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金融業界のAI最新動向4選
今ますますの注目を集めている人工知能(AI)。様々な業界の職業に取って代わると言われているが、その中でも金融は特に大きな影響を受ける業界の1つとされている。
データ処理能力において人間を格段に上回るAIが取って代わる業務には実際どういうものが含まれるのだろうか。
今回は海外事例を中心に金融界でAIが活用されている分野を見ていきたい。
1. 分析・インサイトレベルの向上
機械学習をベースにおいたAIが得意とする業務の1つに「予測」機能が挙げられるが、これが銀行の融資やローンの判断に効果的に利用されている。
信用度評価の新アルゴリズム
最近では日本でも電車内広告等でAIによる個人向けローンの信用度評価サービスJ.Scoreを目にするようになったが、クレジットカード社会のアメリカでは、クレジットカードの信用度評価にこのAIが多く導入されている。
アメリカで代表的な信用度評価基準として長年使われてきたものに『FICOスコア』と呼ばれるものがある。主に個人のクレジットカードやローンの審査に使われてきた基準で、個人の信用度を点数化したものだ。300〜850点の間で評価され、アメリカで良いスコアとされるのは700点以上となっている。
画像転載元:FicoScoremyFICO
しかし、このスコアに近年2つの課題が指摘されている。1つ目は680点より低いスコアを持つ層が多くいること。FICOスコアという従来の限られた信用度評価システムの中で680点より低いとされた消費者は、低い金利で融資を受けることができない
。彼らが利用できるのは信用度が低いとされる消費者に融資する金利の高いローン、つまりサブプライムローンとなり、この複雑なサブプライム市場にいることで様々なリスクに巻き込まれるという問題が起きている。
2つ目は、クレジットカード利用の期間が短いなど、FICOスコアを測るのに十分なデータがない人の正確な評価が難しいという点。このようにFICOのような既存の信用度を測る制度に変革が必要とされていたのだ。
そこでFICOスコアを提供するFICO社はその分析ソフトウェア企業としての立場を活かし、現在AIによるアルゴリズムの強化に取り組んでいる。昨年12月には、”Explainable Machine Learning Challenge”と称したプロジェクトを開始。
「AIのリサーチ」という名目で、持ち家を担保としたローン契約であるHELOC(Home Equity Line of Credit)の申請書データを匿名化した上でAIデベロッパー向けに一般公開し、深層学習を使った新たなアルゴリズムの開発を狙っている。
また、FICOスコア以外の信用度評価システムを作ろうとする動きも活発になっている。FICOに対抗する新たなモデルともされるVantageScoreや、ボストンに拠点を置くスタートアップの機械学習を用いたUnderwrite.aiのモデルは、FICOよりも多くのデータを活用し、正確な信用度評価ができるモデルを提供している。
このような信用度をより正確に測るモデルを用いて、従来のFICOスコアで680点より低いとされていた消費者の信用度が上がることが期待されている。
結果として、これまでよりも低い金利で借りることのできる消費者層が増え、ローン需要が高まることが期待されているのだ。AIの活用により膨大なデータ処理とそれからの「予測」が金融業界で生かされる好例の1つと言えるだろう。
なお、信用度評価にAIを導入することは、私たちの生活の改善にも役立てることができる。WalletHubやS-Peekといったアプリでは簡単に自分の信用度のスコアを把握できるほか、そのスコアを上げるためのアドバイスをくれるものまで現在では多く存在している。
今まで信用度の評価プロセスには人的な作業も入っていたが、AIの導入により今後はより客観的な評価基準が運用されるとともに、このように自分でスコアを確認し改善に取り組むことができるのだ。
2. ミレニアル世代の「お金のやりくり」をサポート
近年金融市場が懸念している、アメリカのミレニアル世代の「貯金なし」問題も、AIによる改善が期待されていることの1つである。
8000人以上のアメリカ人を対象にしたGOBankingRates社の調査では、ミレニアル世代が貯蓄できていないという問題を指摘している。
対象者全体でもまったく貯蓄をしていないと回答した人の割合は前年よりも増加し、その特徴は特にミレニアル世代で顕著に現れているのだ。貯蓄額が$5,000以上ある人の割合も増えてはいないが、貯蓄ができない人たちの問題は深刻化している。
貯蓄を”0”と回答した割合は前年比で15ポイントアップ。貯蓄をしっかりと行うタイプとそうでないタイプで格差が出始めている(画像転載元:GOBankingRates)
こういった現状に対し、初任給が低いことや学費の返済が大きく影響しているとホワイトハウスは述べている。しかし、GOBankingRatesは別の調査結果も用いて彼らに「お金のやりくり」のサポートが必要であることを言及。
