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UXリサーチャーが見る、スマートシティ先駆者バルセロナのゴミ捨て事情
筆者はbtraxでUXリサーチャーとして勤めている。今回、私用でスペインのバルセロナに1ヶ月滞在する機会を得た。
住宅地で1ヶ月生活をする中で、美しい街並みだけではなく、都市設計の素晴らしさに感動する場面が多々あった。
その中でも、ひときわ印象に残ったのが街中にある公共のゴミ箱や、頻繁に行き交うゴミ収集車、ビビッドな制服を着た清掃員など、クリーンな街を保つための仕組みだ。今回の記事では、UXリサーチャーから見たバルセロナのゴミ回収事情を紹介していきたい。
歴史的な街並みとスマートシティが共存するバルセロナ
本題に入る前に、バルセロナという街の概要をご紹介する。
バルセロナはスペインの東側に位置し、カタルーニャ州の州都である。人口はマドリードに次いでスペインで第2位。国際的な観光都市であると同時に、国際会議が多く開かれる都市であり、街中にはスペイン人のみならず多様な人種の人々が暮らし、様々な言語が飛び交っている。
btraxオフィスのある東京、サンフランシスコと比較してみると、面積は東京やサンフランシスコよりも小さい。しかし人口密度ではバルセロナがずば抜けている。
そんなバルセロナで、誰もが知っている歴史的建造物といえば、アントニ・ガウディによって設計され、現在でも建築工事が続いているサグラダ・ファミリア。街の中央に位置しており、美しいランドマークとなっている。
余談となるが、サグラダファミリアの内部は柱が木のように並ぶ森のような構造で、バイオミミクリー的な設計となっている。バルセロナ市内には、他にもガウディの手がけた建築物が随所にあり、平日も多くの観光客で賑わっている。
そんな歴史的な建物が多く残るクラシカルな景観とは裏腹に、利便性の面では、公共の場の整備や管理が非常によく行き届いてる。筆者は今回が初めてのスペイン滞在だったのだが、言語の壁や文化的な違いが気にならないほど生活しやすいことに驚いた。
調べてみたところ、バルセロナはスマートシティ化を始めてからすでに20年以上が経っている都市計画の最先端都市だった。
今回の記事では、現地で撮った写真や実際に生活する中で起きた実体験のエピソードなども交えて事例を紹介していきたい。
そもそも「良いUXデザイン」とは?
具体例の紹介に入っていく前に、この記事における「良いUXデザイン」の判断軸に関して明確にしたい。
UX(ユーザー体験)の定義は広く、設計する対象のサービスや媒体、コンテクストなどによってもさまざまな定義がある。今回は、デジタルではなくフィジカルのサービス、かつ公共物の設計ということで下記のようなポイントを見ていく。
- ユーザー中心:ユーザーのニーズや要望を優先し、使いやすく、直感的で、快適な使い心地になるよう設計されているか。
- シンプルさ:無駄のないシンプルな設計で、ユーザーが迷わずに簡単に操作できるか。
- 一貫性:視覚的なデザインや情報の表記のパターンなどの一貫性が保たれており、ユーザーが迷わずに求めている情報やアクションに素早くアクセスできるか。
- エンゲージメント:ユーザーの感情に働きかけ、興味喚起して継続的に利用してもらえる仕組みができているか。
人間の本質を捉えた「つい捨てたくなる」ゴミ箱
犬も歩けばゴミ箱にあたる!と言いたくなるくらいにバルセロナの街中にはゴミ箱がたくさんある。
前述のような圧倒的な人口密度を誇り、なおかつ、常時多くの観光客が行き交う街にも関わらず、どこを歩いていても比較的きれいな通りばかりなのは、このゴミ箱が大きな役割を果たしている。
徹底されたシンプルさ
公共のゴミ箱の種類は大きく分けると2つあり、1つ目は下の写真のような縦型の小型のゴミ箱。
エリアにもよるが、このタイプのゴミ箱の設置間隔は、おおよそ50メートルから100メートル程度。通りに沿って定期的にゴミ箱が設置されているので、ゴミを捨てるために長い距離を歩く必要がない。
これは裏返すと、ゴミが出てもポイ捨てしたいと感じる前にゴミを捨てる機会が先にやってくるような感じで、非常に合理的かつユーザーフレンドリーであると感じた。
東京では、テロ防止などの理由から街中にゴミ箱はほとんどない。街の景観が保たれているのは、多くの住民がマナーを守り、自分のゴミは持ち帰る習慣が身についているからだろう。
それに加え、他人の目があるところでポイ捨てするのは憚られるという文化的な要因もありそうだ。しかし、これはユーザー側がゴミを捨てたい時に捨てられず、長時間ゴミを我慢して持っていなければならないため、ユーザー中心の設計であるとは言い難いだろう。
これに対し、サンフランシスコでは街中にゴミ箱は設置されているものの、人口や街の大きさに対して数が足りておらず、ゴミ箱が慢性的に不足している状態で、行き場のないゴミが街中に溢れて問題となっている。
バルセロナの場合、街を歩いていると至る所にゴミ箱があるため、例えば犬の散歩をしていてゴミが出た場合も、少し歩けばすぐに捨てる場所を見つけられる。
