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見えるから、ひらめく。イノベーションを加速する「ビジュアル思考」の力
「みんなの意見を集めるだけでは、何も生まれない。」新規事業開発やアイデア出しの場面で、そんな風に感じたことはないだろうか。
どんなアイデアも、最初は曖昧でつかみどころがないものだ。チームで話し合っているとき、どこかで「あれ?これってどういうこと?」と感じる瞬間がある。
その曖昧さをスッキリと整理し、みんなで共有できる形にする手法が、「ビジュアル思考(ビジュアルシンキング)」だ。問題を解決するために視覚的に思考を整理すると、チームの共感が生まれ、新しい発想が生まれやすくなる。これこそが、イノベーションを生み出すカギである。
今回のブログでは、日本とサンフランシスコで実際に「ビジュアル化」の力を用いて何度もデザイン思考研修をファシリテートした経験を持つサービスデザイナーである筆者が、新規事業やイノベーションの創出にビジュアル化がどのように寄与するのか、どう活用していけばいいのかを紐解いていく。
ビジュアル思考(ビジュアルシンキング)とは
ビジュアル思考とは、複雑で抽象的なアイデアを視覚的に表現することで、思考を整理し、他者との理解を深めるための手法である。図やスケッチ、アイコン、マップなどを用いて、言葉だけでは捉えきれない情報を「見える化」することで、チームの共通認識を生み出し、対話や創造を促進する。このようなビジュアル化の手法や考え方は、デザイン思考の各プロセスで、様々な形で用いられる。
ビジュアル思考は、単なる情報整理に留まらない。この手法は、デザイン思考や新規事業開発のプロセスとも非常に相性が良い。例えば、不確実性が高く、前例のないテーマに挑む場面において、ホワイトボードや付箋にアイデアを描き出すことで、抽象的な議論でもチームで共通認識を持ったうえで仮説を立てやすくなったり、新たな視点に気づいたり、発想が広がったりする。だからこそ、今、ビジネスの最前線でも注目されているのである。

さまざまなビジュアル思考ツールが、デザイン思考の各プロセスで使用される(画像出典)
グローバル企業のイノベーション部門では、創造的なコラボレーションを生み出す手段としてビジュアル思考が積極的に活用されている。
例えばオランダのメーカーPHILIPSが新しいシェーバーを開発した際にも、アイデアがイラストと文字で視覚的にまとめられながら議論が進められた。このように視覚を通じた共創が、イノベーションのスピードと質を大きく左右する時代になっているのである。

PHILIPSが商品開発の際に作成したスケッチ
ビジュアル思考と聞くと、「絵がうまくないとできないのではないか」と感じる人も多い。しかし、必要なのは芸術的なスキルではなく、伝えたい情報や構造をシンプルに表現しようとする意志である。
図や記号、棒人間や矢印のような簡単な要素だけでも、十分に思考を可視化し、対話の助けとなる。重要なのは「うまさ」ではなく、「伝わること」なのである。
具体的にどのように可視化すればいいのかのテクニックについては、下記の記事も参考にしてほしい。
ビジュアル思考の実践例
ここからは、実際にビジュアル思考がどのように使われているのか、代表的な手法を3つ紹介したい。どれも、言葉だけでは共有しにくいアイデアや構造を、目に見える形にすることでチームの理解を深め、創造性を引き出すことを目的としている。
実践例1: スケッチ・シンセシス(Sketch Synthesis)
デザイン思考を提唱するIDEOでは、リサーチのフェーズで「スケッチ・シンセシス」という手法を実践している。これは、インタビューや観察で得た情報を、そのまま文章でまとめるのではなく、印象的なエピソードや行動をスケッチに描き出し、共通のテーマごとにグループ化して要約・構造化していくプロセスである。
IDEOのブログ記事「To Make Sense of Messy Research, Get Visual」では、以下のようにそのプロセスが紹介されている。
Step 1: Pare it down(情報を削ぎ落とし、要点を抽出する)
まず、インタビューやフィールドリサーチでの観察の結果を大きなポスターボードや壁に付箋などで書いてまとめ、その中から最も印象的なエピソードや行動を4〜5点選ぶ。そして、それぞれを要約して、簡単なスケッチにして付箋に描き表す。

