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「欲しい」の言葉を信じるな!行動でニーズを検証するプロトタイピング手法
「欲しいです」「いいですね」― 新商品や新規事業開発の現場は、顧客のこうした声を聞きながら、市場で求められる価値を提供しようと努力している。
多くの企業では顧客のニーズを最優先に考え、リサーチやヒアリングでユーザーの意見を聞きながら、優秀なチームを組み、きちんと商品を作り上げているはずだ。しかし、残念ながらそれでも失敗する新商品や新規事業があとを絶たない。
これらのほとんどが実は、「そもそもニーズがなかった」ことで失敗している。スタートアップにおいても、事業が失敗した理由の1位(42%)は「市場のニーズと合っていない」というものだ。
顧客が欲しいものになっているのかというのは商品を作るときに肝となるポイントだ。
そもそものニーズの捉え方が間違っていれば、どれだけ優秀なスタッフを結集させ、完全無欠の商品を作り、卓越したマーケティングをしても失敗する可能性が高くなる。
それどころか、しっかり作り上げることに時間やお金を費やしてしまうと、むしろ失敗したときの損失が大きくなってしまう。
ゆえに、成功させるためには「あとはこのまま作りさえすれば市場が欲しがるモノ」に早い段階で仕上げることが大切だ。
「自分たちはしっかり調査をして、ユーザーからも欲しいという意見を聞いているから大丈夫だ。」そんな声もあるだろう。しかし、実は従来の調査はニーズがあることを裏付ける証拠としては不十分なのだ。
では、一体どのようにニーズを検証していけばいいのだろうか。ニーズ検証には、プロトタイプを使って「行動」を試す方法が効果的だ。筆者も過去に大企業の中で新規事業開発を行い、こうしたプロトタイピングを行ってきた。
今回の記事では、私たちが陥りがちなニーズ検証の罠と、それを克服するためのプロトタイピング手法に焦点を当てて書き記していく。
アンケートやインタビューでニーズが検証しきれない理由
アンケートやインタビューによる綿密な市場調査でさえも、「本当に商品を買ってもらえる」という十分な証拠にならない。こうした従来の市場調査には、落とし穴がある。
1つ目の落とし穴は、ユーザーとの認識のズレだ。考えたアイディアを言葉にして説明するとき、細かな意味合いまで表現することは難しく、お互いの解釈に食い違いが起こる。
特に画期的で新しいアイディアでは、解釈がユーザーの想像力任せになり、時には主観や偏見を混ぜて受け取られてしまう。
2つ目は、「顧客は嘘をつく」という点だ。仮に本音が言いやすい環境が作れていたとしても、ユーザーは実際の行動とは異なる回答を答えてしまうことがある。これにはいくつかの原因がある。
まず、実はユーザー自身も本当に欲しいのかわかっていない。特に、まだ試したことがないアイディアは体験をイメージできず、判断がつかない。
また、ユーザーは何のリスクも負わない立場なので、つい他人事目線で意見を口にしてしまいがちだ。
調査の場面では、ユーザーは本当に購入するときほど熟考してくれない。
これを象徴する有名な逸話がある。ある食器会社の商品開発チームはユーザーをオフィスに集めて、どんなお皿が欲しいかインタビューした。すると「黒い四角いお皿が欲しい」との意見が得られた。
しかしその後チームが「お礼に好きなお皿を選んで持ち帰ってください」と参加者に見せると、なんと全員が「白い丸いお皿」を選んだのだ。
理由を聞くと「一枚だけ黒い皿があっても使いづらい」「四角いと棚に入らない」という答えが返ってきた。欲しいかどうか想像するときと、実際に手に入れるときの思考には大きな差があるのだ。
このように、市場調査ではしばしばユーザーは主観や偏見を含めながら商品を想像して、深く考えられていない思いつきを悪気なく口にしてしまう。こうした言葉だけでは、本当に商品を買うのかの根拠としては弱い。