これをUXの観点から見ると、ユーザーの「ゴミを長時間持っているのが嫌だ」という心理に対して、「ゴミが出たらすぐ近くのゴミ箱に捨てられる」というソリューションを多くの場所に・短い間隔で・同じ形のゴミ箱を設置することで実現していると言える。
これはあまりにも単純に聞こえるかもしれないが、実際にはこのゴミ捨ての習慣化を促すシンプルな設計こそが、誰もが使う公共物のデザインにおいて効果を発揮していると感じた。
また、この小型ゴミ箱は口が上向きに空いており、高さもちょうど人が手に持ったものを投げ入れるのに適した設計になっている。ゴミを持ちながら歩いている時、つい放り投げてしまいたくなるようなビジュアル、サイズ感、そしてそれに適した位置に設置されているのだ。
これらはUXデザインにおける「アフォーダンス」と「シグニファイア」の観点からも適切な設計であると感じた。
アフォーダンス*:プロダクトやサービスに施された視覚的・物理的な表示で、どのように利用するかを、わかりやすく感じさせるためのデザインの要素。
シグニファイア*:「このように動きますよ」というシグナルを送ってくれる設計のこと。ユーザーに適切な行動を伝えるための印や音、認識可能な指標を指す。
*参照:スタバのスリーブから学ぶ、アフォーダンスとシグニファイア【UXデザイン】
視覚的なわかりやすさ
もう1種類のゴミ箱は下の写真のような大型でカラフルなタイプのもの。通常、ごみ収集車が巡回するルートに沿って、おおよそ300メートルから500メートルごとに設置されている。
これは、一般的な家庭やビジネスから出る大型ごみやリサイクル可能な資源を捨てる場合に使用され、それぞれの箱に入れるべきゴミの種類が色とピクトグラムでわかるようになっている。例えば、青色のゴミ箱は紙やカードボードを、緑色のゴミ箱はガラスを収集するために使用される。
箱の形も、入るゴミのタイプに合わせて口の形が異なっている。蓋を開けて入れるタイプの場合は、足元のレバーを踏むと蓋が開く設計となっている。
両手が持ち物で塞がっていても開けられ、且つゴミ箱に触れずに捨てられるので衛生的である。
ゴミ箱の配色は、基本的にバルセロナ市内で一貫されており、ユーザーはどこへ行っても同じ色のゴミ箱を利用することで、正しい分別方法でゴミを捨てられる。
以上のように大型のゴミ箱は、視覚的に向かうべきゴミ箱が判断できるようにすることで、ユーザーの認知負荷を最小限に抑えている。
ユーザーが「面倒だな」と感じやすい「一度ゴミを置いて、手で蓋をあける」アクションを、「足で踏めば開く」というように最小限の努力で実現できるように設計されている。
これらは視覚的・物理的な情報でユーザーに必要なアクションを促しており、前述のシグニファイアとアフォーダンスの観点から見ても優れている。
実際に日常的に使う中でも、ユーザーがゴミ箱に合わせるのではなく、ゴミ箱がユーザーに合わせて設計されていると感じた。
ちなみに、収集の際は、各ゴミ箱にセンサーがついており、自動で重量などを検出して、必要なゴミ箱にのみ収集車が向かう仕組みになっているそうだ。
忘れてはいけない「エモーション」
最後に言及しておきたいのが、全ての大型ゴミ箱、ゴミ収集車、また、街中を歩く清掃員の方の制服にも印刷されている下のロゴだ。
これは、「バルセロナのゴミの面倒を見ています (Take care of Barcelona’s waste)」というような意味なのだが、バルセロナのスペルの“O”がスマイルマークになっている。
1ヶ月の生活を通して、ゴミを捨てる度、またゴミの処理をしてくれている収集車や清掃員の人を目にするたびに、毎回このスマイルマークが目に飛び込んでいるのは、意外と見る側の深層心理へ影響を及ぼしていると感じた。ゴミに関わる場面に出会う度、同時に笑顔も脳の中で認識されるためだ。
UXデザインにおいて忘れてはならないのが、ユーザーが「どう感じるか」。機能面だけではなく、このようなエモーショナルな設計への配慮も行き届いていた。
これについては、具体的なエピソードもひとつ。ある日、小さなゴミを手に持って路上を歩いていたところ、向かいから清掃員の方が歩いてきたため道を譲ろうとしたら、「そのゴミもらうよ!」と笑顔で持っていたゴミを回収してくれたのだ。
このように、ゴミ捨てにポジティブな気持ちを持たせるメッセージングやコミュニケーションが公共サービスの中で一貫して実現されていた。ユーザーのエンゲージメントを高めるために長期的な良い効果を発揮している要素だと感じた。
まとめ
UXデザインは私たちの生活のあらゆるところに見出せるが、都市設計や公共政策も例外ではない。どの国の住民でも共通して経験する「ゴミ回収」も、デザインの方法によって、ユーザーの負荷を減らしながら分別のミスやポイ捨てを減らすことが可能である。
また、ゴミ捨てという体験を「面倒なもの」、「汚い」というネガティブなものから、ポジティブなものへ変換することすらできる。
今回のバルセロナでのゴミ捨ての経験を通して、改めて優れたデザインは、サービスの提供側も利用者側も幸せにするものだと実感した。
*図表参照元
<面積>
<人口>
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