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  • Apr 9, 2017

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日本では完全に敗者だった【インタビュー】btrax CEO, Brandon K. Hill

著名な起業家やビジネスパーソンにフォーカスし、その人生経験からの学びを伝えるメディア、Verumにて当社btraxのCEOであるBrandonのインタビューが掲載されました。受験や就職活動の失敗など、人生における数々の失敗や、挫折、全くノープランでのbtrax設立秘話など。これまで他のインタビューでは語られなかった内容をご紹介します。


今回インタビューさせていただいたのは、デザインやブランディングサービス提供を基軸とした事業を展開しているbtrax, Inc. 及びビートラックスジャパン代表のブランドン様です!

現在サンフランシスコに在住しておられ、また高校卒業までは日本の北海道で育ったというバックグラウンドから、今の日本の問題などについても言及していただきました。

若者に限らず、ビジネス・仕事をしていくうえで、日本人全員が意識しておかなければいけない内容だと強く感じました。

 

(B:ブランドン様、筆:筆者)

「それでは、これまでのご経歴のご紹介からお願いします。」

B「僕が生まれたのは北海道の帯広という人口20万人くらいの小さな街で、母親がそこの出身で、父親はアメリカ東海岸のニュージャージー州出身です。

で、3歳くらいのときに、父親の仕事の関係で札幌に引っ越しました。そこから小中高までは、アメリカ東海岸を除き、ほぼ札幌で生活してましたね。

副教科が大好きで成績優秀。でも受験には全く通用しない

学校は、小中高ともに普通の公立に通ったんですけど、子供の頃から興味のあるものっていうのが、創ることだったんです。例えばプラモデルとか、動くものとかですね。

学校の成績でも、副教科である美術とか音楽とか図工の成績がすごく良かったんです。一番得意だったのが夏休みの自由研究で、これは負ける気がしなかったです。

小学校、中学校は札幌市内の田舎だったんですけど、高校は結構都会の進学校に行って、そのまま日本の大学にも進むつもりでした。

でも、日本の大学に入れなかったんです。(笑)ほら、副教科が得意でも日本では受験で評価されないから。」

「!?!?」

B「得意な科目が、大学受験の科目と全く被らなかったわけです。美術とか図工みたいなものはないじゃないですか。ほら、副教科が得意でも日本では受験で評価されないから。

マークシートで絵を描いて0点

国語、数学、理科、社会といった教科で、答えが一つのマークシートのテストだったりしたので、『マークシートの塗った並びをみて、この塗り方結構かわいいんじゃないか』とかばっかり考えちゃってて。。(笑)

日本の教育に全くアダプトできていなかった。

なので、日本の立命館とか青学とかも僕落ちちゃってるんですよ。もちろん東大、早稲田、慶応なんて受験することすらありえないレベルで。もう全く日本の教育にアダプト(適応)できていない状況だったんですね。

もちろん芸術系の学校に進むことも考えましたが、そこまで行けるほどの実力がなかったし、何より幼少期から英才教育を受けていたわけでもなかったので、芸大とかは違うなと。周りの人も『芸大なんて行ってもどうせ先生になるのが落ちだよ』なんて言ってましたし。」

日本で受験失敗したら完全に敗者

それで、どうしようかなと思ってたんです。日本って大学にいけなかったら『The 敗者』みたいに扱われて、すごく居心地も悪かったので。

アメリカのカレッジは入試がないし、入学時に専攻も決めなくて良い

そこで、もともと父親がアメリカ人なこともあり、アメリカ行こうかなと考えるようになりました。日本にいづらかったので。(笑)

アメリカの大学は、受験がないとか、入学時に専攻を決めなくていいといったルールだということは知っていたので、行きやすいなと。そもそもその頃も何がしたいのかも分かっていませんでしたし、そこはすごくいいなと思いました。」

「へえ〜、今のブランドンさんの立場を見てみると、そんなこと全く想像もできません。。。」

何も知らずにサンフランシスコへの片道切符だけで出発

B「で、とりあえずアメリカに行ってから決めようということで、片道切符でサンフランシスコに行って、宿とかも空港に着いてから現地の人に聞いて回って、見つけたりしてました。当時はスマホなどもなかったですしね。何のプランもなく、知り合いとかも一切いなかったです。

シリコンバレー?それ美味しいの?