だから、本当に身銭を切ってでも買ってくれるのか、現実の世界で「行動をテスト」することが大切なのだ。
顧客のニーズを検証するために、まずは明確で検証可能な仮説を立てよう
では、どのように行動をテストすればいいのだろうか。検証の前にまず、曖昧さを排除して検証可能な仮説を立てることが必要だ。
新しいサービスをつくるときには、「こんな顧客がいるはず」「こんな課題がありそうだ」という曖昧な想像、つまり仮説を一つずつ検証していく必要がある。仮説を分解して検証する考え方については、リーンスタートアップの記事を参考にしてほしい。
こうした仮説の中でも肝になるのが「本当にお金を払ってでも欲しがるのか」という仮説だ。検証に使える仮説を立てるためには「こんな顧客の少なくとも◯%は、◯◯円のこんな商品を購入する」というテンプレートを使うとよい。使い方の事例を見てみよう。
曖昧な仮説の例:
家事をする人々の一部は、自動で洗濯をたたんでくれる手頃な値段の機器に興味を示すはずだ。
家事をする人とはどこまでを範囲に含むのか、一部の人々とは何人なのか、手頃な値段とはいくらで、興味を示すとはどういうことかなど具体的な基準がわからず、これでは検証ができない。
今すぐ検証可能な仮説の例:
“レニーズ・コインランドリー”の利用者の少なくとも50%は、自動たたみ機に洗濯物をたたんでもらうために2ドル払う。
こちらは、ターゲット層を「洗濯物をコインランドリーで洗う人」と定義し、さらに対象範囲を代表的な特定グループに狭めることですぐにテストできる仮説となっている。
検証可能な仮説にするために購入者の割合や価格を具体的に置いているが、最初に当てはめる数字は単なる出発点だ。まずはビジネスが成り立つ最小限の市場規模から逆算して、妥当と思われる数字を入れるとよい。
パーセンテージの部分を最初に置くのが難しい場合は、初回とその後の購入者の増加率を仮説に置くこともできる。
例えば、シリコンバレーのアクセラレータープログラムY Combinatorでは、新規顧客数の週間成長率が5〜7%だと好調な事業とみなされる(出典元)。何週かテストしてこの基準を超えるかを指標としてもよいだろう。
「本物のサービスに見せかける」プロトタイプを作る
「この仮説を検証するには、結局は本物の製品が必要じゃないか」と思われるかもしれない。でも、完成した製品がなくても、顧客から見れば本物に見えるものを作ることで簡単に検証ができるのだ。
これがどういうものか、事例を用いて説明しよう。
例えば昔のコントで「自動改札機の最新技術を紹介するデモ」と見せかけて、実際には中に人が隠れて手で操作していた、というものがある。切符が入れられると、ハリボテの改札機の中に入った人が受け取り、手で切符に穴を開けた後、取り出し口から切符を渡す仕掛けだ。
ユーザーから見れば「切符を機械に入れたら穴が空けられて取り出し口から出てくる」という体験は、中身が本物の機械でも人間でも変わらない。まさにこのコントのように、本物のサービスに“見せかける”(=Pretend)プロトタイピング手法が有効だ。
こうしたプロトタイピング手法はプレトタイピングとも呼ばれる。
プレトタイピングとは、広義のプロトタイピングという言葉に機能テストのためのデモ版製品など、あまりに多くの意味が含まれていることに対抗してできた造語で、本物に見せかけた最小限の体験を提供することで、そもそもニーズがあるかを検証することに特化したプロトタイプだといえる。
「本物に見せかける」プロトタイプは、以下の要素の掛け合わせで作ることができる。
どこで:
まず顧客がどこで「本物に見える商品」に出会うかを設計する。デジタルであればWebページやWeb広告、リアル空間であればチラシやポスター、実際の店舗の間借りなどがあるだろう。
また、実際に店を構えるのではなく「店舗の入り口に見せかけた場所」でも、どれだけの人がそこに入ろうとするか検証ができるので十分だ。
