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デザイン思考は次世代の常識に ー アメリカ・北欧のデザイン×ビジネス教育とは
ビジネスの世界におけるデザインの重要性が叫ばれ始めて久しい。日本においても近年”デザイン思考”という言葉は一種のバズワードとなり半ば呪文のように唱えられているが、実際のところその重要性がいまいち理解されていないという声も耳にする。
若い世代、すなわち今後5年, 10年で社会の第一線を担っていく世代にとって、もはやデザイン思考とは、うわべだけの知識を持っていれば格好がつくような単なる流行語ではない。この考え方は彼らにとって、習得しておきたい基本的思考法となり始めている。着実に融合が進んでいるビジネスとデザインという二領域は教育の現場でも重なりを見せ始めているのだ。
このデザイン×ビジネスというトレンドは、現在主にアメリカ・北欧を中心に広がっているが、今後世界中でより一層重要なものとなっていくことは間違いなく、 この分野で遅れをとっている日本が他国の先進的な例から学べることは多いはずである。
デザイン思考を実践的にビジネスへと活用し、今後の日本の産業界に革新をもたらすことのできる人材を育成する上で長期的に大切なものの一つに、高等教育におけるデザインの扱いがあるだろう。現在日本においてデザインが美術大学・芸術大学、建築学部などの特殊な学部以外で教えられることは滅多になく、教育におけるデザインという側面でも、日本は遅れをとっていると言える。
日本におけるデザイン教育のあり方を見直すきっかけとして、ここではアメリカ・北欧におけるデザイン×ビジネスをテーマとした大学院ないしはプロフェッショナル向け教育のプログラムを紹介する。
アメリカ:学位取得を目的としたプログラムが充実
1. Illinois Institute of Technology Institute of Design (ID)
この分野のパイオニア的存在。デザインとMBAのダブルディグリー
1919年の設立からわずか14年で閉鎖となった、ドイツの伝説のデザインスクール『バウハウス』。その潮流を汲み『ニューバウハウス』として1937年にアメリカ・シカゴに誕生したのが、Illinois Institute of Technology Institute of Design (ID)である。
研究機関・大学院教育・エグゼクティブ教育の3つを軸とし、 デザインを実践的に活用してグローバルな課題に取り組むことを目指している。大学院レベルでのプログラムとしては大きく分けて3種類(Master of Design:基本的なデザインの学位, Master of Design+MBA:デザイン+MBA, Master of Design Methods:デザイン思考の活用法に特化)あり、いずれもコミュニケーション・UX・プロトタイピングなど、人間中心の実践的なデザイン教育に力を入れている。
IDにおけるリサーチ・レクチャーは、 産業界との積極的なコラボレーションを武器としており、現在GoogleやGM、トヨタなど100を超える世界のリーディングカンパニーとのスポンサーシップを結んでいる。卒業生の多くはこのようなトップ企業や、IDEOなどのデザインコンサルティングファームへ進むほか、自らデザイン×ビジネスを応用した事業を立ち上げる場合が多いようだ。
2. MIT Integrated Design&Management (IDM)
MITで昨年から始まったマスタープログラム。デザイン×ビジネス×エンジニアリング
MITにおいて2014年に新設された、デザイン×ビジネス×エンジニアリングの2年間のマスタープログラム。 ”世界最高峰のデザインスクールにおいて用いられている直感的方法論と、世界最高峰のエンジニアリングスクール・ビジネススクールにおいて用いられている体系的・分析的方法論”を満遍なく学ぶことができる。
授業内容としては、実際にモノ作りを行うID Labを軸とし、MITの教授陣や外部のデザイナー・起業家などのゲストスピーカーによるレクチャー、企業とのコラボレーションプロジェクト、デザインワークショップなど多岐にわたる。
学生のバックグラウンドは様々で、大手メーカーのデザイナーやエンジニア、ビジネスコンサルタント出身など、それぞれの経験を持つ学生がその専門性を武器に、デザイン・ビジネス・エンジニアリングのハイブリッド人材となるべく、共に学んでいく。
3. Harvard MS/MBA (Master of Science + MBA)
ハーバードビジネススクールで2019年から始まる新しいデザインプログラム
「これからの世界には、テクノロジーと経営の両方を理解しているリーダーが必要である」という信念の下、ハーバードにおいて2019年から始まるエンジニアリング×ビジネスの2年間のマスタープログラム。製品のみならずビジネスモデルや組織を自らデザインすることのできる、テクノロジー業界におけるオールマイティーなリーダーを育成することを目標としている。
1年目はエンジニアリングとビジネスの各種コアとなる科目・両領域のジョイントセミナーなどレクチャーがメインであるが、2年目は各自デザインプロジェクトを行い、1年目に得た知識を実際に活用しながら学んでいく。2年後に開始するこのプログラムだが、卒業生の多くがテクノロジーを活用したスタートアップを立ち上げることを想定しているそうだ。
北欧:学位を目的としないプロフェッショナル向けプログラムが豊富
1. Aalto University Integrated Design Business Management
20年以上の歴史を持つデザイン×ビジネス修士プログラム
フィンランド・ヘルシンキのAalto Universityで1995年から始まった、ビジネス×デザイン×エンジニアリングのマスタープログラム。ビジネス・デザイン・テクノロジーのいずれかの修士学位を取得できる。