サンフランシスコに決めた理由として、東海岸はもともと知っていたのですが、もっと日本に近くて暖かいところが良いということで、最初はロサンゼルスにしようと思っていたんです。

でも、父親からロサンゼルスは危なそうだからサンフランシスコにしたら、と言われ、何も知らない土地だったサンフランシスコに決めました。その当時はゴールデンゲートブリッジがあることすら知らなかったので、ITとかデザインとか、シリコンバレーっていう単語しら知らなかった。

その後アルバイトなどもちょこっとやったりして、サンフランシスコにカレッジにサクっと入ることになりました。ちなみに立場的には留学生ではなかったわけです。アメリカ人なので。逆帰国子女みたいな感じですね。

留学生だときちっとしたプロセスや手続きがあるんですけど、僕はただアメリカ人で普通に大学に行ったという感じだったので、それこそ現地の人と全く変わらなかったですね。(笑)

関連記事: はじめてサンフランシスコに来たときの事

音とビジュアルを融合させるデジタルアートに没頭

で、僕の場合興味のある分野が音楽や美術だったので、最初音楽が1番好きなのかなと思って、音楽の授業ばかり取っていたんです。クラシックピアノとか作曲とか音楽の歴史とかですね。

すごい楽しかったんですけど、それと同時に、音楽だけやって美術方面のことができなくなるのは寂しいなということで、そのとき『マルチメディア』という授業があったので、それを取ったんです。

この業界は好きな格好で好きな音楽を聴きながら仕事が出来る

どういうものだったかというと、音とか映像とかをあわせて、それをコンピューターで作品に仕上げるというものだったんです。その時の先生がGlendaっていう若い女性だったんですが、ピンクの髪に15cmぐらいの厚底履いて、めっちゃファンキーで。”この業界は好きな格好で好きな音楽を聴きながら仕事が出来るわよ”って言われて、”これしかない!”って思いました。

それに『これなら自分の好きな媒体すべて使えるな』と思ってこれを契機にインターネットを活用すればより可能性が広がるので、webデザインやプログラミングなどのクラスも取り始めました。

身に付けたいスキルを全て履歴書に書いて仕事をGet!

これなら自分のやりたいことが全てできるということもあり、そこでもう『すぐに仕事したい』という気持ちを持つようになりました。その瞬間から、webデザイナーとして仕事を受けられるように、履歴書とかを作成しました。

できない仕事は先生にやってもらう

その時は『できるスキル』じゃなくて、デザインやプログラミングの『身に付けたいスキル』を履歴書に書いていたんです。めっちゃ仕事が入ってきて、日中学校で学んだ事をその夜に仕事で活用していましたね。そうすれば、仕事をしながら必死でそのスキルを習得できるので。(笑)

で、プログラミングなどの仕事で手こずっていた仕事は学校の先生に手伝ってもらいながらやったりしていましたね。”個人プロジェクトなんですけど、バグがあって”とか言って。そうすると、「ほほー。難しいのやってるねー。どれ、見せてごらん?」って。先生に気に入られるから成績も良くなるし、お金ももらえるので一石二鳥です。」

「なるほど。(笑)目から鱗なテクニックですね。(笑)」

シリコンバレーではデザイナーやエンジニアは学生のバイトでも時給5,000円

B「で、そこからどんどん仕事も入ってくるようになって、そういった生活を学生時代にはしていました。

それで、学生でもシリコンバレー周辺ではそのデザインスキルは非常に需要があったんです。当時はPayPalとかeBayができた時代で、時給も5,000円とかもらえたんですよ。

卒業する頃には、すごい世の中になっていて、自分が身につけてきたスキルはもっともっと求められるようになるんだろうな、なんて考えていました。初任給でもおそらく1,000万円なのかなとかぼんやり思ってました。

で、大学の3年生になるときに4年制の大学に編入して専攻を選べるようになるのですが、その頃『デザインというものをしっかりと学ばなければ、すぐ限界がくる』ということも分かっていたので、デザイン科というものに専攻を決めて、デザインの基礎や歴史、プロダクトデザイン、グラフィック、UXデザインや3Dデザインなども勉強しました。

最低のタイミングで卒業、そして就職できない

そして、『どれだけ華々しい生活が待っているのかな』と卒業間近で思っていたら、ドットコムバブルが弾けたわけですね。その当時のスタートアップがほとんど消滅した時期です。

関連記事: 世界を変えられなかった12のサービス ~第一次ドットコム時代のアイディア~

アメリカって景気が悪くなると、求人がなくなるだけじゃなくて、既存の従業員もどんどんクビになっていくんです。だから、技術者が世の中に溢れることになって、新卒者になんて就職先は全くなくなるわけです。