そのレポートによると、「給料ギリギリの綱渡り的生活をしている」と答えるミレニアル世代は約半数もいるのに対し、「6ヶ月分の生活費をカバーできるほどの貯蓄を行っている」と回答した人の割合は約3割程度だった。
このような背景もあってアメリカでは個人の支出を管理するMintやWallyといったアプリが人気。Digitと呼ばれる「デジタル貯金箱」アプリは、銀行口座と連動させてユーザーの収入と支出パターンを機会学習を用いながら分析し、無理のない範囲で貯蓄用に口座から自動的にお金を定期的に引き落としてくれる。
今では似たような機能をもつ多くのアプリが出ており、需要の高さが伺える。そして中でも特に注目なのが、チャットボットを活用した個人専用のアドバイザリー機能を搭載したアプリだ。
チャットボットによるパーソナルアドバイザーが味方に
ここ1~2年ほどの間に「家計簿アプリ」とも呼ばれる支出管理アプリや、ネットバンキングを行える銀行のアプリにAIを搭載したチャットボットが導入され始めている。その背景にはチャットボットの言語処理能力の向上があるようだ。
昨年12月の香港教育大学のデイビッド・コニアム教授によるチャットボットの言語能力のレポートにおいても、まだまだ改善の余地があるとされつつもその返信能力の高さが認められている。
チャットボットは人間同士のインタラクションに取って代わるという点から、2022年までに年間で約8億ドルのビシネスコスト節約につながると言われている。すでに大手銀行でもファイナンス管理のデジタル・トランスフォーメーションの最優先事項の1つとしてチャットボット導入を積極的に行っているのだ。
Bank of Americaがチャットボットで一歩リードか
2016年に発表され、現在ローンチ間近とされるBank of AmericaのAIチャットボット”Erica”は口座管理から支払い、ユーザーの消費動向の分析やアドバイスに至るまで様々なファイナンシャルガイドを顧客に提供予定。これまでの金融系のAIチャットボットの中でも、特に高度なAIと顧客体験が期待されているポイントだ。
また、昨年ローンチされた大手銀行Capital OneのAIチャットボット”Eno”も同様のサービスを提供。今ではAIアシスタントのAmazon Alexaの拡張機能であるAlexa Skillの1つとしても開発され、Amazon Alexaを搭載したデバイスで利用可能。例えば「アレクサ、今月スターバックスにいくら使った?」と話しかけて質問することも可能だ。
他にも香港に本店があるHSBCの”Amy”は香港エリア初のAIチャットボットとして顧客サポートを担っている。Mastercardは対話型AIプラットフォームKAIを提供するスタートアップKasisto社と提携し、Facebook Messenger上でMastercard KAIをローンチ。それと似たような形で、American Expressのチャットボット”Amex Bot”も個人口座や情報に関する質問への対応を行い、顧客との距離を縮めている。
Bank of Americaの”Erica”(左)とMastercard KAI(右)
このような対話型インターフェースを活用したお金の管理を行うアプリの中でも注目を浴びているのが、サンフランシスコのスタートアップのOliviaだ。他のアプリにもあるお金のトラッキングや管理、消費習慣のアドバイザリー機能を備えているだけではなく、あらかじめ設定しておいた目標を基に「買っていいかどうか」の相談をすることができる。
また、「高級車を買う」「ハワイへの旅行資金を貯める」といった高い目標を達成するためのプランを一緒に立てることも可能だ。
現時点では、このユーザーフレンドリーかつ人的コストのかからないチャットボットで以下の処理が可能になっている。
- 基本的な質問への回答
- 窓口業務の代行(銀行口座管理、個人間送金等)
- 信用度評価スコアへのアドバイス
- 特定の目的達成に向けた貯蓄アドバイス
- 支払い予定の通達
- 現実的な予算編成
- クレジットカードの支払い
3. 業務の自動化
バックオフィス業務の自動化も、AIが可能にする最も基本的なことの1つとして挙げられる。ロボティック・プロセス・オートメーション(RPA)により、AIが事務系業務を「代行」する範囲が増えているのである。
BNY Mellon、JPMorgan ChaseのRPA事例
224年の歴史を持つ大手銀行、BNY Mellonは「ウェブロボット」とも呼ばれるボットを活用して、これまで人的に処理していた定型業務の自動化を行った。資金移動のボットを導入するだけでも年間約30万ドルのコスト削減になると予想されていたとのこと。
結果は、5つのシステムを跨いだ決算処理において正確性100%を達成したり業務処理時間を88%改善したりする等、多くの業務で人的に処理していた時よりも大幅な改善が見られた。
さらに不定型な業務での活用も見られ始めていおり、ここで挙げられる例の1つに、JPMorgan Chaseがある。彼らはAIを搭載した”COIN”と呼ばれるソフトウェアで、商業用ローン契約書作成に弁護士や融資担当者が費やしていた36万時間を年間で削減することに成功。
今までほとんど人的エラーとされていたミスを無くし、書類のレビューに要する時間を短縮化して、年間で12000にも及ぶ新規の大口契約のプロセスを改善した。