2年間のプログラムの初めの1年は、3分野の基礎レクチャーと、三菱・トヨタ・ユニセフといった実際の企業・機関と6ヶ月にわたりコラボレーションをするインダストリープログラムで構成され、2年目になると留学や副専攻科目の履修、もしくは1年目のテーマの中で興味を持ったものをより深く勉強する、といったように自由に学び方をデザインすることができるようになっている。卒業生の多くは、デザイン戦略に関わるコンサルティングや、デザイン関連事業の立ち上げを行う場合が多いようだ。
2. HYPER ISLAND
デジタル分野にフォーカスしたデザイン×ビジネスを学ぶ
1996年スウェーデンに誕生した、デザインの教育機関+コンサルティングファームの複合機関。デジタル分野でのデザインに力を入れており、教育プログラムとしてはフルタイム(約1〜2年間)・パートタイム(週1.5時間)・インテンシブコース(約2日間)・オンラインコース(約1ヶ月間)の4種類を提供している。
現在はストックホルムのみならず、シンガポール・マンチェスター・ニューヨークへと規模を拡大しており、産業界とのコネクションを活用したデザイン教育を世界中で展開している。プログラム修了生はデジタルストラテジスト、データアナリストなど、デジタル分野でのデザイナーとして専門性を高めていく。
3. Copenhagen Institute of Interaction Design (CIID)
企業とのコラボレーションを通じて学ぶ
デンマークにおいて2007年に設立された、インタラクションデザインの教育機関+研究機関+インキュベーション+コンサルティングファームの複合機関。教育にとどまらず多方面にサービスを展開し、イノベーティブな製品・サービス・環境のデザインを通じてインパクトを生み出すことを目指している。
Interaction Design Programme (IDP)と呼ばれる1年間のnon-degree programでは、選抜された年間25人が、プロトタイピングやリサーチなどのデザインの基礎に関するレクチャー、実際にチームで行うデザインプロジェクト、実際の企業と共同で行うインダストリープロジェクト、ファイナルデザインプロジェクトの4つを通じて、世界にインパクトを与えることのできるデザインを学ぶ。パートナーシップを組んでいる企業にはintelやNokia、IKEAなどがあり、様々な産業から幅広く協力を得ていることが伺える。
4. KAOSPILOT
イノベーションを生むためのデザイン×ビジネスのハイブリットスクール
デンマークにおいて1991年に設立された、デザインの教育機関+コンサルティングファーム+文化促進活動の複合機関。HPでは自らを、「ビジネスとデザインのハイブリットスクールであり、リーダーシップとアントルプレナーシップの複合的教育機関である」としている。
KAOSPILOTでの教育のコアとなっているのは、2009年から始まった3 year Enterprising Leadership Program (ELP)。これは、プロジェクトデザイン・プロセスデザイン・ビジネスデザインを、3年間かけて学ぶnon-degree programである。
1年目はプロジェクトデザインの基礎を学ぶと同時に組織形成をテーマとした起業プロジェクトを行い、2年目は他都市でのグローバルプロジェクトやクラフトマンシップを学ぶ産業界とのコラボレーションプロジェクト、3年目はソーシャルイノベーションに関するプロジェクト・卒業プロジェクトを行う。このプログラムの卒業生の1/3は起業を選ぶそうだ。
日本が今、アメリカ・北欧の事例から学ぶべきこととは
デザインの重要性に対する認識の甘い日本
日本でも実は2008年頃から、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科(KMD: Keio Media Design)、東京大学 i.school、京都大学デザインスクールといった教育機関を中心に、デザインをイノベーション創出のためのツールとして用いる動きが出てきてはいるものの、アメリカや北欧ほどの広がりを見せていない、というのが現状である。この一つの要因として、デザインという領域の重要性に対する、学術界ないしは産業界における認識不足が挙げられるのではないだろうか。
デザインの学術的価値が広く認められているアメリカ
アメリカにおいては、MBAやエンジニアリングと肩を並べ、”デザイン”でマスターの学位を取得できるプログラムが豊富である、という事実からもわかる通り、学術界におけるデザインの価値がきちんと認識されている。デザインはデザイナーだけの仕事ではなく、他の領域の人間も身につけなくてはならない素養である、ということが一般的に理解されてきているのだ。
デザイン人材育成の重要性を産業界が認識している北欧
また北欧において産学連携のデザイン教育が成功している理由として、 デザインができてかつビジネスのわかる人材を育成することは長い目で見て自らのベネフィットになる、という事実を、産業界がきちんと理解している、ということが挙げられる。産業界側が協力的にならない限り、産学連携は形だけのもの、最悪の場合企業にとっての大きな負担となってしまうが、北欧においては学生・企業間のwin-winの関係が確立され、実践的なデザイン教育が実現しているのである。
今後の日本のデザイン教育には産業界の理解が不可欠
先に挙げたような日本におけるデザイン×ビジネス教育プログラムにおいても、総じて産学連携が掲げられているが、なかなかうまくいっていない、というのが現状のようだ。グローバルトレンドとなっているデザイン×ビジネスという領域における人材を育成することは今後のグローバルビジネスを考える上で非常に重要なことであり、このような人材育成にあたっては、学術界ないしは産業界の理解が不可欠である。
次世代を担う人材にとって基本的思考法の一つになっていくであろう、デザイン。その重要性を認識することは、今の日本の産業界にとって、必要不可欠なアクションであると言えるだろう。
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