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スーパーカブとコンコルドの成功/失敗事例に学ぶイノベーションの本質
イノベーションを生むマインドセットはアメリカ西海岸生まれ。
これは大きな誤解だった。正反対なコンコルドとHONDAの事例から分かるのは、世界で大ヒットを生み出した日本企業こそ、無意識のうちにユーザー中心の発想の先駆者だということ。改めて、イノベーションとは何かを考えていきたい。
突然だが「コンコルドという飛行機を知っていますか?」
数多くのオーディエンスの前でこの質問をしてきた。そろそろこのネタも古くなってきているので、封印しようかとも思っているが…。
そして、これまで聞いた人の2/3ほどが知っていると答えた。
「では、実際に乗ったことある方はいらっしゃいますか?」
の質問に対しては累計1,000人以上に聞いた結果、たったの一人だった。これはどういうことか?そう、知名度はあっても実際のユーザーがかなり少ないということ。
ちなみに、実際に乗ったのは年配の方で、以前にIBMで働かれている時にNYからロンドンへの出張で会社が予約してくれたとのこと。
現代の旅客機の倍のスピードが出る夢の飛行機
そもそもコンコルドとは、世界最高峰の技術を集めた超音速ジェット機である。何がすごいかって、40年以上前の1976年から飛び始めたにもかかわらず、そのスピードは音速の倍のマッハ2.0。これは、現在の一般的な旅客機の2倍のスピードが出ていたことになる。
ということは、単純に考えると移動時間も半分になる。片道約10時間も掛かるサンフランシスコ – 東京が5時間程度で移動できるのだ。これは乗りたい… 飛んでさえいれば。
誰もが乗りたくなる世界最高のジェット機
コンコルドがすごいのはスピードだけではない。世界の忙しいエリートビジネスマンをターゲットに設計されたその機内は、なんと全席がファーストクラス。
専用のラウンジに加え、専属シェフによる機内食メニューや飲み物が提供される。まさに全てが世界最高。誰もが一度は乗ってみたいと思う、最高の飛行機である。いやー、乗ってみたい。
デザインもめっちゃカッコ良い
そして、機体のデザインもかなり美しい。鋭いクチバシが斜めに伸びて、翼は流れるような流線型。左右のエンジンは箱型のハウジングに収められ、まさに未来的な雰囲気を醸し出している。
さぞ空力を極限まで考慮してデザインされたんだろうなー、とデザイナー目線でも憧れるプロダクトになっている。見た目も最高。
誰も求めない世界最高のプロダクト
この最高で素晴らしい飛行機は、イギリスとフランスが共同開発。両国からの大きな期待と優秀な人員、そして多額の予算がつぎ込まれた。
そして世界最高の技術とデザイン、顧客サービスを提供するコンコルドは…
失敗した。
そう、これだけ最高だらけの、みんなが乗りたくなる、夢のような旅客機飛行機が今は飛んでいない。非常に残念。
なぜか?
複数の要因があったようだが、最も深刻だった理由は、
「人気がなくて、採算が合わないから」
である。
250機生産すれば採算が取れるはずだったのが、実際は20機しか製造されなかったのだ。そもそも、航空会社からのオーダー量が絶対的に少なすぎた。簡単にいうと、十分な需要がなかった。
それにより、全く採算が合わず、巨額の損失を生み出し、2003年をもって全ての路線が終了した。
誰もが利用したい夢のようなプロダクトなのになぜ?と思うかもしれない。
では、こう聞かれたらどう思うだろうか?
「航空券の値段が通常の10倍」
そう。それを聞いた瞬間、乗りたい!、って言ってたくせに実際に乗る人はごく僅か。ちなみに、僕も同じ反応。
言い換えると、そこまでの十分なユーザーニーズがなかったことで、失敗に終わった。
デザインも技術もサービスも世界最高レベル。でも誰も求めない。そんなプロダクトを作ってしまった教訓として、「コンコルド現象」は今日でも、プロダクト開発、ビジネス戦略、そして、サービスデザインにおける重要な教訓が隠されている。
みんなに愛された平凡なプロダクト
このコンコルドと全く”逆” の運命をたどったプロダクトがある。日本が世界に誇る「スーパーカブ」がそれである。1958年の販売開始以来、世界中で愛されまくってる。
これまでの累計販売台数は一億台以上。世界で最も売れた乗り物としてギネスブックにも載っている。ミスチルのCD総売り上げ枚数が6,000万枚であることを考えても、その凄さは理解できるだろう。
そして、スーパーカブに関しても冒頭と同じ質問を1,000人以上に投げかけたところ、ほぼ100%の人がその存在を知っており、過半数の人が実際に乗ったことがあると答えた。
知名度、ユーザー数ともにバツグンに高い。
あえて技術を追求しない!