どうやって本物に見せかけて:
ニーズを検証したい商品を、本物に見せるための手段を考えよう。
Web購入ページ、プロモーション動画、機械に見えるハリボテの箱、店舗の入り口案内ポスター、ラベルを貼り替えただけの既存商品など、さまざまな手段が使える。
どうやって購入の行動を確認して:
実際に「身銭」を切ってもらえるのか、確認できる仕組みを盛り込むことが重要だ。身銭とは、有効なメールアドレス、電話番号などの個人情報や、時間、お金を使ってもらうことを指す。
この身銭には様々な種類があり、それぞれ重みが異なるので、下の表のように点数に換算して評価するとよい。
どんな結果を顧客に与える:
購入の行動を見せた人に、最終的にサービスを本当に提供するのか、実際には提供せず終了するのか二通りのやり方がある。提供しなくても行動を確認できればクイックに検証はできるが、実際に提供ができれば顧客から得られる情報は多くなる。
「本物に見せかけた」プロトタイピング事例
通販サイトでニーズを検証した、Zapposの事例
靴通販の先駆者だったZapposというサービスは「そもそも人はオンラインで靴を購入するのか」をプロトタイプで検証した。
創業者のニック・スインマーンは、まず近所の靴屋に頼んで店にある靴の写真を撮らせてもらった。そして簡易的な注文サイトを作って、商品として写真を掲載した。サイトから注文が入ったらその靴屋へ行って購入して、お客さんへ発送した。
この方法で実際に「靴をオンラインで買う顧客がいる」とニーズを検証してから本格的に靴のオンライン販売を始め、2009年にはAmazonに約9億ドルで買収されるほどのビジネスへと成長した。
動画でニーズを検証した、Dropboxの事例
今や世界中で使われるクラウドストレージサービスのDropboxは立ち上げ当時、ニーズを検証するためにDropboxの使い方を紹介する3分間のデモ動画を公開した。
実はこのとき商品を全く開発していない段階だったが「サイトからサインアップして試せます」とサイトへ誘導した。
すると一晩で75,000人もの人がサイトからメールアドレスを登録し、強いニーズがあることを確信して開発に踏み切ることができた。
上の例はいずれも、本物のサービスやシステムがなくとも、本当にあるように見せかけて「顧客が本当に身銭を切るのか」を短期間かつ低コストで検証した好事例だ。
リアル空間やハードウェアに応用した例
オンラインストアやソフトウェア以外でも、本物に見せかけてテストする手法を適用できる。今回は、仮説の例として挙げた「洗濯物自動たたみ機」の検証方法を考えてみよう。
『Google×スタンフォード NO FLOP! 失敗できない人の失敗しない技術』という書籍では、自動たたみ機のプレトタイピングとして「ハリボテのたたみ機を動かして実験する」方法が記されている。
ある起業家は、洗濯物自動たたみ機を本当に人々が欲しがるのか確かめるために、まず近所のレニーズ・コインランドリーに行き、200ドル払って間借りさせてもらった。そして自動たたみ機に見えるボックスをコインランドリーに設置し、中に人が入れるようにした。
人々が洗濯物を扉から入れると、手作業でたたまれて、取り出し口から出てくる仕組みだ。人々は本当に機械によって洗濯物がたたまれているのだと信じ込んでいた。
実際にやってみると、2ドルの料金を払った人の割合は元々の50%という仮説を下回りわずか12%という結果に終わった。このアイディアは見直すことになったが、実物の機械を作る費用と期間を大幅に節約して検証することができた。
このように、ハードウェアや店舗に関する検証でも、実際の店舗を間借りしたり、裏で人力で動かしたりすることで初期投資を抑えてクイックに顧客のニーズを確かめることができる。
騙しているのでは?という罪悪感なく検証するために
しかし、いくら検証で必要だとしても、存在しないサービスや不完全な商品を売るのは、騙しているようで信頼を失いかねないと感じる人もいるだろう。