IDEOが「交通のイノベーション」を考えた際、エクストリームな通勤をしているユーザーへのインタビューから描き起こした「理想の通勤体験」を表したスケッチ。
Step 2: Cluster it up(共通点を探し、グルーピングする)
次に行うのは、各ポスターボードから抽出したスケッチを、共通のキーワードやテーマごとに一枚のスケッチにまとめなおすステップである。この作業は、マインドマップをつくるような感覚に近い。
このステップの目的は、学びやインサイトを見極め、整理することにある。今は重要でないと感じる要素は、思い切って除外して構わない。スケッチは情報を整理する“フィルター”として機能し、重要なテーマだけを浮かび上がらせる役割を果たす。

例えばこのスケッチでは「場所」に関するキーワードやシーンを視覚的にまとめている。
Step 3: Talk it through(チームで話し、解釈を共有する)
キーワードやテーマごとにグルーピングしたスケッチが完成したら、次は可視化された情報をもとに、チーム全員でレビューを行い、そこに含まれる意味や可能性をすり合わせていく。
この議論を通じて、スケッチの内容はより具体的な「誰の何の課題を解決するか」などの「デザインの問い」に変換される。
このステップのゴールは、リサーチで得た情報の解釈が的を射ているかどうかを、チーム内で対話によって検証することだ。もしどこかで解釈がずれていたり、重要な糸口を見落としていた場合は、再びStep1の情報に立ち返り、見落としたつながりを探す必要がある。
このようなプロセスを経て、解釈の深度と精度が高まり、新たなサービス開発への確かな土台が築かれていくのである。
btraxでも新規サービス開発のワークショップ内で、得た情報をさまざまな切り口でビジュアルに整理し、共通点や関連性を全体像をチーム全体で把握できるようにしている。そのプロセスは、下記の記事にもまとめられているのでぜひご覧いただきたい。
Ideas for Ideas – アイディアのためのアイディア Design Sprintのファシリテーターとしての学び
実践例2: ストーリーボード
ストーリーボードとは、サービスや製品が使われるシーンを、ストーリー仕立てで視覚的に描き出す手法である。もともとは映画制作やアニメーションの絵コンテとして用いられてきたが、近年ではサービスデザインやUX設計の現場でも活用が進んでいる。
この手法の強みは、抽象的なアイデアを「ある人が、ある場面で、どのようにその体験に出会い、感じ、行動するのか」という一連の流れとして可視化できる点にある。まだ形になっていないアイデアが、他者が「一緒に想像できるもの」「体験できるもの」になることで、アイデアをユーザーにテストすることができるようになる。

ストーリーボードの例
ストーリーボードを見せてアイデアを試すと、言葉で説明するよりも頭の中のイメージを的確にユーザーに伝えることができる。また、完璧なものではなくあえてラフなイラストで想像の余地を残すことで、ユーザーの率直な意見を得られるというのもメリットだ。

ストーリーボードを見せながらユーザーテストをしている様子
実践例3: グラフィックレコーディング(スケッチノート)
グラフィックレコーディング(またはスケッチノート)も、ビジュアル思考を実践している例といえるだろう。
グラフィックレコーディングとは、会議やワークショップの内容をリアルタイムで視覚的に記録する手法である。単なる議事録ではなく、話の流れや論点、感情のニュアンスまでを絵や図で表現し、ときにそれらを用いて対話をファシリテーションすることで、参加者全員の理解と共感を促すことができる。
グラフィックレコーディングの起源は1970年代のアメリカ・サンフランシスコにさかのぼる。当時のサンフランシスコ周辺では、組織開発やファシリテーションの分野で、対話をいかに構造化し、参加者の理解と共通認識を深めるかが大きな課題となっていた。
この流れの中で中心的な役割を果たしたのが、デイヴィッド・シベット(David Sibbet)という人物である。