失業か起業か。だったら起業家の方が響きが良いから

で、このままだと失業者になってしまう、それはカッコ悪いぞということで、今のbtraxという会社を立ち上げるに至りました。失業者か起業家のどちらかであれば起業家の方が響きが良いので。」

起業は好きな事をやり続けるための一つの手段

人生で『起業しよう!』と思ったことは1度もない

「へえ〜、これだけの企業を創設されたのに、その動機は決して『絶対起業してやるぞ!』というような想いではなかったわけですね。」

B「そうですね、人生で『起業しよう!』と思ったことは1度もないですね。

ビジネスとかにも全く興味がなかったので、大学でもビジネス関係の授業は1つも取ってなかったですね。

じゃあなんで、会社を創ったかというと、『好きなことをやり続ける手段として、人の会社で働けないなら自分で会社を興すしかないと思った』と、そんな想いからですね。今で13年目になります。」

ものづくりの素晴らしさは自分がいなくなっても作品が生き続ける事

「なるほど。では、ブランドンさんの将来の夢はございますか?」

B「ありますね。

サンフランシスコにはゴールデンゲートブリッジっていう名所があるんですけど、あれって1937年に出来た橋で、今年ちょうど80周年を迎えるんです。その橋を設計した人はジョセフ・ストラウスっていう方なんですけど、もちろんその方は既にお亡くなりになっています。

でも、そのデザインが素晴らしくて彼の作品は今でも生き続けていて、あれだけ有名な場所もになっているわけです。

で、ものを作ることに関して、僕が1番素晴らしいと思うのは、自分が世の中からいなくなっても、それが優れていれば作ったものは世の中に存在し続けるということです。

世の中に長い間存在し続けるものを創り出したい

そういったものを、創り出したいなとは常々思っていますね。それはモノかもしれないですし、会社かもしれないです。

スティーブジョブズとかも、『自分はすぐにでも死ぬかもしれない』と感じた時から、必死にものすごいスピードでいろいろやり始めたという話があるのですが、彼とかもそういった節目から、本当に世の中に存在し続けるプロダクトを創ろうと動き出したのではないかと、僕はそう考えていたりもするんです。

それと同じで、自分の会社を通じて、世の中に長い間存在し続けるものを創り出したいと思ってますね。」

「ありがとうございます。

会社を初めて二年目でスタッフが全員辞めた

では、これまでにブランドンさんが経験された最も大きな苦難はなんでしょうか?」

B「そうですね、1つか2つくらいしかないかなと思います。

まず苦難って、その状況自体がものすごくひどかったとしても、自分自身がそれに対してどのくらいタフにいれるかによって、感じ方って変わると思うんです。

それを踏まえて僕が1番当時苦難に感じたのは、会社を始めて2年目くらいの頃ですかね。

その頃はまだ経営初心者のペーペーだったので、精神的に結構辛かったんです。それが何に対してかというと、会社がうまく軌道に乗り始めたなというタイミングで、一緒にやっていたメンバーが同時期に全員やめたということです。全て自分に責任があるんですが。

それは当時の自分にはきつかったですね。

続けてさえいれば、失敗したことにはならない

どう乗り越えたかというと、当時経営の勉強もしている中で、ある言葉に出会ったんです。ナポレオンヒルの『思考は現実化する』の中にある、『勝者は諦めない』という言葉です。

自分は知識も経験も学歴もないし、全然優秀じゃないけど、続けてさえいれば、失敗したことにはならないんだなと。そういう考え方を自分の信念にもしていたので、その信念のおかげでそういった状況にもなんとか耐えることができました。

『ここでやめたら、世の中で言われる”失敗”というものになってしまう』と考えたわけです。

とはいえやっぱり辛かったですね。当時は『会社=自分』という風に考えていたので、一緒に働いていた仲間が全員辞めたということは、その人たち全員に自分という存在を否定されたといっても過言ではないと感じていたので。(笑)」

「なるほど。。。

やっぱりその言葉がブランドンさんの信念なんですかね?」

B「そうですね。その言葉は何をするにも必ず自分の中で持っている信念ですね。」

世界で愛されている日本の製品の多くが20世紀にできた会社のプロダクト

「ではまた違った質問で、今ブランドンさんが感じている『日本のビジネス界の大きな問題』はなんでしょうか?」

B「なるほど。いろいろありますね。。。

日本の問題は日本国内からは見えにくい

まず、1つ気づいたのは、日本における問題って、日本にいると気付きにくいんです。日本の外から日本を見てみると、それがすごくクリアに見えるようにはなるんですけどね。

だから、僕の立場からはかなりその問題が見えやすくなっていると思っています。その立場から何が問題かと言いますと、『グローバル規模で世界に影響を与えられるような会社やサービスやプロダクトが出にくくなってきている』ということですね。