スーパーカブが何がすごいかって、テクノロジー的に全然すごくないところ。エンジンは50ccで非力だし、速いスピードが出るわけでもない。特筆すべき斬新なデザインが施されているわけでもない。
でもそこが良い。
むしろコンコルドが達成しようとしていた「世界最高峰の〜〜」を追い求めなかったことが素晴らしい。
それにもかかわらず世界最高レベルでユーザーに愛されている。
その素晴らしさは、ディスカバリーチャンネルの番組「Greatest Ever Motorcycles」でも他のバイクを差し置いて、堂々第一位を達成している。
みんなが求めるローテクモビリティ
スーパーカブは技術的に先進的なわけでもないし、高級感もない。しかし、そのローテクさには訳がある。
スーパーカブの凄さ
- 安い
- 軽い
- 壊れにくい
- 燃費が良い
- 片手で運転できる
- 扱いやすい
- 誰でも乗れる
- 構造がシンプル
- 長持ちする
そう、全てはユーザーのニーズを最優先した結果、生み出されたスペックなのだ。言い換えると、技術やデザインよりもユーザーに喜んでもらうことを最優先した。
その結果、世界で最もユーザーフレンドリーな乗り物が生み出され、現代でも世界で売れ続けている。
テクノロジーがすごいわけではないのに、世界一革新的なバイクなのだ。
ユーザーに喜んでもらうことだけを追求
このスーパーカブの広告を見ていただきたい。発売当時のもので、左側が日本国内向け、右がアメリカ向けになる。どちらもユーザーが喜ぶプロダクトであることが伝わってくるだろう。
ソバの配達員である息子が元気で仕事をしている。おしゃれしてヨットハーバーを愛しの恋人と走り抜ける。
これをみてもわかる通り、常に主役はユーザーであり、プロダクトは主役に喜んでもらうための役割に徹している。決してスペック自慢はしない。
ちなみに、アメリカの広告には “You meet the nicest people on a Honda” のキャッチが採用されている。それまで不良のイメージの強かったバイクに対し、スーパーカブは老若男女が乗りたくなる、フレンドリーな乗り物として、バイクの概念すら塗り替えてしまったのだ。
イノベーションとはこういうことだ。
本田技術研究所が本当に研究しているのは?
どのようにしたら、こんなにも素晴らしいプロダクトを生み出すことができるのだろうか?
その秘密はこのプロダクトの生みの親の一言に隠されている。
スーパーカブを開発、製造したHondaの正式な社名は本田技術研究所。本田技研と呼ばれることも多い。その名前からして、さぞ技術力を追求しているんだろうと感じる。
しかし、創業者の本田 宗一郎氏は生前下記のように語っている。
「研究所は技術を研究しているのではない。”どういうものが人に好かれるか” を研究しているのです。」
え?という感じがするが、納得できる。ユーザーのニーズをとことん追求し、そのニーズに合致したプロダクトを作り出した。そして、”日本を世界へ” の夢を実現した。
デザイン思考は日本企業がきっかけ!?
そう、その考え方こそがデザイン思考の真髄であり、ユーザー中心デザインそのものである。
最近スタートアップを中心に持てはやされているこれらのデザイン手法の多くは、ここ数十年の間にアメリカ西海岸中心に生み出されたような雰囲気があるが、実はそれよりもっと以前から日本に存在している。
というかむしろ、戦後の日本企業のほとんどがそのマインドセットでものづくりをしてきた。
Hondaだけではなく、SONYも松下もTOYOTAも他の企業も全て、世界で大ヒットを生み出した当時の日本企業は、戦後に暮らす人々の不便の解決を最優先に、より良い生活を届けるために、デザイン思考を、ユーザー中心デザインを、リーンスタートアップを無意識のうちに採用していた。
現代のシリコンバレーで採用されているメソッドのそのほとんどが、日本企業のノウハウを体系化し、見栄え良くパッケージ化したものにすぎない。
イノベーションを生み出すマインドセットは、我々日本人のDNAに深く刻み込まれているのだ。
筆者: Brandon K. Hill / CEO, btrax, Inc.
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