デイビッド・シベット氏(画像出典)
彼は対話の内容をリアルタイムで壁に大きなスケッチとして描くことで、参加者の注意を引き、複雑な議論の全体像を掴みやすくする技術を確立した。これがベースとなり、グラフィックレコーディングやグラフィックファシリテーションとして現在までその技術が広まっている。
多様な意見が飛び交うブレインストーミングや、前提の異なるステークホルダーが集まる会議では、言葉だけでは意図のズレが生まれやすい。そんなとき、グラフィックレコーディングで内容を「見える化」することで、話の全体像や重要な論点が誰の目にも明らかになり、対話が進みやすくなる。
現在ではグラフィックレコーディングの手法も進化しており、議論や対話の最中に描いて見せるだけではなく、後から関係者に見せることで理解を促進したり、SNSでの発信に用いられたり、イベントなどで展示されるケースも増えている。

ラスベガスのCA World Expoで展示されたグラフィックレコード(画像出典)

虎ノ門ヒルズ Glass Rock Galleryで展示された、筆者が作成したグラレコ(展示詳細はこちら)
グラフィックレコーディングは通常、壁やホワイトボードなど、比較的大きなスケールで描かれるが、より小規模なノート、メモ帳、付箋などに描くものは「スケッチノート」と呼ばれる。
筆者はちょうど2016年から2017年までサンフランシスコへ交換留学をしており、その際に現地大学の授業でスケッチノートの表現を学び、実際に描く課題を提出したことがある。絵で記録することで直感的に内容を振り返ることができ、その後の理解もより深まったように感じる。

筆者が留学中に初めて作成した、コミックの歴史についてのスケッチノート
日本の学校ではこのように絵を使用したノートテイキングは「落書き」とみなされてしまうことがあるが、海外のデザインスクールなどではむしろこのように視覚的なノートを作成することが推奨されているケースも多い。
このように視覚的に捉え、表す練習を日々行うことがビジュアル思考を実践するうえで有効である。
他にも、ビジュアル思考を用いた情報整理や、対話を促すフレームワークは多数存在する。下記の記事でも紹介しているので、詳しく知りたい方はぜひ参照してほしい。
まとめ
このように、ビジュアル思考は、言葉だけでは伝わりにくいイメージを整理し、チーム内で共通認識を生み出すためや、対話を促進するために様々な場面で用いられてきた。IDEOをはじめとした先進的な組織がその価値を見出し実践してきたように、ビジュアル思考はイノベーションを生み出すための基盤として機能している。
ビジュアル思考は、特別な才能やスキルを持った人だけのものではない。絵が得意でなくても、線や図形、簡単なイラストを使って「考えを整理し、伝える力」を誰もが手に入れることができる。だからこそ、これは誰にとっても使える「思考の道具」なのだ。
言葉だけでは伝えきれないもやもやした考えも、視覚化することでチームの中に共有され、新しいアイデアのきっかけになる。これからの共創やビジネスの現場にこそ、こうした視覚の力が求められているのである。
btraxではこうしたビジュアル思考やデザイン思考の手法を用いながら、大企業内イノベーションや新規事業・新サービス創出、既存事業の改善、組織改革などに伴走している。
btraxのサービスや過去のプロジェクト事例にご興味をお持ちの方はぜひお気軽にお問い合わせください。
変革をリードする次世代リーダーのためのサンフランシスコイノベーション研修プログラムのご紹介
シリコンバレーの最前線でイノベーション支援を手がけるbtraxによる、経営幹部、事業責任者、本部長・部門長・部長などの部門責任者向けの実践的イノベーションプログラムを提要しています。サンフランシスコの地で、先端技術やトレンドに直に触れながら、デザイン思考やスタートアップマインドを体得できます。
btrax CEO ブランドン K. ヒル、元・日本マイクロソフト株式会社業務執行役員 澤 円氏をはじめとする日米エグゼクティブの知見や実践的ワークショップを通じて、組織変革とイノベーション創出に必要なスキルを5日間で習得します。
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