これについては確かにリスクはあるが、丁寧な対応をすることでむしろ信頼感を高め、ファンになってもらうチャンスになることを強調したい。今回はテストだという事実をきちんと伝えて謝罪する、返金する、購入意志を示してくれたことにお礼をする、後から謝礼を渡すなど、誠意を表した対応を行えばよい。
注意が必要なのは、「実際にサービスを提供しない」場合の検証だ。
例えば実際にはできないのに、「病気が治る」と謳って医療サービスを売るのは不適切だといえる。商品によってはテストで販売することが適切なのか、倫理上の問題を真剣に認識した上で活用しよう。
とはいえ、こうしたリスクを恐れて「何も検証しない」ことこそが、最もリスクだということを覚えておいてほしい。
多くの場合、最初に購入するユーザーは、多少の不備や手間を乗り越えてでも使ってくれる尖った層の人々だ。誰も欲しがらない商品を作り、大きな損失やユーザーの評判低下を生むよりは、多少の粗い部分があっても、それを乗り越えて買ってくれるのかを検証することが重要だ。
実際の新規事業でのプロトタイピング事例
最後に、筆者が実際に過去に取り組んだプロトタイピングの実例をお見せしよう。
これは企業内の新規事業として活動していたときの事例であるため、具体的な情報は記載を差し控えるが、公開可能な事例を紹介する。
筆者が取り組んだ事業は、外出時に嫌な声掛けをされる、身体を触られるなどの性被害に対して、被害にあったことを証明する権利を守るための歩行者用ドライブレコーダーだ。
カバンにつけられる小型のカメラで、出かけるときに録画し、必要なときはスマホアプリに接続して動画を閲覧する。
このプロダクトを本格的に開発する前に、「フェムテック展示会でブースに立ち寄った人のうち少なくとも10%は、歩行者用ドライブレコーダーの最新の製品情報が配信されるLINE公式アカウントを友だち追加するはずだ」という仮説を、プロトタイプを用いて検証した。
「歩行者用ドライブレコーダー」は新しい概念のため、本物のように見える製品モックアップを展示し、実際に来場者に触ってもらった。そして、展示ブースに置いたボードや、配布したチラシからLINEに登録してもらえるようにした結果、目標となる10%以上の人々が登録し、ニーズがあることを検証できた。
この検証をする際には、社内ルールによる「個人情報の壁」を乗り越えるための工夫をしている。
社内では、メールアドレスや氏名、支払い情報を取得することがルール上困難だった。しかし、LINEアカウントは社内で「個人情報」として扱われていないと分かったため、有効なメールアドレスと同等の身銭といえるLINEを使って、検証の質を落とさないように実施した。
この他にも、ノーコードで作ったWebサイトからユーザーが実際に予約購入ボタンを押してくれるかを「後払い形式」という設定で検証したり(=実際に注文するかを、お金を取らずに検証)、無償で何週間かプロダクトを持ち歩いてもらう実験に参加してくれるか(=時間という身銭を切るか)をテストしたり、複数の方法でニーズの検証を行った。
こうした「実際に身銭を切ってくれた人がいる」という事実は、チームで方向性に確信を持つためにも、意思決定者を説得するためにも非常に役立つデータとなった。
まとめ
このように、実際の商品やサービスがなくとも「本物に見せかけた」プロトタイプを用いて「本当に顧客が欲しがるものなのか」を顧客の行動から検証できる。
リスクを恐れて検証しないまま突っ切り、誰にも刺さらないものを作り込んでしまう前に、小さく試してみることが大切だ。本物に見える仕掛けの作り方や「身銭を切る」ことを確認する方法はいくらでもある。
適切な仮説を立て、検証できるプロトタイプを作って、想像の世界の「意見」ではなく、現実の世界で「事実」を集めに行こう。
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