると伝えています。
とりあえずどれだけ難しいことにチャレンジしたかを評価しようと。そして、それを知らせるためにアピールしていくことは一番大事だと伝えています。
このスタンスで皆が納得してるかどうか分からないし、それで適当な評価が付けられているのかも分からないですが、まずはこれでやってみて何かあったらすぐに直していこうと伝えています。
金子:新規事業の立ち上げ経験がない方々でもチャレンジできるようにするために、どのように育成をされていますか?
宇野:私から何かを伝えることはほぼありません。何かやりたいと言ってきたら「いいじゃん、やりなよ」と背中を押しています。自分たちの興味や好奇心、意欲に従ってもらうようにしています。
あとは、私が見つけたものを皆にシェアしています。また、一番勉強になるのは色々な企業の皆さんと一緒に仕事をしていくこと。これにより鍛えられている部分がとても大きいと思います。
社内や経営層に対してどのように活動をアピールしていくか?
金子:活動を続けていく上で一番苦労されている点は何ですか?
宇野:色々な人に活動を理解してもらうことです。私は面倒くさがり屋で説明するのが苦手ですが、それを常に行っているので大変です。
活動を理解してもらうための工夫として、ラボ専用のデニム地の制服を作りました。我々のラボはライオンの研究拠点の中にあって、周りは全員白衣なんですよ。
そんな環境の中に出来上がったイノベーションラボのメンバーが、「僕たちは何でもありなんだよ」「自由な発想こそが必要で、今までの働き方とは全然違うことやるんだ」という意識を浸透させるためにこの制服を作ることにしました。
活動の理解を得ることは大企業ならではの骨が折れる仕事
深田:大企業の中でイノベーションを起こしていくのは本当に大変な活動です。若い人が活動するために守らないといけない部分もあったり、逆に自ら守らないといけない局面もあったりします。
20世紀と21世紀の間くらい、大企業とスタートアップの間にいるので、両方の面を理解しつつ、一方で大企業の理屈には与しないというアイデンティティを持つことが大切。
過去に軸足を置いてしまうと絶対に前に進めないので、未来に軸足を置いてることを明確にしながら、それに対して躊躇しないというマインドセットを持つべきと思います。
金子:その中でも、マネージメント層向けにこういう点を一番アピールしている、こういうところを理解してもらうのが難しいというポイントはありますか?
深田:役員たちも本当は新しいことをやりたいと考えていると思います。ただ彼らのポジション上そればかりやっているわけにいかない。なので、彼らの状況を理解した上で代わりにやっていくという感じですかね。
宇野:「こういうことやりたかったよね?」という全体像を見せるようにしています。あとはそれほど進んでるわけではなくてもきちんと前進していることを見せています。マネジメント層に常に注目してもらえるようにしていくということです。
途中で事業として成立させていく上でより困難な要求をされることもありますが、そのハードルを如何に乗り越えていくかが重要です。
サービス開発においてデザインをどのように取り入れているか?
金子:今回のイベントではデザインという考え方にフォーカスしていますが、デザインをチームに取り入れていく上で何か意識している点はありますか?
深田:デザインという言葉は少し曖昧ですが、「意味のデザイン」というのはとても重要ですね。つまり、「あなたがここ(場所)でやること、これ(内容)をやることにどのような意味があるのですか?」という話です。
社会貢献や社会課題の解決、「自分がやらないと誰がやるんだ」というレベルで話ができるかどうか。「意味のイノベーション」を起こしていくことが我々パナソニックでカタパルトをやっている本当の意味です。
パナソニックの存在意義に対して、大企業で量販店で電化製品を売るだけという話ではないということに我々自身が気づいて行動できるかが大事です。
その実績を生み出すという意味では、デザイン思考は大切。デザイン思考は無いものを生み出す活動ですよね。実際に Vision 化し、モノとして形を作って、世の中に広めていくという発想ですので。意味のデザインを社内にどう浸透させていくかは大切ですね。
活動に意味と使命感、そしてパッションを持つ
宇野:ずっと大事にしていることはオーナーシップです。自分でこれをやりたいと強く思えている人だけが成功できると思います。やりたいという意志をしっかり持てる人であってほしいし、そんなテーマを見つけ出してほしいと思っています。
一番強いのは、「この人がこれだけ困っているからこの人を何とかしたい」という想いだと思います。ですので、それを見つけてもらう、そしてそれを解決するために自分がどうしていくのかが重要だと思います。
金子:「共感」というキーワードについてはいかがですか?
深田:新規事業、価値づくりには共感というキーワードがあって、世の中から共感を得るということがとても大事です。オープンイノベーションも全て共感ベースで広がっていきます。
実践してみて感じましたが、我々がやっていることが世の中に共感として広がっていくということが大事で、結果としてそれが利益や販売量に繋がっていきます。
共感がないビジネスはやはり大きくはならないですし、そもそも自分事としてやっていっても心が折れてしまう。共感されることで、応援してくれる人が増えたり、一緒にやりましょうという輪が広がります。それが最終的に社会課題の解決に繋がることがすごく大事だと思います。
大企業がイノベーションに取り組む意義とは?
金子:大企業の中で新規サービス開発にチャレンジするのは本当に難しいことだと思います。お二人はどのような点に意義を感じて大企業におけるイノベーション活動に携わられているのでしょうか?
深田:20世紀大企業に就職して定年まで安泰という時代はもう終わり、サラリーマンであっても自ら個人のブランドで個人で活動ができて、社外の人と繋がりながら新しいものを生み出す時代になったと思います。
これがこれからの仕事の働き方になりますし、そのためには新しいキャリア作りという意味でも「営業は営業」「技術は技術」ではなくて、新しい価値を生み出す活動ができる人にならないといけないと思います。
しかもそれをチームで実践していく必要がある。そのチームというのは必ずしも社内で閉じる必要はなく社外や色々な形が混じる方が良い、そういう思いでやっています。
宇野:そうですね。まずこの仕事は楽しいです。新しいことができる、それも社内に閉じていない。色々な人と一緒に仕事が出来るっていうのは本当に楽しいですね。反動できついことは山ほどありますが、まずは楽しいというのが一番大きい。
そのためにやらなくてはならないことは、実績を出すこと。まだ道半ばですが、まずは1つ何かを事業化して、会社にお金を入れることが目標です。いずれにしても、この仕事は本当に楽しいということを皆さんにお伝えしたいです。
セッションを終えて
今回最先端の現場にいるお二人からイノベーションの活動を推進していくために実践されている様々な取り組みについて話を聞くことができた。
パッションや難しいことに挑戦するといったスタートアップ的な感性をどのように組織に取り込んでいくかが重要であると同時に、20世紀型と21世紀型の仕組みの間という表現に象徴されるように、大組織の中でマネージメント層や社内を上手に巻き込みながら舵取りを行なっていくバランス感覚が必要であることも垣間見れた。
これらのヒントも参考に、btraxとしては引き続き大企業が新しい価値を生み出していくチャレンジを支援していくとともに、サービスデザインのパートナーとして具体的な新規事業の創造に携わっていきたい。
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