このように、RPAで得られるメリットは次の2つである。
プロセス時間の短縮化
ファイナンスに関する書類は多量かつ扱いが繊細な情報であることがほとんど。そのため慎重な処理が必要になり、結果としてレビューも含め書類作成に多大な時間がかかるという問題がある。
この処理を正確かつ迅速に行う部分こそ、AIの役目の1つとなる。特に特定のパターンの学習を得意とする機械学習によって、活用するほど情報処理の精度やスピードは向上するだろう。
入出金精算の重複や人的エラーの防止
例えば経費清算1つをとっても、人的処理が絡む分、人的なエラーも増加する。今まで2重チェックしていた分も今後はAIがカバーできる分野の1つになるのだ。
4. セキュリティの強化
AIは、その膨大なデータ処理能力や学習能力等からセキュリティ分野での貢献も期待されている。すでにネットバンキングが主流であるアメリカにおいて、セキュリティ強化は必須とされてきた。
カード不正利用を防止:増えるセキュリティ専門スタートアップ
クレジットカードの利用店舗、利用時間、利用額といった大量のデータをAIが処理し、不正取引の特徴を学習してリアルタイムで検知する、といったことはAmerican ExpressやVisaですでに行われている。
また大手銀行は、マルウェアウイルス対策を行うMenlo Securityやeコマース上で不正なクレジットカードの払い戻しを検知するSignifyd、データマイニングのEnigma、個人の本人確認システムのTruliooといったサイバーセキュリティ系のスタートアップに多額の投資を行い、セキュリティレベルの強化に注力している。
このような各金融機関のセキュリティに対する活発な動きはCitibankの動きからも見ることができる。
彼らの投資・買収部門であるCiti Venturesが投資したスタートアップ企業の1つにFeedzaiがある。彼らは大規模な分析を通して、オンラインや銀行窓口を含めたお金のやりとりが行われるほぼすべての場面において、不正行為やその疑いがある動きをリアルタイムで検知し、顧客に警告を送る。
またeコマースの場面では入金する側と小売店を繋げ、彼らのファイナンシャルアクティビティの監視、保護を行うのだ。
Feedzaiはこのようなサービスにおいて、ビッグデータや起こり得る不正行為の分析を行うために機械学習を活用しており、同社は昨年2017年のSilicon Valley BankとIn-Q-Telの主催するピッチイベントにおいて、バンキング・eコマース分野の「最もイノベーティブなAI系スタートアップ」に選出された。
銀行内部もAIによる監視の対象に:Credit Suisse
AIによる行員監視もセキュリティ強化の面で挙げられることの1つ。金融コングロマリットのCredit Suisseはアメリカ・パロアルトに拠点を置くスタートアップのPalantirとのジョイントベンチャーであるSignacを2016年に設立。
この設立の背景には、Credit Suisseの競合であるスイス大手銀行・UBSのトレーダーが2011年に不正取引で巨額の損失を出したことがある。
SignacはCredit Suisse用にデータ統合・分析プラットフォームを開発。オフィスへの入退出カード使用履歴や電話の使用頻度など、行員に関する膨大なデータを統合することで、彼らの行動を追跡し違法行為を特定することを可能にしている。
新たなセキュリティ概念の”Moving Target Defence”
また、近年新たなサイバーセキュリティの概念である”Moving Target Defence”にも業界の注目が集まっている。ここ数年で「アクティブディフェンス」と呼ばれるセキュリティ戦略が進み、攻撃が本格化する前に兆候をつかみ、素早く対策を講じるようになっている。Moving Target Defenceはこのアクティブディフェンスの中の概念である。
これまでデータを保護するには、特定の場所に保存されたデータを暗号化するという手段が取られていたため、その暗号文の盗用や暗号化キーの攻撃、さらに暗号化されたデータの破壊やランサムウェア攻撃などの攻撃に対して脆弱だった。
Moving Target Defenceは攻撃の兆候が見られると、データの移動や再暗号化を行うので、保護されたデータへの攻撃が難しくなるのだ。
この技術を扱うCryptoMoveは今年1月にシリーズAの資金調達に成功したばかり。すでにアメリカの国土安全保障省やフランスの金融機関のBNP Paribas等が顧客になり、その技術力を世に広めている段階だ。
今後もセキュリティ関連はさらなる進化を遂げていくと言えるだろう。
まとめ
今回、金融界におけるAIということでその動向をいくつか取り上げたが、その活動範囲は細かく多岐にわたる。AIがもつ性質と金融業界は非常に相性が良いと言えるだろう。記事冒頭で紹介したジョン・クライアン氏の言葉が現実味を帯びるのも遠い未来ではないように感じるほど。
これからも業界のデジタル・トランスフォーメーションが進むに連れて、AIの導入がさらに加速していくだろう。私たちのような顧客側もAIとのコミュニケーションに慣れる必要があることは間違いない。今後もAIの動向に注目していきたいと思う。