優れた自動車とかウォークマンを生み出していた当時は、本当にグローバル規模で人々の生活を変えていっていたんです。

そういったものが生まれにくくなっていますね。それが大きな問題の1つだと考えています。現在でも世界で愛されている日本の製品の多くが20世紀にできた会社が開発したものばかりだと感じます。

グローバルで勝負する日本のスタートアップは数えるくらいしかない

じゃあ何が原因かというと、その原因はいくつもあると思うのですが、まず1つあげるのであれば、いきなりグローバルで勝負するよりも国内だけできっちり利益を出す方を優先してしまっている事です。短期の売り上げでいうと、国内の方が確実ですからね。

まずは国内だけの戦略を選んでしまうということですね。

もちろんグローバルでいきなり最初から勝負する企業もいるのですが、まだまだそういった企業はマイノリティなんです。特にスタートアップだと数えるくらいしか無いと思います。

だから、グローバルスケールで最初から勝負をかけられる企業がもっと出てこないと、日本という国も、日本人もそのプレゼンスが下がってくると思いますね。」

「なるほどなあ。。。」

まずは人や組織をグローバルに変革させる事

B「で、考えられる解決方法はというと、プロダクトや戦略の前に人や組織をグローバルに変革させる必要があると考えています。

これまでは日本で作ったものに海外向けのマーケティング施策を施せば売れると考えられていましたが、今の時代は会社自体やその中の組織や人がグローバルな感覚を身につけて、イノベーションを生み出す必要があります。

見た目だけのデザインサービスは影響力が限定的

うちの会社も最初は見た目を中心としたデザインサービス だけを提供していましたが、それだけでは日本企業がグローバルに活躍することが難しいということに気づき、今ではクライアント企業の経営陣にサンフランシスコに来てもらって一定期間ワークショップやフィールドワークなどの”合宿”を通じてグローバルな視点や、サンフランシスコで生み出されているイノベーションとその手法を身につけていただいています。

そういった組織や文化をつくるところから作っていくしかないと思いますね。それもあってうちの会社では、大きな意味でビジネスに貢献するデザインサービスの提供を追求しています。」

関連サービス: 〜日本企業に世界最高峰のイノベーション環境とメソッドを〜 イノベーション ブースター

日本とアメリカでは教える内容が同じでも”教え方”が異なる


「なるほど、やっぱり最後は『教育』に行き着くと。。。」

B「そうですね、僕も日本とアメリカで教育を受けてきたのでわかるのですが、教えていることは対して変わらないんです。何が違うかというと、『教え方』です。

アウトプットの仕方や、採点方法だったりが、日本とアメリカとでは、言ってしまえば180度違うわけです。

アメリカでは答えがないものを考える事を求められる

日本はマークシートに代表されるような、たった1つの答えを見つけるという教え方をしています。

アメリカの場合は、答えがないのが普通なんです。その答えを自分なりに考えるというプロセスを教えられます。テストや宿題でも、パソコンや電卓など、使えるものは全部使っていいんです。

実際に、ビジネスの現場でも、使えるものは全部使うわけです。そのやり方に直結するわけですね。

これからの時代に求められる『答えのないものを創り出す』能力

そして、時代的にも、『答えのないものを創り出す』というクリエイティブさは重宝されるようになってきています。

日本的教育で育った人は、グローバル規模でいえばあまり活躍できないと思うんです。『答えがないものを探す時代』になっているのに、答えを探し続けているからです。どうやっていいかわからなくなるわけです。

先生が絶対正しいなんてありえない

そういうわけで、中学生くらいから、日本の教育は変えていくべきだと思います。先生が絶対正しいなんてことはないわけですから。

アメリカにいけば、先生は教えてくれなくて、『ファシリテーター』という役割を担っているんです。つまりディスカッションの場を作ったりする役目です。そして、議論などは生徒同士で行って、自分たちの考えを研ぎ澄ましていくわけです。

クリエイティブな人たちが活躍できる仕組みが必要

もちろん全部それに変えろというわけではありませんが、そういった教育のオプションを用意しておくべきだと思いますね。

あとは僕自身もそうだったように、クリエイティブな人や、人とは違った才能を持った人がもっと評価される仕組みを用意しないと、そういった人を引き上げることができなくなってしまいます。これは大きな機会損失でもあります。

そういった人たちが世界的に活躍できる場を用意してあげてほしいなと思います。」

「なるほど、ありがとうございます。

高校生に戻れるなら無駄な勉強は一切しない

では、次の質問で、今もし高校卒業時に戻れるとしたら、どんな生き方をされますか?」

B「そうですね。。。

大学受験に失敗してよかった

僕は、大学受験に失敗したのはすごくよかったなと今では思うんです。

そういった気持ちを踏まえて、もし高校卒業時に戻るとしたら、『無理に受験しようとしない』という選択肢を選ぶと思います。

ある程度後悔していることとして、『ムダに好きでもない勉強を時間をかけてやってしまった』ということがあります。

日本の大学にも行けなかったのに、興味がない事柄に対して暗記をメインとしたムダな勉強を長い時間をかけてやってしまったと。

日本の大学には進まない

それだったら、もっと視野を広げるために、いろんな人に会ったり、学校の勉強なんてせずに課外活動に励んだり、もっともっと自由に行動すればよかったなと思うんです。

もちろん日本の大学には進まないでしょうし、もう一度戻ったとしてもまたアメリカに来ると思いますね。

どんなに頭が良くても英語が喋れるヤツには絶対敵わない

そして、これは少し残酷な話ですが、どんなに東大みたいな優秀な大学を出たからといって、英語が喋れなければ、英語喋れるヤツには絶対敵わないんです。

英語しゃべれないっていう時点で、めちゃくちゃできることが限られてしまうんです。日本にいたらあまり感じないかもしれませんが、グローバルな視点で見てみると、その制限の大きさがよくわかると思います。

どんなに頭がよくても、英語が喋れなかったら『賢いチンパンジー』なわけです。(元Google Japan社長の村上さんのお話でもありましたね!

受験勉強するぐらいなら英語を習得した方が良い

だから、変に高校3年間受験勉強するんだったら、その3年間を英語の習得に費やした方がよっぽど価値があると思います。

極端にいえば、高校卒業後単身でアメリカに来て、よくわからないけどストリートで英語を学んで友達もつくったという人間がいたとすれば、グローバル規模で考えれば、その人の方が英語ができない東大生よりも圧倒的に市場価値が高いわけです。

周りの意見に騙されない方がいい

だから、若い人たちに言いたいのは、『周りの意見に騙されない方がいい』ということです。『偏差値の高い大学にいけば出世できる』なんて、何の根拠もないですからね。周りの大人たちが嘘言ってるだけですから。(笑)

英語ができるようになる環境に身を置いて、英語で勉強や仕事をすることが大事です。

そもそも英語ができないと、海外では仕事を得るための面接すら受けられないので。。。どんなに頭が悪くても、英語ができれば面接までは進めます。(笑)そういうことです。

これは何も偉そうにいっているのではなく、今世界で起きている残酷な現実なんです。」

「筆者も、大学在学中にトリリンガルを目指して努力して、卒業後はシンガポール、イスラエル、南アフリカのいずれかで仕事を創ろうと目論んでいます。(笑)

働く企業を選ぶポイントはファウンダーが誰で、どんなことをやっているか

では、今ブランドンさんが『この企業イケてるな』と思う企業はどこですか?」

B「そうですね、そもそも僕は性格的に人の会社で働くことが合ってないのであれなのですが。。(笑)ただ、イケてると思う企業・起業家はいますね。

どこかというと、TESLAセールスフォースです。

結局、そこのファウンダー(創業者)が誰で、どんなことをやっているかということに、企業の魅力って集約すると思うんです。

TESLAはかの有名なイーロンマスクが創業者で、一緒に働いたらきっと面白いと思います。彼の思考は合理的でありながら革命的なので。

セールスフォースは、ものすごいスピードでものすごい量のお金を稼いで、ものすごい社会貢献をしているんです。その一流の仕事を経験できるのは、自分の人生にプラスに働くと思いますね。

エンジニアだったらGoogleかFacebook

で、GoogleとかFacebookをあげなかったのは、自分がエンジニアではないからです。ああいった会社は、『エンジニアオリエンテッド』な会社なので、自分がエンジニアであれば楽しく働けるとおもいますが、自分はあくまでデザイナーなので。

セールスフォースはUX(ユーザーエクスペリエンス)を追求しているし、TESLAもプロダクトやエクスペリエンスデザインという仕事も重視されているので、いいかなと。」

「なるほどなあ。ありがとうございます。

日本の大学は問題だらけだけど大学生は優秀

では、今の日本の大学生に対して何か問題は感じられますか?」

B「いや、僕は日本人大学生は優秀だと感じています。仕事を通じて、日本人のインターン生ともたくさん関わっていますが、問題点なんて全然感じませんね。

彼らは非常に優秀だし、行動力もあるし、個々に独特な能力があると感じています。

日本の大学には問題を感じていますが、日本人大学生には全く問題を感じません。

ただ、彼らを取り巻く環境を、少し心配しています。

日本の大学生は目に見えないプレッシャーに巻き込まれている

彼らは、僕からみると、自分で会社をやってもいいし、新しい会社でチャレンジングな働き方をしてもいいし、そういった選択をすると面白い人生になると思うのですが、最終的には無難な日本の大企業とかに行っちゃうわけです。

せっかく名門にいかせてもらったのに、いきなりベンチャーにいくと親に申し訳ない

いわゆる日本の就職人気ランキングベスト10みたいな企業ですね。そこで『どうしてそこにいっちゃんだろう?』と思って、実際にそういった企業に就職した人たちに聞いてみると、『せっかく東大や慶応にいかせてもらったのに、いきなりベンチャーにいくと親に申し訳ないので。。』とか『周りが基本、就職するなら大手でしょみたいになってる』と答えるわけです。

そういった目に見えないプレッシャーに巻き込まれているんです。そのプレッシャー、環境というのは、かわいそうだなと思いますね。」

「なるほど。

関連記事: なぜアメリカの優秀な若者は大企業で働かないのか

強烈に働きたいと思える会社がないうちは、無理して就職しなくていい

では、漠然と大企業に行くという選択をせずに、本当に自分のしたいこと、挑戦したいことをするという選択をするためには、どんな解決策がありますかね?」

B「んー、そもそも、そういった人たちって、その人気企業の『本当の部分』をみることができないわけです。いくらOB/OG訪問しても、会社の内部って分からないじゃないですか。つまり、幻想の憧れを抱いていることが多いんです。

だから、極端にいえば、強烈に働きたいと思える会社がないうちは、無理して就職しなくていいと思います。(笑)

それまではインターンするなり、人と会うなりして、そういった会社や働き方を見つける努力をした方が良いと思います。別に試しに起業しても良いですしね。」

「なるほどなあ。

関連記事: なぜアメリカのエリート大学生は起業を選ぶのか

自分の周りの環境の習慣や価値観が全てではない

では、最後に読者にメッセージをお願いします。」

B「僕はずっとサンフランシスコで生活していて、1年の90%くらいをここで過ごしています。この街が大好きなんです。

こっちでは”普通な人”が全然評価されない

で、なんでそんなに好きかというと、この場所では、どんな考え方でもどんな生き方でもどんな人間であっても、自分自身のこだわりを持っている人こそ評価してくれるところなんです。

これ逆にいうと、みんなと同じとか、普通な人っていうのは全然評価されないんです。

日本は普通だとかみんなと同じ人が評価されるし、居心地が良いじゃないですか。だからサンフランシスコと日本は文化が真逆なんです。

個性が強い人ほど日本を出るべき

個性が強い人っていうのは、日本だとすごく違和感を感じていて生きづらいと思うんですけど、サンフランシスコだとそれがものすごく評価されるので、そういった人が実際に来てみると良い意味ですごくビックリするんです。簡単に言ってしまえば『変であればあるほど良い』。(笑)

無理して自分を抑えてまで、今の環境に留まり続ける必要はない

何が言いたいかというと、皆さんが今生活している周りの環境の習慣や価値観が、必ずしも世界すべての価値観や習慣ではないということです。

必ず『自分にとって居心地が良い場所』というのはあるはずなんです。だから、無理して自分を抑えてまで、今の環境に留まり続ける必要はないんじゃないかなと思います。

日本的考えが世界的にはマイノリティー

僕自身もサンフランシスコに初めて来た時、すっかり考え方や価値観も変わってしまいましたしね。

というより、日本の考え方が超マイノリティな考え方になってきているのかもしれませんね。サンフランシスコなどの価値観や考え方が、グローバルで見れば一般的で、日本の風潮や文化が超マイノリティである、みたいな(笑)

それに気づかないと、将来かなり苦労することにもなるのかなと思います。」


 

この内容の元記事はこちらから

6月1日 (木) より応募開始! Global Challenge! STARTUP TEAM FUKUOKA

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